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金沢への旅、そしてM君のこと。

Image by Olia Gozha

新幹線が開通して、金沢は近くなった。東京から2時間半。地元の人は、物価が高くなった、外国人観光客が増えた、それまで誰も相手にしなかった“金沢おでん”が何故か名物になった、などと言っているらしい。

実は高校3年の時、僕は金沢を2度訪れている。金沢大学の受験で、下見と本番の2回、松本から在来線特急を乗り継ぎ6時間かけて行ったのだ。同じバスケ部の同級生だったM君も、たまたま金沢大学を受験するらしい。で、二人で一緒に列車に揺られた。

その頃、五木寛之さんが金沢在住で、エッセイに街のことをよく書いていた。どこか松本と同じ匂いがする金沢に、ぜひ行ってみたいと思った。担任の先生は劣等生だった僕に、受かるはずがないと深く絶望していたが、観光旅行のつもりだった。M君も同じ気持ちだったのかもしれない。

下見の時は、まず宿を決め、受験会場までの道順を確認したあと、兼六園・香林坊など定番のコースを散歩した。

試験本番の時は前泊した。夜一緒に受験勉強らしいものをしていると、中居さんが食事を持ってきてくれた。そして、こう言ったのだ。

「キン大の医学部を受験されるんですか、たいへんですねぇ」

タバコを吸いながら、参考書を広げたままテレビに見入るやさぐれた僕らは、とても現役の高校3年生には見えなかったのだろう。M君と顔を見合わせて、少し笑った。窓を開けると雪が降っていて、タバコの煙が冷気に吸い込まれるように流れていった。

当然ながら、僕は落ちた。M君も落ちた。卒業後、M君は高田馬場にある予備校に入った。僕も8月から、名前のよく似た高田馬場の予備校に通った。たまに待ち合わせて、喫茶店で時間を潰した。お互い鬱積した気持ちのやり場がなく、特に話もないのだが、二人でいると何故か心が落ち着いた。

結局、翌年の3月に、僕もM君も東京の文系私立大学になんとか滑り込んだ。そして月日は流れ、M君は地元の銀行に就職した。支店長まで勤めたあと、長野県では有数の部品メーカーに転出し、今は専務取締役として現役で海外を飛び回っている。

受験生のあの頃のことを、M君は覚えているだろうか。覚えていないとしても、僕は君と一緒にいてすごく慰められたよ。ありがとうね。

金沢に出張した帰りの新幹線の中で、そんなことを思い出していた。

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