top of page

13/8/4

ピアノの先生

Image by Olia Gozha

「私は音楽が嫌いなの。でも、私にはピアノを教えることしかできないのよね。」

彼女はそう言って、グラスの酒を飲んだ。

両親は音楽家で、本当に幼い頃からピアノを教えられてきた。

「子供って親を喜ばせたいって思うでしょ。

 だから、ずっとピアノを練習して、コンクールにでて、

 それで、音大に行ったわ。でも、自分がなにになりたいとか、

 そういうことは考えなかったのよね。

 気がついたら、ピアノの先生しか出来なかったの。」

私は黙って聞いていた。

「笑っちゃうよね。」


親は自分の子供にこうなってほしいとか考える。

自分のような辛い経験をさせたくないとも考える。

そういう思いに子供は応えようとする。

でも、そのレールが、子供の幸せにつながっているのかは誰にもわからない。


「小さい頃から絶対音感があって、全部音符に聴こえちゃうの。

 だから、オーケストラはうるさくて聴けないわ。」

「そういうもんなの?僕はわからないけど。」

「そうよ。」彼女は軽く答えた。


静かなバーだった。

私はギネスビールを注文した。

滑らかな泡を口のまわりのにつけながら、ちびちびと飲む。

「イギリスにいってた頃いつもこれ飲んでたんだよ。」

「そう、あなたは、自分の思うように生きてきたのね。」

「たいして選択肢があったわけじゃないけどね。」

「私よりはあるわよ。」

「音楽が嫌いっていったけど、好きな曲はなにもないの?」

「ひとつだけあるわ。ホロヴィッツのピアノ」

「ホロヴィッツ?」

「そう。作曲された当時を感じさせるように弾けるのは彼だけね。」

「今度聴いてみるよ。」

「この後私の家で聴く?」


私はクラシックを好んで聴いていたわけではないが、

彼女がかけたピアノ曲は、なんとの言えず心地よかった。

曲を聞いている間中私たちは無言でいた。

殺風景な部屋の窓から月がみえた。



←前の物語
つづきの物語→

PODCAST

​あなたも物語を
話してみませんか?

Image by Jukka Aalho

フリークアウトのミッション「人に人らしい仕事を」

情報革命の「仕事の収奪」という側面が、ここ最近、大きく取り上げられています。実際、テクノロジーによる「仕事」の自動化は、工場だけでなく、一般...

大嫌いで顔も見たくなかった父にどうしても今伝えたいこと。

今日は父の日です。この、STORYS.JPさんの場をお借りして、私から父にプレゼントをしたいと思います。その前に、少し私たち家族をご紹介させ...

受験に失敗した引きこもりが、ケンブリッジ大学合格に至った話 パート1

僕は、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジ、政治社会科学部(Social and Political Sciences) 出身です。18歳で...

あいりん地区で元ヤクザ幹部に教わった、「○○がない仕事だけはしたらあかん」という話。

「どんな仕事を選んでもええ。ただ、○○がない仕事だけはしたらあかんで!」こんにちは!個人でWEBサイトをつくりながら世界を旅している、阪口と...

あのとき、伝えられなかったけど。

受託Web制作会社でWebディレクターとして毎日働いている僕ですが、ほんの一瞬、数年前に1~2年ほど、学校の先生をやっていたことがある。自分...

ピクシブでの開発 - 金髪の神エンジニア、kamipoさんに開発の全てを教わった話

爆速で成長していた、ベンチャー企業ピクシブ面接の時の話はこちら=>ピクシブに入るときの話そんな訳で、ピクシブでアルバイトとして働くこと...

bottom of page