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聞いていて苦しくなるほど、母が罵倒し、涙する娘に、お互いの憂鬱と子育ての大変さを見た話。前編

Image by Olia Gozha

強弱のまばらなヘッドライトが街を照らす薄暗い渋谷に
赤信号を待つ人々が道路の両脇で男も女も見分けがつかない布を纏いさまざまな色を見せている。

陽が沈み、遷り変わる街の中で溺れている自分の目がそうさせる。
そんな目に入って来た親子。

一瞬見落としかけたが、母親が物狂おしげに左手を上げている。

お子さんは幼稚園の年長ほど。スクールか何かのお迎えのよう。
青山か麻布周辺に住む富裕層だろう。
乗せてみると、そんな予想も的中した。

乗るとすぐに、今にも悲鳴を上げる勢いで母親が罵倒し始めた。

ちなみに、私の乗る車種はジャパンタクシー。
扉が閉まる切るのが遅いこの車種の、いつも無駄だと感じるあの数秒だけが後に静かで貴重な時間となるとは。

母「何であなたはそんなにダメなんですか。
この間もそう、あなた最近いつも注意されてるでしょ。
お姉ちゃんはこんな事無かったよ」

タクシー運転手の僕に声をかけているのか?と
勝手に息を飲むほど丁寧な口調と甲高い声が車内で響く。

「この間まで、しっかりやれてたじゃない。
先生も、『こんなことで注意したことはない、
最近は周りの子と遊んでばかりで集中していない』って言ってたよ」

久しぶりに叱られてるな。と、自分事になりながらも安全運転を続ける。

「あなたがやりたいって言うから始めたんでしょ。
なのに何で出来ないの?この調子ならもう辞めれば。
ママは迎えの時間も大変だしお金も無駄だし」

『う~ん』

小さく反応する娘さんの声は、
その言葉に気持ちが表れているようにも感じる。

「辞める?」

『・・・』

「辞めてくれたらママとしては楽だよ、
無駄な時間もお金も使わなくなるし」

『・・・・うん。』

「どうするの?」

『・・・。』

「やるの?」

『・・・・・やる』

「じゃあ、ちゃんとやってください。
家に帰ってもお姉ちゃんと遊んでないで勉強して」

娘さんは『やる』と答えたが、その答えに『やりたい』と感じられるモノはなかった。
具体的に言えないが、答えられない。

そんな何かがその娘さんの中にあるのかもしれない。

子供の頃なんて皆そうで、小さいころ叱られたときは素直に反応出来ていた覚えはない。
もうその娘にとって面白くはない。

でもその気持ちを伝えきれず、行きたくないという気持ちがその『やる』
の言葉に隠れていた気がする。

その会話は『やる』という結末で終わりにはなったが
母親の罵倒はまだ続く。

「スクールに行っても友達と遊んで勉強しない、家に帰ってもテレビ見るかお姉ちゃんと遊んでる。これで良いと思ってるの?」

『・・・・・』

「どうなの?」

『・・うん』

「うん、じゃなくてさ、こうやって怒られるのが嫌ならママに認めてもらえるように頑張りな。遊んでる暇なんかないよ。」

『・・うん』

この子にとって『やる』と答えた言葉の奥にある本当の気持ちがここにある気がする。

「認めてもらえるように」

まだ小学生にもならないこの娘にとって社会はほとんどが家族。
人は社会の中で承認を得られたり否定されたりしていくが
その基準が今はほとんど家族しかない。

『生きていくにはママに認められるように頑張らないといけない。』

それがこの娘のなかの基準になってしまっているのかもしれない。

最初はやりたかった、お姉ちゃんもやってたし、楽しそうだし
『やりたい』と伝えたときも、きっとママにはとても受け入れてもらえたんだろう。

でも、気持ちとしては正直にならざるを得ない
やってみたら楽しくなかった。

こんなの当たり前のことだ。
大人だってみんなあるし、世の中のほとんどの人間が三日坊主で終わらせたものが沢山ある。
やってみたいと何かに興味を持っても何もできない人だっている。
小学生にもならないこの娘がそうならない方がおかしい。

でも、『認められなきゃいけない』その気持ちが邪魔をする。

ママの「辞めたいなら辞めれば」の言葉も
「辞めて言い訳ないでしょ、辞めたら許さないよ」
そう聞こえたかもしれない。

運転席にいる僕にはそのように感じた。
そして、母親の罵倒はまだ続く。


「このまま頑張れないなら、もうあなたみたいな子はいりません」

『・・・・・。』

「本当に要らないからね。」

これほどまで、冷酷で心憂い言葉を発するのをタクシーで初めて聞いた。

続く

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