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古物商を呼んでレコードを捨てた話

Image by Olia Gozha

 若い頃、QUEENが好きでよく聴いていた。凝った技巧で構成された音がめちゃくちゃカッコよくて好きだったが、We Are The ChampionsとかDon’t Stop Me Nowとか、直情的な夢と情熱に溢れまくった歌詞もカッコよくて大好きだった。

 ファーストアルバム1曲目のKeep Yourself Alive(邦題:炎のロックンロール)は、技巧も歌詞も物凄くカッコいい。本国イギリスではまだ無名だったQUEENのこの曲に、当時の多くの日本人女子中高生たちが熱狂しまくった。

(※ 熱狂が過熱しすぎて変なブローカー達が暗躍し始め、ロジャーが日本人ファンを妊娠させて、週刊少年ジャンプの「ドーベルマン刑事」でネタ元にされてしまったという、とんでもない時代だった。)

 2018年公開の映画「Bohemian Rhapsody」の中で、学生バンドとしてレコーディングしているフレディとブライアンが、「音を左右に振って…」「最後は真ん中!」と掛け合うシーンがあったが、あれはKeep Yourself Aliveの収録のことだと思う。

 

Keep yourself alive

keep yourself alive

It'll take you all your time and a money

Honey you'll survive

 

 先日ポストに古物商の宣伝チラシが投函されていた。

 今は二人暮らしになってしまったが、昔6人家族が住んでいたこの家は、要らないものが溢れかえっている。サザエさん巻き前髪の浅野ゆう子が流行っていた頃に妹が買ってきたスチームカーラーだとか、バカでかい美顔器だとか、母のゴルフバッグだとか、本当に邪魔でどうしようもない。どれもただの重たいゴミで、廃棄するのにお金と労力がかかる。

 この重たいゴミのことは常に頭の片隅に引っかかっていたので、なんとなくそのチラシを手に取って眺めていたところ、買い取れるものとして「レコード」がリストアップされているのが目に留まった。そして、ゴミに分類される死蔵品のひとつとして、弟が勤務先近くにマンションを買って家を出ていった時に残していった大量のレコードがあることを思い出した。

 それで、チラシが投函されて1週間以内なら査定額30%アップという煽り文句にも背中を押され、電話してそのまま訪問予約を取り付けた。

 

 家の中を業者に歩き回られるのもなんとなく気持ち悪かったので、訪問予定日の前日、レコードを全部玄関に運んだ。運んでみると、買ったことをすっかり忘れていた自分のレコードもかなり混じっていることに気が付いた。何を買ったのかほとんど覚えていないのだが、一体どんなレコードを買っていたんだろう?気になって思わずそこに座り込み、一枚一枚手に取ってジャケットを眺め始めた。

 すっかりジャケット鑑賞に浸りきり、そのうちQUEENのGREAITEST HITSで歌詞カードを引っ張り出して眺めていたら、その収録曲について、突然あることに気が付いた。

「CD版にはUnder Pressureが収録されていない!」

 CDの時代になってレコードを聴かなくなってから、よく聴いていたいくつかのアルバムはCD版も買っていた。GREAITEST HITSは気に入っていたのでCD版も購入しており、母を自動車の助手席に乗せて温泉に連れて行く時に高速道路で今でもよく掛けている。

 Under Pressureは故デビッド・ボウイとの共作なので、著作権的にNGでも出たのか? なぜかQUEENのベスト盤に収録され、しかもシングルカットされて全米チャートで上位に上がっていたナゾの名曲。

 CD版に収録がないことは、忘れていたのか、それとも元々気が付かなかったのか。いずれにしても、今、それに気づくとは。

 

 翌日、廃品を買い取りに来たのは若いお兄さんだった。雑談を交えながら玄関に集められた廃品をどんどんチェックしていく。音楽の話題が豊富な人だった。予約の時の電話口で私がレコードと言ったので、その分野を得意にしている担当を回してくれたのだろう。

 玄関に用意したレコードは結局やっぱりどれも本当にゴミでしかなかったらしい。値段はつきませんと言われてしまった。

 ゴミじゃないよ。若い頃の情熱だよ。

 業者からゴミと見なされたレコードの山を眺めながら、あんなにゴミを処理したいと思っていたのに、逆の感情が沸いてきたことに戸惑いを感じていた。若い頃に熱中したレコード。ロニー・ジェイムス・ディオ、AC/DCのマルコム・ヤング、交響組曲宇宙海賊キャプテン・ハーロックの平尾昌晃、ラウドネスの樋口宗孝、レコードを買った時は生きていたのにみんな死んでいなくなった。

 

 平積みしたのでだんだん重くなり、下の方から小さく「パキッ」と、レコードが割れる音がした。

 

 結局、カーラーと美顔器とゴルフセットは引き取ってもらえなかった。

 古物商は、万年筆や18金のアクセサリー、天皇の在位記念硬貨やブランドのライターが出てきたら、名刺に記載してある携帯電話にぜひ電話してくださいと営業して、500円硬貨を置いて去って行った。

 

 古物商のお兄さんが居なくなってひとりで家の中に戻った時、家から運び出されたレコードが、軽のワンボックスの荷台に放り込まれていく先刻の光景がフラッシュバックし、やたらに重苦しい虚無感に包まれ気が遠くなってきた。そして、突然QUEENのKeep Yourself Aliveが頭の中でぐるぐるし始めた。

 

But if I crossed a million rivers

And I rode a million miles

Then I'd still be where I started

Same as when I started

 

 レコードを買ったりしていた若い頃、自分の中には訳の分からない夢や希望が、とにかくなんだかいっぱい詰まっていて、その充填率はほぼ100%だった。それから40年。今の自分の中は、ぽっかりと空洞で、その充填率は5%くらいの空虚なものになった。

 100%だった時代から、何か進化したんだろうか?何も進化せずに中身だけ流れ出て行ったような感じがする。

 

Keep yourself alive

Keep yourself alive

All you people keep yourself alive

Take you all your time and money

Honey you'll survive

 

 税務署が怖い。区役所の成年後見窓口の係員が怖い。母を死なせないようにするためだけに生きているような感覚に怯えている自分が怖い。こんなに必死にやってるのに、国は最大限の相続税を搾取することしか考えていない。脳みそが壊れてしまった母をなんで死なせないようにしなければならないんだろう。それでも生かして、そして自分も生きなきゃならない。認知症の母と二人、終わらない介護を続けて、この瞬間を生き延びることだけ考えながらただただ必死に生きているだけ。

 

 結局GREAITEST HITSは手元に残した。埃をかぶったままになっているが、レコードプレーヤーはまだある。若い頃に自分の中に詰まっていたものは殆ど流れ出てしまって空っぽになりはしたが、5%くらい残っている何かを満足させるために、そういう時にこのレコードを掛けることにした。

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