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「落ちこぼれ学生、寅さんになる・・・」

Image by Olia Gozha

「ウチの寅さんは、また何処かに行ってるのか?」

父が母に訊ねたそうです。これはバイト代がたまり、大学の長期休暇になると、どこかへと出掛ける私のコトを指しています。

しかし残念ながら、私がしていたのは旅行です。寅さんは「旅に出る」と言いますが「旅行へゆく」とは言いません。

一方、私は旅程も元手も決まっています。旅の途中で啖呵売(たんかばい)で稼ぐ術もありません。「旅」に対しての想いは募ります。あてもなく、放浪してみたい、そんな気分を叶えるべく、私は友人の誘いをうけ海外を目指し、昼間はせっせと天秤で屋根瓦を担ぎ、夜はレンタル・ビデオ店でバイトをして、軍資金を貯めました。

2月初めにソ連のアエロフロート航空機で成田からモスクワ経由で、パリを
目指す旅の始まりです。予定では3日間をパリで過ごし、翌日からは国際列車でバルセローナへ。初めての国際線の飛行機の旅に胸をふくらませ座席に着くと、おとなりは小柄な日本人の中年女性でした。

その女性は安全ベルトを締めようと凸型の金属をバックル側に挿し込んでいますが、一向にカチリという音もなく、上手くはまりません。

それもそのハズ、彼女が持っている凸型のジョイントは、私の座席のものでした。暫く面白がって、一所懸命にバックルとジョイントを着けようとしている様子を眺めていました。

女性の座席と僕の席の間の肘掛のあたりを見ると垂れ下がっている安全ベルトとジョイントがあったので、それを手に取り声をかけました。

「あのーそれはボクの座席のだと思います、これが、たぶんそちらのだと思います」と凸型のジョイントを手渡しました。

「アラッ!嫌だわ・・・」愉快そうに明るく笑う様子が、あっけらかんとしていてとても感じよく映りました。

長い道中、そのまま会話を続けていましたが、訊けばパリに居を構えた画家さんだそうです。パリでは何処のホテルに泊まるのかと訊ねられ、1泊目は仕方なく学生の自分たちには、ちょっと高い宿になったと応えました。当時はバブルの絶頂期で、日本でゴルフ場やホテルを経営する企業が買収したホテルに宿泊することになっており、翌日はまず安い宿さがしから始めると言うと、

「サンジェルマン・デ・プレに安くてとても良い、小さなホテルを知っているので訊いてあげましょうか?」という願ってもないお申し出です。
サンジェルマンと云えばルーヴルまで1キロ足らず、モネの「水連」で名高いオランジュリー美術館の在るチュイルリー公園まで2キロ足らずの好立地です。

「朝食もクロワッサンとコーヒーか紅茶が付いてるのよ・・・」

是非お願いしますと宿泊先の電話番号と、われわれの名前を記したメモを感謝の言葉と共にお渡ししました。

シートベルトがつないだ思わぬ出会いでした。

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