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終身雇用とパワハラ

Image by Olia Gozha

パワハラってもちろんこれまでもあったし、たぶんこれからもある。でも、でもなぜ今、こうして法律までできたかというと、それは終身雇用制度と密接な関係があると思う。

20世紀の終わり、まだ20代の頃、あるところに勤めてたとき、気の弱そうな部下をターゲットに定めて徹底的にイビる上司がいた。不幸にもターゲットになったAさんは、どんなに怒鳴られても身じろぎもせず必死に耐えていた。

ある日、職場で歯科検診があったとき、検診に回ってきた歯科医の先生が、最後にこんなことを言ってた。

「Aさんの歯は、奥歯が全部砕けてた。ここまでになるのは普通の食いしばりかたじゃない。」

その一方で、当の上司はまるで自分のマネジメントを誇るかのように、周りの部下にこうのたまっていた。

「いいか、俺はな、時にはAをみんなが聞こえるところで敢えて厳しく怒鳴るんだ。そうすることで、他の奴らからも舐められくなるし、職場の空気もピリッとなるんだ。」

その後いろいろとあって上司にはさんざん歯向かった上で、怒鳴られたら怒鳴り返し、殴られたら殴り返してやろうと思い(幸いそういう機会はなかったけど)、最後はそういうことも馬鹿々々しくなって年度が替わるときにさっぱり辞めた。

まだパワハラっていう言葉がなかった時代だけど、なぜAさんが自らの顎で奥歯を砕きながら必死に耐えていたか言うと、それは終身雇用が保障されていたからだと思う。とにかく、我慢さえすれば生活が保障される、この1点のみのリターンのために、必死に耐えていたんだと思う。

上司はそういうこともわかった上で、絶対に辞めない、歯向かわないと見極めて、執拗にAさんをいびり倒していたんだと思う。

我慢さえすれば生活が保障されるんだから、それは結構なことじゃないかという考え方もあると思うが、終身雇用を保証するということを条件にかつての組織は、個人に対し全人格的に君臨し、上司はそれに便乗した。

そんな中でも、そういう組織や個人の在り方に理不尽さを感じ、全く別の信念と方法で生きていた人ももちろんいたけど、全体からすればそんな人は少なかった。(ちなみに、大先輩のTさんは「マツイ君、給料の7割はガマン賃だよ。何事もガマン、できぬガマンをするのがガマン。1にガマンで2にガマン、3,4がなくて5にガマンだな~。」といって、いつも僕を元気づけてくれた)。

で、僕がその上司に年度いっぱいで辞めると告げた時、彼は顔をゆがめ、手をぶるぶるぶる震わせながら、こう言った。

「これまで、厳しく言ってきたこともあったけど、それはお前のことを思っての事だったんだ、わかるよな。」

やっぱり僕が辞めない、我慢すると見切ってやってたんだと思った。辞めるとなれば、人事に通報するのも、さらに上の上司に直訴するのも、さらには法律に触れるような振る舞いをするのも、覚悟さえあれば自由。そういうフリーハンドを僕が持っていることを知り、その上司は急に恐れ、うろたえだした。おかげで辞めるまでの数か月は快適に過ごすことができた。

こんなことって終身雇用なければ成り立たないと思う。終身雇用がないところでは、我慢することにメリットはないから、こんなことが起これば、もちろん逆襲されるし、あるいは人は去っていく。終身雇用の崩壊の是非はともかく、これが崩れてよかったことのひとつは、こういう理不尽な振る舞いが成り立ちにくい状況になったことだろう。

でも逆に終身雇用が保障されるところでは、まだこういうことが起こりうるということ。そこをこういう法律でうまくブロックしていけるようになるといいなと思う。

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