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横浜の山手を走る

Image by Olia Gozha

久しぶりにオートバイでその辺を走り回る。写真は山手のイタリア山庭園という古い洋館。横浜には海からすぐの小高い丘の上に点々と洋館が残っている。コロナ禍で来館者がほとんどいない静かで美しい庭園からは横浜の港とすぐ下の中華街を見渡すことができる。

当時の西洋人は、こんな丘の上の美しい庭園から元町、中華街、横浜港を眺めていたんだなあと思いを巡らせていると、横浜も東南アジアでよく遭遇した植民地的な地理的身体を持つ街であったことに気づく。

つまり、高台の一等地に西洋人が住み、そのすぐ下に、西洋人が生活必需品を調達する街が形成され、さらにその周辺に中華街が広がるという街の姿から、東南アジアの植民地的都市と全く同じ構造を見てとれるのである。

日本は植民地にはならなかったけど、開国によって形作られた街である横浜は当時の植民地的な文脈と全く同じ経路を経て発展していったのだろう。

また、この街の当時の言語的な景観について考えれば、丘の上はヨーロッパ緒言語、丘の下は日本語、そして、中華街は横浜ピジン語と地理的身体に付随するように言語が広がっていたのだろう。

そんなことを考えながら小高い丘の上から急な坂を下りて中華街まで来た時に、急にオートバイが止まる。そのあと、自宅までの数キロをオートバイをひいて歩くという悲惨な目に遭う。

おそらく、オイルタンクに入れてはいけない添加剤を入れたことが原因だろう。帰宅してオイルタンクのオイルを抜いて、燃料の粘度が変わったことでオイルと煤で真っ黒になったプラグを洗浄して何とか復旧。

横浜の地理的身体と2サイクルエンジンの燃料噴射時におけるオイル粘度について、身をもって学んだ夏の終わりの日曜日であった。

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