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介護保険による住宅改修費の支給のこと

Image by Olia Gozha

 介護認定を受けると、介護保険から住宅改修費が支給される。支給割合は、工事費の90%または80%または70%。支給割合が3段階なのは、被保険者の収入等によって保険割合が違うからだ。

 この住宅改修費の支給は介護保険の話だが、似たような補助金で住宅設備改修給付というのもある。

 自治体によってこの給付は違うのかもしれないが、とにかく介護認定を受けると居住空間の改造に色々と補助金が出る。

 …と、いうことになっている。

 

 最初に要支援2の認定を受けた時に、地域包括センターのケアマネージャーから、母の足腰が弱ってヨロヨロしているので、浴室に手摺をつけたらどうかと勧められた。工事費の大部分が介護保険で賄えるというので否もなかった。

 実際に工事を発注するに当たり、「こういう工事に慣れている」業者がいるので紹介してくれるという。

 あとでイヤというほど実感したが、「こういう工事に慣れている」というのは「高齢者用住宅設備の施工に慣れている」という意味ではない。

 それはすなわち、「役所への手続き業務に慣れている」という意味である。

 

 話が進んで、工事業者が見積りのために下見に来た。施工箇所の寸法を測ったり、位置決めのテープを張ったり、現場の写真を撮ったり、普通のリフォーム業者が行うような普通の作業をしている。

 いつも思うのだが、こういう時の工事依頼者はかなり手持無沙汰だ。赤の他人が家の中に入ってきているので完全に席を外すのもためらわれるし、かといってその場にいて何か手伝えるわけでもない。あまり喋り掛けて作業を邪魔するのも問題だ…が、この時は、介護保険のことがよくわからなかったので、それがどういうものなのか訊いてみた。

 

 業者は作業の手は止めずに、しかし色々と教えてくれた。それによると、介護度が2段階上がるたびに、介護保険から総額で上限20万までの工事費が使えるようになるのだそうだ。つまり、まず要支援1と認定されたら20万円、要支援1が要介護1になったら20万円、要介護1が要介護3になったら20万円,要介護3が要介護5になったら20万円、この場合だと総額80万円分の工事費が支給される計算になる。

 ところが、である。ここから先に、お役所が仕掛けた巧妙なトリックが待ち受けているのだ。絶対に80万円が支給されることはない。

 

 母の場合は要支援2から始まっているので、要介護2に上がって20万、要介護4で20万、初めて認定を受けた時の20万と合わせて60万もらえるのかと思った。もらえると言っても、もともとは自分が収めた介護保険が戻ってきているだけなのだが。

 60万もあれば、バリアフリー化など、けっこう改造できるのかと思った。ところが、

「そういう工事には使えないんですよ~。ほぼ手摺しかないですね~。」

と、言われてしまった。

 段差をなくす工事や介護用のお風呂は保険の適用範囲ではないので、住宅設備改修給付の方になるのだという。

 手摺の設置は、一カ所2万円にも満たない。60万円分の手摺をつけようと思ったら、30本以上もつけなければならない。手摺だらけの家なんて、一体どこのアバンギャルド系デザイナーズ住宅だと言うのだ?

 呆れて二の句が継げないでいると、

「階段やトイレにもつけられますよ。どうしますか?」

と、聞かれてしまった。

 とりあえず必要ないと思ってしまったので、失意のうちにお風呂場だけ発注した。

 

そして3か月後。

工事を発注したことすらすっかり忘れていた3か月後。

工事業者が、

「区役所の審査に2、3か月かかります」

と言った言葉の通り、こんな小規模な工事の審査に3か月も掛かって、ようやくお風呂場に手摺が設置された。

 

 最初の手摺から3年経ち、トイレの介助の時にも手摺があった方がいいなと思い始めたのは、武漢で新型コロナウィルスが初めて発生した年の4月だった。

 京都の学生さんがフランスからウィルスを持ってきたり、墨田区の病院でクラスターが発生したり、世の中は大騒ぎだったが、大手ゼネコンの現場を除き、小規模の大工さん系業界は、電車に乗らずに工事車両で移動するからと、いたって通常営業だった。

 昔の名刺を辿って問い合わせると、工事会社は普通に営業していた。新しいケアマネージャーにも工事を発注する旨連絡し、ケアプランの作成が完了して、工事の担当者が見積もりのためにトイレを下見に来た。

 

 測量する工事業者のそばで、またしても手持無沙汰な時間が過ぎて行った。

 トイレの測量が終わると、業者は方眼紙を取り出し、

「お母さんの寝室はこちらの部屋ですか?」

と言って、母の寝室を指さした。私が「そうです」と答えると、業者は寝室からトイレまでの距離を測り、方眼紙に見取り図を描き始めた。

「何を書いているんですか?」

どうしてトイレの手摺工事に寝室が関係あるのだろう?それが不思議に思えたので、私は何気なく質問した。すると、これぞ「ザ・お役所仕事」であると痛感させる、見事な答えが返ってきた。

「このトイレが、確かに要介護者が使用するものであることを明示しなければならないんです。例えば1階と2階にトイレがある家ってありますよね?その場合、介護保険では要介護者が主として使う方のトイレのみの工事しか認められないんですよ。なので寝室からの位置関係と距離が必要なんです。要介護者が使う場所ではないところに手摺をつけようとすると申請が却下されるんですよ。こんなところを高齢者が使うわけがないだろう、と言ってね。」

 もし、こういうルールを知らない普通のリフォーム業者に工事を頼んだら、申請→却下→再申請→却下→再申請→…で、たかがトイレの手摺を付けるだけのために何年も掛かってしまうだろう。

 この時やっと、ケアマネージャーが言うところの「こういう工事に慣れている業者」の意味が、わかったのだった。

 

 下見からたったの3週間ほどで、今回は早々に工事が始まった。

「早かったですね?」

と、私が言うと、工事業者はヤケクソみたいな調子で吐き捨てるように相槌を打った。

「ええ。緊急事態宣言で、申請が少なかったらしいですよ。それで、区役所窓口の担当者に『今回は早かったですね』と言ったら『じゃ、次回は遅くしますから』って返事されちゃいましたよ。そういう意味じゃないのに!」

 区役所、恐るべし。

 

区役所のホームページの介護保険課介護給付係のページに書かれている、

―――――――――――――――――――――――――

 住宅改修費の支給限度基準額

 20万円(事前にケアマネジャーなどへの相談が必要)

 (注)着工前に申請が必要です。

―――――――――――――――――――――――――

の、“20万円”というのは、はっきり言って全くの見せ金である。例えるならば、一番上の一枚だけが本物のお札で、その下は新聞紙を切ったものを纏めたニセモノの札束のようなものだ。

 実際には絶対に支給されることはない。

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