僕はキャンピングバスで国内を旅している。
愛犬とサーフボードを載せて、各地の海で波乗りをするのだ。
道中ではさまざまな出会いがある。
これは僕の人生を変えた出来事だった。
生涯のパートナーと出会ったときの”あの感じ”
今でも忘れはしない。
彼女は島根県に住んでいる。
由香との出会いは十年ほど前にさかのぼる。
当時、東京で先輩とバリバリ働いていた頃、
恵比寿に会社があった僕は、都内を中心に電車で移動することが多かった。
あるとき、
渋谷駅前のバス停で大きなスーツケースを持った女性が目にとまった。
『綺麗な人だな~』そう思ったことを覚えている。
次の日、
新宿駅の改札を出ようとする僕の前を昨日の女性が通り過ぎる。
お互いに振り返えると、僕らは目があった。
引き返した僕は彼女に声をかける。
『あの、昨日渋谷のバス停に…』
話し終える前に微笑んだ彼女もまた、僕に気づいていたようだ。
島根県から来ていた彼女は、これから帰るところだという。
僕らは連絡先を交換して別れた。
これが由香との最初の出会いだった。
それから十年ほどの間、二度だけ東京に来た彼女と食事をしたことがある。
あとはたまにLINEで近況報告をする程度の関係だったのだ。
僕はさっそく由香にLINEをし、
旅のことを伝え、二日後に島根で会う約束をした。
四国から広島に渡り、山越えをして二日間かけて島根県に入った。
当日、
夕方まで仕事だという由香からLINEが届く。
『神々の国・島根へようこそ。島根にきたなら、ぜひ出雲大社へいってみて』
神々の国か…。
その響きにしっくりきた僕は、さっそくグーグルマップで出雲大社を検索した。
出雲大社は、縁結びの神様だという。
神無月(かんなづき)と言われる十月。
その名の通り全国から神様が不在になる月だ。
毎年この月に全国の神様が出雲大社に集まるという。
よって、
島根県だけは神在月(かみありつき)となる。
全国から集まった神様たちは、
誰と誰を今年はくっつけようか、という会議をする。
そこで選ばれたカップルにご縁があると言われているのだ。
出雲大社に着いた僕は、五百円玉を投げ入れ、手を合わせた。
『縁結びの神様さん、ぼちぼち僕も選んでくださいな』
夕方になり、仕事を終えた由香から連絡が入る。
指定された彼女の家まで迎えにいき、久しぶりの再会をした。
整った顔立ちに白い肌、スタイルも良くて、一つ年上のカッコイイ女性だ。
それでいて、
会話中にちょいちょいでる天然ぽさもまた魅力だ。
僕らは、
宍道湖の夕日が見える駐車場にバスを停め、
あらかじめ買っておいた食材を料理し、トマト鍋を振舞った。
なぜトマト鍋だったのかは、僕自身でもわからない…。
出雲大社の帰りに買った、島根ワイナリーのワインを開け、
僕らは乾杯し、宴(うたげ)が始まった。
数年ぶりに会った僕らは、なんの違和感もなく、
旅の思い出や彼女の近況報告などの会話で盛り上がった。
気が付けば、彼女の膝の上でクマジが気持ちよさそうに寝ている。
間接照明に心地いい音楽が流れる中、ふと見たその光景で時が止まる。
“この人と…家族になる”
一瞬のようで永遠に感じたその時の中で、僕は確かにこの言葉を聞いた。
心の声なのだろうか。
それとも僕のようで僕ではない、もっと深い部分から発されたものなのだろうか。
それからの数日間、
昼間は一人で島根を観光し、夜は仕事を終えた由香と合流して過ごした。
彼女へ気持ちを伝えたかったが、
お酒が好きな僕らにシリアスな会話をするタイミングはこなかった。
結局、気持ちを伝えられないまま島根を出発する日が来てしまう。
『また島根にきたらいいよ』
そう言って仕事に行く由香とお別れをした。
完全にタイミングを逃した。
というより、
タイミングがなかったというほうが正しいかもしれない。
物事はすべてタイミングなのだから仕方がない。
由香を見送ったあと、
連日の二日酔いを感じていた僕は、キャンピングバスのベッドへ倒れ込んだ…。

九十九里海岸でサーフィンを終え、一宮の家に戻ってきたときに電話が鳴る。
『稲ちゃん、久しぶり~』
電話の相手は、学生時代の同級生だ。
『昨日さ、稲ちゃんが公開プロポーズをする夢を見たんだよ。
それがすごいリアルだったから電話しちゃった。』
そう言いながら、電話越しで同級生の岩本奈美が笑っている。
『はぁ~?それだけで電話してきたのかよ?』
僕は呆れて答える。
『いや、本当にリアルだったんだって~』
岩本はいつもこんな調子だ。
『それで?俺はフラれでもしたのかぃ?』
そう尋ねた僕に岩本は言った。
『もちろん大成功よ』
目を覚ました僕は、一瞬どこにいるのかわからなかった。
由香を見送ってから
キャンピングバスのベッドですぐに寝てしまったようだ。
しかし、
夢の内容はハッキリと覚えていた。
それだけではない。
今みた、夢の内容…。
これは二年ほど前に起きた本当の出来事だった。
その出来事が、このタイミングで夢に現れたのだ。
『合図だ!』
旅を続けるうちに磨かれていた、スピリチュアルな感性を僕は疑わなかった。
すぐにスマートフォンを手に取り、
インスタグラムを起動させた僕は、丁寧に文章を作り始めた。
由香とはSNSでも繋がっている。
最近の投稿にも【いいね】をおしてくれていた。
必ずみてくれるはずだ。
何度も書き直しながら完成させた文章を再度確認し、僕は【シェア】をタップした。
これは実際の投稿内容になる。
人生は旅だと言われる。
旅が人生に例えられることがある。
国内ではあるが、ノープランで旅をしているとそのことを感じられる。
ひらめきや出会い、出会った人からポロリと出る言葉などを使って、神様がみせてくれる。
とても大きな力の導きを感じられる。
今回もその連続…。
そして人生とは、神様からの合図をしっかりキャッチしていくこと。
サーフィンできる場所を移動している俺を、なぜに縁結びの神様は島根に来させたのか…。
島根で再会した人がいる。
彼女とは十年くらい前に出会っていたけれど、
今回が三度目。
綺麗で頭も良く、仕事もできる。
それでいて天然…(笑)
この一週間、
たったこれだけの時間の中でもハッキリと感じた。
”この人”だと。
神様の合図を感じたときにやらなくてはいけないことは一つだけ…。
行動をすること!
長くなったけれど、
由香、この人生を俺と一緒に楽しんでもらえませんか。
僕は彼女からの【答え】を待つことにした。
徐々に【いいね】が増えていく。
『わぁお!!』と同級生の岩本奈美からコメントが入る。
しかし由香からの反応はない。
今日も夕方まで仕事だと言っていた。
僕は今日いっぱい待つ決意をする。
夕方六時ころ、彼女からLINEが届く。
『まだ島根にいるの?』
そう書かれただけのメールに返事をする。
『いるよ』
すぐに既読となったその瞬間、キャンピングバスのドアがノックされる。
ドアを開けた僕の前には由香が立っていた。
『やってくれたね』
そう言った彼女に僕は返す。
『それで、答えは?』
彼女の目をまっすぐ見つめる僕に対し、
『もちろんOKよ』
にっこり微笑みながら、由香は答えた。
とても、照れくさそうに…。
