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そう、 自制心がとても大切だ。 収入が固定化した今、 インフレも考慮すれば、当然、生活力が徐々に下がる覚悟が、必要だと悟った。
食べたい時に、食べたい物を、十二分に食べる生活とはおさらばだ。 注意深く支出を見ながら、節約気分で、生活する事が肝心だ。
76歳まで、曲がりなりにも、少し収入のある生活を続けられた事に、感謝する。
起きるとすぐ、ピアノの練習。これは、私にとり、一種の瞑想と捉えている。 余計な妄想を避ける時間と思っているが、ごく普通の人間であるだけに、 簡単な楽譜の練習中も、 頭の中は雑多な考えが行き来する。 でも、 たまに、音楽に没頭している自分に気づく。
ユーチューブは、私の学びの場になった。 高齢化の特色である、自由時間を、有意義に過ごす、良い手段だ。
一人である事が、さぼりやの自分を、勉強に追いやってくれたのは有難い。 高齢者がだんだん、人付き合いが少なくなるのは、ごく自然な事だろう。
嘆いても、 これだけはどうにもならない。頑固になった高齢者と、付き合いたくないのは人情だ。 その上、収入源が限られてしまった老人は、社交に使えるお金も、限られすぎている。
でも、ユーチューブと言う、便利な手段があるではないか。講演会、座談会に耳を傾けたり、オーディオ ブックに、聞き耳を立てている。 自分の無知さを、ひしひしと感じる。
でも、 ある意味で、新鮮な知的刺激を受けられる事に、感謝している。 大枚を叩いて、学問の場である大学に行かなくとも、自分の集中力を育て続ければ、 一人で十分勉強できる。
自制心がそんな場合、大切だ。 自分が自分の教授になったつもりで、 徐々に初歩的歴史、政治学、経済学、地理学などを、学び始めている。
1970年以来、アメリカに在住しているが、いかにアメリカを知らなかったかを、痛切に感じている。
生活している事と、その国を客観的に分析するのは別物だ。 でも、 長年米国生活をした事実も、 今の勉強に実際役立っている事も、紛れもない事実だ。
頭に刺激を与える事は、生きている限り、人間が、自分にしなければならない事であってみれば、 インターネットの問題点があるにせよ、その便利さを十分利用して、勉学に勤しむのも一つの生き方だ。


