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通訳業務は幅が広い。 日本国内に住む日英通訳者は、それぞれ専門分野に特化すると聞いている。 例えば、教育関係は主に教育関係の通訳者に、 銀行、金融関係はその分野に特化する。
でも、アメリカ在住の日英通訳者は、なんでもこなす意気込みでないと、職業として成り立たない。
若い頃は訴訟関係の仕事にも従事した。 原告側と被告側弁護士の為、二人の通訳者を必要とする。
弁護士との仕事の場合、 通訳料金も高い。 であるけれども、神経の擦り放り方もただ事では無い。
証拠開示手続きとして、 実際の裁判前に口述調書を作成する。 証人喚問を、原告側被告側弁護士同室で行われる。
被告側と原告側両者に通訳がつき、片方が主に実際通訳を行い、もう一人が、その通訳の正確さを調べて、間違いをその場で訂正する仕組みだ。 ボロ雑巾のように、 くたくたに疲れてしまう仕事だ。
他の通訳業務が増えるにつれ、身が持たないと感じ、訴訟関係の仕事は極力避けるようになった。
とは言え、断りきれず、幾つかは受け入れた。 例えば被告側の弁護士と被告が事前に打ち合わせる場合も、被告が例えば日本企業の場合、 そして 被告の弁護士がアメリカ人の場合、通訳を必要とする。
そのような仕事に当たった場合は、喜んで引き受けた。 その場合、 弁護士はなんとか日本企業の窮状を救う仕事なので、仲間内の気楽さがあるのだ。 敵対でない分、部屋の空気も穏やかだ。
ある時、フィラデルフィアに住む日本人寿司職人が殺人事件を起こした疑いをかけられた。 結婚を約束していた日系アメリカ人女性が、土壇場で結婚解消を迫ったためにおきた事件だった。 被告人の弁護士と通訳のわたしは、 刑務所内で、その被告と面会する事になった。
刑務所訪問も初めての経験だった。保釈金が払えなかったのか、 裁判前にも関わらず、刑務所の中。
入り口にも、風呂屋の番台のように、監獄警備員が目を光らせている。 事前に面会予約をおこなっていて、来意を告げると、監獄内にある面接室に通された。
国選弁護士は、 型通りの事情聴取を行った。米国の監獄内での生活が、既に4ヶ月以上になると言う。 多分、日本人は彼一人。 寂しく、孤独であろうが、 言語だけを操る私には、 どうにもできない問題だった。
また、ある時にはホワイトカラー犯罪者用の刑務所内を見学する仕事で、カリフォルニア州に飛んだ。
金融関係者の中には、 法を犯す人もいる。 しかも損失額は気が遠くなるほど巨額な場合もある。
でも、そこの囚人は、 自分の個室牢屋の鍵を持参し、刑務所内のキャファテリアで、食事の種類を選択できる。 大学の大食堂的雰囲気だ。 そこの住民は、断然白人男性が大半だ。