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足のくさいミュージシャン。

Image by Olia Gozha

9年くらい前だろうか。

まだまだ全然売れない大道芸人だった僕は

数少ない 芸の仕事が地方であり、なけなしのお金で

電車に乗った。

だがそこで、お金がないあまり、僕はしてはいけないことをした。

キセルである。

最寄りの一番安い切符を買い、遠く離れた駅についたところで

駅員に 「切符をなくしました」と伝え

安く移動しようとしたのだ。

だが、その行動は、あっけなく見つかる。

僕の前にいたヤンキー風の青年が同じようにキセルをしていたのだ。

風貌も含め、どうあってもあやしい。

あっけなく彼が連行され、合わせて僕も同じことをしていたので

あっけなく同じ部屋へと連行された。

反省して謝り、行きと帰りの切符代を4倍分の罰金とともに支払い

(なぜかそのヤンキーの分も支払った)

所持金のこり数十円という状態でとぼとぼと駅を降りた。

自分の行動にずいぶんと情けなく思った。


宿泊先を予定していた友人の住むシェアハウスへと向かうと

その道中の街中、週末の繁華街のど真ん中にて

ストリートミュージシャンが歌っていた。

ハーフのような端正な顔立ち。

颯爽とギターをかき鳴らし、心に響く歌を歌っていた。

僕もストリートで投げ銭を稼ごうとしていたので

軽く挨拶をして ストリートにて

テーブルマジックを少し離れた場所にて行った。

幸い、投げ銭は帰りの交通費を稼ぐことができた。

気持ちに反省の念を込めつつ、宿泊先へとゆく。

すると先ほどのストリートミュージシャンが話しかけてきた。

同じストリートの人間は惹かれ合う。

どうやら宿泊先に困っているようで、日本一周中の途中だそうだ。

年齢は20歳。自分よりも若かった。しかも一切交通機関を使うことなく

すべてヒッチハイクで移動してきたというのだ。宿泊先もホテルなどには泊まらず、野宿に近いこともしてきたそうだ。

友人のシェアハウスを紹介し、一緒にそちらへ向かい、快くOKをもらった。感謝を述べつつ、彼が一言述べた。

「ただ、一つ謝らないといけないんですが...」

なんだろうか。

「ぼく、足くさいんですよ。」

端正な顔立ちから急にそれっぽくないことを言うので驚いた。

いやいや、そんな気にはならない。そう思っていた。

「いや、ほんとに強烈なんです。部屋一面に匂いが充満するんで...」

なにをそんな、と思っていたが、その数分後に衝撃を受ける。

「くせぇ!」

彼が部屋に入り、靴下を脱いだ瞬間、広々としたリビングが一瞬で

くさい匂いに包まれたのだ。

美しい音色と端正な顔立ちとのギャップになんだか思い切り笑った。

その日の夜に、たくさん話をした。

親の教育の一環で、あえて学校へ行かずに生活をしてきたこと。

ミュージシャンとして生活をしていくことを決めていること。

壮大な夢と希望に満ち溢れた話は、とても輝いていて

心から感動した。

気づいたら僕は、駅で買った帰りの切符を彼に渡していた。

当初はそれを使って帰る予定だったが、幸いちょうど、彼が同じ方向へ行く予定だったので、それまでの経緯をつたえ、しぶりながらも快くもらってくれた。

彼の音楽のCDを買った。

大切にしている心の声が 応援してくれた。


翌日、彼と別れ、握手を交わし、

僕はヒッチハイクで 実家へと向かった。

優しい方のご好意に助けられ、見知らぬ人が

家まで送ってくれた。

辛い時やしんどい時

悪いことをしてしまう時がある。

でもそこでふと 良い人と出会える。

無事に会えた家族の笑顔が

いつもと違って見えた。


あれから10年近くが過ぎ、

足の臭いミュージシャンはパパとなり

今も音楽で生計を立て、幸せそうに暮らしている。

またどこかのステージで 会おう。

同じ部屋で宿泊しよう。

「くせぇ!」と笑って叫びたいのだ。

そして素敵な近況を聞かせてくれ。


ありがとう。

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