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のりこさんはうまい具合に旅立って行きました

Image by Olia Gozha

カリフォルニア州のトーランスという街に住む46歳主婦です。

朝早起きして週3回、ジムのプールで泳ぐ事を常にしています。英語では“Loner”といいますが、人との交流が苦手で、朝のプールでもモクモクと泳いだらさっさと帰ることにしています。

そんな孤高人間のわたしですが、プールで出会ったのりこさんという86歳の女性と仲良くなりました。仲良くと言っても、朝、プールで出会ったときに、ジャグジーの熱いお湯に浸かって5分ほど世間話をするだけなのですが。

のりこさんは1人暮らし。養子にされたお嬢さんが、車で1時間ほど離れた街に住んでいらっしゃって、たまに会ってはいるものの、自分のことはすべて自分でされています。86歳という高齢にも関わらず、お元気で、しっかりされていて、朗らかに大きな声で笑う、太陽みたいなのりこさん。神戸生まれ神戸育ちですが、英語も流暢で、ジムのみなから愛されています。

1日置きくらいで顔を合わせていたのりこさんに会わない日が続きました。「お嬢さんと旅行にでも出かけられたのかな」と思っていました。最後に会ったとき、とても元気にされてたので。

ところが、昨日、ジムに行ったとき、知らない日系人の男性が近づいてきて「あなたは、よくプールでのりこと話してたでしょ?のりこは先週足の血栓が詰まったことがきっかけで、息が苦しくてなり、ER(集中治療室)に運ばれる前に亡くなったんだよ」と教えてくれました。

わたしは悲痛な顔をして、悲しいふりをしました。だって、それが世間の常識だから。「わざわざ教えてくださり、本当にありがとう。わたしはのりこの冥福をお祈りします」と、この男性にお礼を言ってその場を離れました。

でもわたしは悲しくなかった。「のりこさん、うまい具合に旅立つことができてよかったね」って、去っていったのりこさんのためにしあわせな気持ちになりました。非常識ですね。

のりこさんはこんなことをよくわたしに言ってました。「去年まで、自分の世話は自分でできるって強い自信があった。でも今年はちょっと違うのよ。記憶が飛ぶことがあるの。あれ、わたしはどこにいて、何してたのかしらって訳がわからなくなる。それはとても怖いこと。自分の世話ができなくなって、朝のプールにも来れなくなるのはとても怖い。一番つらいのはわたしがダメになって娘に迷惑をかけること。わたしは長生きして、楽しい経験をたくさんして、もう充分幸せだから、苦しまないで、うまい具合に旅立ちたい」って。

のりこさんの「怖い」という気持ちを想うと、のりこさんがかわいそうで、お湯のなかで膝がガクガクして、小さなのりこさんをぎゅっと抱きしめたい気持ちにかられたけど、のりこさんは、きっと同情なんてされたくないだろうと思い、「のりこさんは元気溌剌だから、まだまだボケないよ」ってがははと笑い飛ばしたりしてました。

突然、さばの味噌煮を差し入れしてくれた、あたたかい人。水玉模様の新しい水着を「素敵ですね、よく似合ってますよ」と褒めたら、めちゃくちゃ照れてたかわいい女性。純日本人なのに、あおみがかった透き通った目がとてもきれいでした。

のりこさんともうプールで世間話できないの、寂しいけど、わたしは悲しくありません。のりこさん、うまい具合に旅立つことができてよかったね。合掌

たとえ会ったことがなくても、少しでも多くの人がのりこさんを想い手を合わせてくださったら、「のりこさんは寂しい思いをしないのでは」、「喜んでくれるのではないかしら」と思い、文章にしました。





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