
このストーリーは、ある少女が絶望的な状況からも、必死に努力して第一志望の大学に合格したお話です。
私は指導者として、彼女のストーリーに直接関わることができました。この話を通して、諦めないことの大切さ、自分を信じチャレンジし続けることの大切さが、一人でも多くの方に伝われば幸いです。
私がアイちゃん(仮名)と最初に出会ったのは、夏真っ盛りの7月、北海道の小さな町に学習塾を構えてから、数日しないうちの出来事でした。
とりあえず最初の印象としては、おどおどしている、引っ込み思案、インドア派(オタクっぽい?)、人なつっこそう(犬っぽい?)、といった感じ。
最初お母さんとどの椅子に座るかを譲り合って、10秒以上も目の前の椅子に座れなかったほどの優柔不断。話をしていくと、口数も少なくこちらの目を見ることもせず、18歳にしては幼いな、というのが正直な感想。3人兄弟の末っ子で、家族の中でも甘えん坊ポジションの様子。
しかしこの子は間違いなく優しい子で、きっと一生懸命で誠実な子なんだろうな、とも感じました。自己主張は強くなくとも、誰かを助けるためなら尋常でない力を発揮できる、そんなタイプなんだろうなとも感じました。
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今回はとあるイベントを通して知り合った方から、「娘が浪人生で英語がずっと伸びない、なんとかしてほしい」という依頼を受け、実際にお会いして面談をすることに。
よほど事情が切羽詰まっているのだろうと思い、お会いしていろいろお話を聞いていきました。アイちゃんの第一志望は、北海道で随一の国立・帯広畜産大学。しかしアイちゃんは英語を大の苦手としており、過去の模試の結果を見ると、センター模試で英語の点数が200点中60点前後、偏差値でいうと40以下という状態でした。
センター試験の英語はほぼ全てが4択の問題なので、何も考えずに答案を書いても多少運が良ければ200点中70点くらい取れてしまいます。点数だけで言えば、アルファベットが分からない人とほぼ同レベル。高校に3年間通っていて、卒業後もしっかり予備校に通っていて、それでもずっと点数が伸び悩んでしまっている状態。
そして追い打ちをかけるかのように、帯広畜産大学はこの年から、二次試験で英語の選択が必須となってしまいました。去年までは二次試験で英語を選択しなくてもよく、現役のときは英語を避けて通ってしまっていたようなのです。センター試験も含めると、今から何が何でも英語を伸ばしていかなければならない状況でした。
ちなみに帯広畜産大学のセンター試験のボーダーは65%、今の倍の点数を取らないと合格できないレベルです。残された時間は、ちょうどあと6か月。普通に考えれば、絶望的な状況かもしれません。
しかしそんなアイちゃんに、私はこんな提案をします。
「これから英語を得意教科にして、英語を安定した得点源にしていきましょう。二次試験では、英語を2問解けるくらいになりましょう!」
あっけにとられる母娘。半ば呆れ顔のお母さん。そして戸惑いつつも、なぜか前向きになってくれたアイちゃん。とにもかくにも、こうして私たちの半年に渡るチャレンジが始まったのです。
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帯広畜産大学の二次試験は国公立大学の中でも少し特殊で、120分で合計5問を解く「総合問題」の形式です。予め5教科に2問ずつの計10問が用意されており、その中から自由に5問を選んで時間内に解ききる、という形式です。
そしてこの形式がゆえに、前年までは苦手な英語から逃げて受験することが可能でした。選択する5問を、「数学・数学・生物・生物・化学」というように、理系教科だけにすることができたからです。ところがこの年から大学の募集要項が変わり、英語を最低1問は解くことが必須となってしまいました。英語が苦手なアイちゃんにとっては、一見絶望的な状況です。
しかし私は、これがまだ絶望的な状況ではないと分かっていました。その日アイちゃんに受けてもらった簡易テストで、アイちゃんは中学レベルの単語・文法知識にほぼ問題が無いと分かったからです。
私が過去指導した生徒の中には、半年で英語の偏差値が10近く伸びた生徒は何人もいます。アイちゃんの現状はかなり厳しいですが、ここから英語を得意教科にまで引き上げることは決して無理ではないと、過去の経験から確信できたのです。
とにもかくにも、私たちはその後、オンラインでのマンツーマンの授業をしていくことに決めました。決して安くはない授業料をいただきながら、私はプロとして、しっかりご期待に沿っていこうと固く決心したのです。
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アイちゃん母娘にお会いして数日後。
私はお母さんに頼んで、アイちゃんの過去の模試結果など、あるだけのデータを郵送で送っていただきました。
模試の結果はお会いしたその日にもざっと見ていましたが、念のため現役だったころのデータや他教科の伸び具合なども入念にチェックしておきたかったのです。
そしてレターパックで届いた資料の束を見ながら、私はある事実を目の当たりにしてしまいました。
それは、「英語が伸びない」ではなく、「英語以外も伸びていない」という事実でした。
英語以外の教科も、偏差値はおおむね40~45といったところ。数学・国語・生物でたまに偏差値60を超えたことがあるものの、いずれの教科も得点がかなり不安定。毎回模試で、偏差値40を切る教科が英語のほかに2つほど。浪人が始まってから全くと言っていいほど各教科の点数の伸びが無く、「得意教科」と言えるものが全く無い状態でした。
現役生ならまだしも、浪人生がここから半年で全教科で偏差値10伸ばすのは、はっきり言って絶望的です。英語だけならまだしも、全教科となると話は全く違ってきます。はっきり言って、国公立大学を目指せるレベルではありません。
これまで何度も何度も模試を受けて、そのたびに毎回E判定(合格率20%以下)で、それでも頑張っているけど、ずっと点数が伸びない。難しい問題ばかりに取り組んで、答えや解説を見ても理解ができず、それでも頑張っているけど、ずっと点数が伸びない。そんなアイちゃんを想像すると、私は彼女が健気で可哀そうになってきました。
そして私は、一つの結論を下しました。
「帯広畜産大受験を、諦めさせよう」
苦渋の決断でした。特に「英語を得意教科にしよう!」と意気込んで希望を与えたうえで、それを早速取り消さなければならないのは心がとても痛みます。しかし模試の結果だけでなく、アイちゃんの性格やこれまでの経緯、通っている予備校の形態(朝から夜遅くまで授業に缶詰め)、すべてを総合的に考えて、こう結論づけるしかなかったのです。
私は今回の話が全て白紙になるのも覚悟のうえ、お母さんにメッセージを送りました。
「模試の結果、じっくりと分析させていただきました。結論から言いますと、私からは志望校の変更をお勧めさせていただきます。」
そして受験教科数が少ない私立大学の受験に絞ることなどを提案。するとお母さんからはこんなメッセージが(以下、原文ママ)。
「ありがとうございます。先生、丁寧に見ていただいたのですね。
英語は目立ってましたが他にもありますよね。私たち親は国立にこだわっている訳ではなく、現役のとき○○大学(滑り止めの私立大学)の申し込み要項を取り寄せ、申し込むよう伝えました。てっきり申し込んでいるかと思ったら、無断で申し込まず浪人しようとしていた節があります。(中略)二浪はさせないので私立は次回必ず受けてもらいます。高校の担任の先生も国立に受かったら奇跡と思っていると思います。兄たちを見ていても、大学受験というのはそんな甘いものではありません。娘は試験に対しての食らいつき方が違うし、甘いなと感じます。」
その後お母さんとは幾度かやり取りを重ね、まずは私からアイちゃんにヒアリングをしていくことにしました。なぜ帯広畜産大にそこまでこだわるのか、大学で何を学びたいのか、将来どんな仕事をしたいのかなど、アイちゃんの本心を理解する必要があったのです。
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そして8月上旬、アイちゃんとの初授業を行いました。アイちゃんの本心を探るため、私はいろいろな質問をしていきました。
まず帯広畜産大学を第一志望とした経緯について。高校のころは生物が比較的得意で、帯広畜産大学になんとなくあこがれは抱いていた様子。そして周りの人から良い大学だと聞く機会があり、そこに行きたいという気持ちが強くなったとのこと。
次に将来については、動物に関わる仕事に就きたいというところから、「捨てられた動物をどうにか助けたい」という思いが一番強いということが分かりました。しかし具体的にどんな仕事に就きたいかというと、全く具体的な答えがない状態でした。自分の将来について真剣に考えを深めていない、言ってしまえば幼さゆえに、世の中の現実を直視しようとしていない姿勢が窺えました。
しかしそれでも、帯広畜産大学に対しては強烈な思い入れを持っているということだけは分かりました。理屈抜きで、とにかく何が何でもそこに行きたいという執念だけは、アイちゃんは初めから誰よりも強かったのです。
切り口を変えて、私はアイちゃんに現実的な話をしていきます。
私:「今のままだと、帯広畜産大に今年合格するのは何%だと思う?」
アイちゃん:「・・・60%くらい?」(いやいや、主観的成功確率が高すぎ・・・!!)
私:「帯広畜産大に合格するのに、センター試験で目標とする点数はどれくらいだろう?」
アイちゃん:「64%がボーダー。英語は5割くらい」
(うん、まず自分の受験大学のボーダーは最低限知っているようだ。よかったよかった。
でもアイちゃん、君は一つ大きな勘違いをしているよ。)
私:「ボーダーっていうのは合格すれすれの点数のことで、目標は確実にそれより上に設定するものなんだよ。例えば帯広畜産大だと全教科の合計目標が7割で、それだと英語は少なくとも6割はほしいよね・・・。」
アイちゃん:「・・・。」
私:「アイちゃんの今の偏差値が(高く見積もって)大体45だよね。センター試験7割って大体偏差値55だから、あと半年で10上げる計算になるよね。そうすると、3カ月でいくつ偏差値を上げる計算になるだろう?」
アイちゃん:「5」
私:「そうだよね、じゃあアイちゃん、この前の3カ月振り返ってごらん。偏差値はいくつ上がったかな?」
アイちゃん:「あんまり上がってない・・・」(実際はむしろ下がってる)
私:「偏差値を5上げるって、どれだけ大変かイメージできるかな?」
アイちゃん:「いや、あんまり・・・」
私:「偏差値45っていうのは下から30%の順位で、偏差値50がちょうど中間なんだよね。受験生は50万人以上いるから、偏差値を5上げるっていうのは受験生10万人以上を追い抜く計算になるんだけど・・・。これ、3カ月でできると思う?」
アイちゃん:「いや、難しいと思います・・・」
私:「そうだよね、ちょっと現実的じゃないよね」
こんな風に、アイちゃんの想像と実際の現実は大きく乖離している状態でした。その乖離が大きいということにまずは気付かせてあげて、その後もあの手この手で、なんとか帯広畜産大以外の大学受験に気持ちを切り替えてもらおうとしていったのです。
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そして後日。
最終的に、私はアイちゃんに帯広畜産大学受験を諦めるよう直接伝えていくことになりました。
私が話を切り出す前に、私の意図を察して既に涙ぐんでいるアイちゃん。最終的に決めるのはアイちゃん自身だと言いつつも、国公立でなく私立大学の受験を目指していくのが得策だと、きっぱりと話していきました。
アイちゃんには話していませんでしたが、この時私は最悪のシナリオを心に描いていました。国公立大受験に失敗し、私大受験にも全て失敗。二浪もさせてもらえず、かといって就職もできずに、最終的に家にひきこもってしまう。いや、滑り止めレベルの私立大学に合格しても、本来行きたい大学ではないために途中で退学してしまい、結果人生の全てが中途半端になってしまう。。。
それであれば、今から3教科に絞って対策し、できるだけレベルの高い私立大学に合格した方が、真剣にアイちゃんのためだと思いました。教科数が少なければ、偏差値55~60のいわゆるMARCHレベルの大学にチャレンジしてもよいのではと思ったのです。その方がアイちゃんの将来の選択肢が広がるし、きっと大学に行ってからの可能性も広がるだろうと。
しかしアイちゃんはそんな私の気をよそに、全く自分の気持ちを変えようとはしませんでした。私から諦めるように言われたのは少なからずショックだったようですが、その後もアイちゃんの変化が見られません。お母さんとも相談して、ひとまずは9月末まで様子を見ようということになりました。9月末の模試でB判定以上が出なかったら、帯広畜産大はきっぱり諦めること。これがお母さんからの条件でした。
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9月末。
模試の結果、英語は200点中87点(前回よりちょぴっと伸びました)。全教科得点率は58%、これまでの模試の結果の中では1番良い結果となりましたが、それでも帯広畜産大学はD判定。滑り止めに考えた私大でもC判定という結果に。
この結果を受け、再度アイちゃんに話をしていきましたが、しかし頑なに自分の意思を曲げる気配がありません。お母さんにも相談していきましたが、結局のところ、お母さんの方が折れてしまいました。お母さんも、最終的にはアイちゃんの意思を尊重したいとのこと、親として自分の子をとにかく信じて応援していきたい…、とのことでした。
私もこれ以上は、アイちゃんの気持ちを変えさせるのは難しいと判断。というより、9月末の時点でこれ以上もう志望校を変えるうんぬんの話をする時間がありません。タイムリミットでした。私は自分の力不足を感じつつも、なんとかアイちゃんの人生にとってこの受験が少しでもプラスの経験になればと、できる限りを尽くそうと心に決めたのでした。
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しかし9月の時点で、実はすでにアイちゃんの姿勢に少しずつ変化が表れてきていたのです。私は当初から、アイちゃんには英語のみでなく、総合的な学力アップのてこ入れが必要だと考えていました。指導時間の半分にコーチングの手法を採り入れた学習の振り返りと計画作り、残りの時間を英語指導、といった形で進めていきました。
私が指導の初期に、特に注力したのは以下の4点です。
・時間の使い方への意識の改善
・週計画の作成と行動の記録
・各教科での演習量の増加
・個々の行動への目的意識の向上
まず、時間の使い方への意識について。アイちゃんは普段自分で学習に取り組む際に、どんな内容にどれくらい時間を費やしているか、ほとんど意識を払っていない状態でした。ある時に数学の問題に取り組んでいたら、気づいたら3時間くらい過ぎていた、といった感じです。学習を時間内に行う計画性が無いこともさることながら、考え事をしているといつの間にか数十分、数時間と時間が経っている、ということが日常茶飯事の様子でした。
多くの人が、時間への意識を持つことは当然と感じるかもしれません。しかし実際のところ、時間への意識を改善すべき受験生は非常に多く、それだけで学習効率が2倍、3倍になったりすることも決して珍しくはないのです。
アイちゃんの行動を変えるために、まずは20分ごとに携帯のアラームを鳴らすよう提案しました。「携帯が自習室で鳴るといけないから・・・」などと最初はあまり乗り気でなかったアイちゃん(だったらマナーモードにすればいいんじゃない・・・?)。それでも徐々に自分で工夫して、普段の学習でこまめに時計を見る癖をつけていくことができました。
2つ目に、週ごとの学習計画を作り、それに自分の行動記録を綿密に記していくよう指導していきました。先の時間への意識とも絡め、毎日必ずその日の振り返りをして、どのように時間を使っていたかを記録すること。そして自分が週ごとの目標をどれだけ達成しているか、目を背けず必ず振り返ること。そうしたことを日々繰り返しながら、毎回の指導で必ず前週の振り返りと次週の計画作り・目標作りを一緒に行っていきました。

(アイちゃんの実際の週計画。9月の段階ではまだ大雑把で中身の薄い感じです。「ふく」=予備校の授業の復習、「よ」=予備校の授業の予習と、予備校の授業のために大半の時間が使われてしまっている状態です)
こうして日々自分の行動を記録することで、主観的になんとなく頑張った・頑張っていないと感じるのではなく、客観的な事実として学習の進捗を把握することができます。さらにその事実に基づき、指導では必ず良かった点・もっと改善していける点をアイちゃん自身に挙げてもらい、それを元に次週の過ごし方を毎回考えてもらいました。
こういったことは、適切な指導者による個別の指導で初めて効果が出ると考えています。通常生徒は行動の記録をなかなか取りたがりませんし、仮に記録していたとしても、適切なフィードバックを行える指導者は思いのほか少ないのが実際です。
3つ目に、各教科で問題の演習量を大幅に増やしていきました。アイちゃんはそれまで予備校で毎日朝から晩まで授業をひたすら受け身に聞いて、日々予習と復習に追われる生活を送っていました。しかし残念ながら、授業を聞くだけでは成績や能力は決して上がりません。世の中の多くの生徒がそうであるように、アイちゃんも授業は真面目に聞くしノートも丁寧に取るのですが、いざ実力問題を解こうとすると全く何もできない。名付けて、「定期テストで点がとれても実力テストで点が取れない症候群」です。
これは決して地頭が悪いとか応用力が無いといったことではなく、単純に初見の問題への演習量不足に起因している場合があります。学校で習った既知の問題でなく、全く初めて見る未知の問題への演習量を増やすだけで、すぐ得点アップに結び付く場合も多いのです。
私はまず「アウトプット」の重要性を伝えながら、各教科で演習用の問題集に取り組んでもらいました。また指導中にアイちゃんに理解した内容を説明してもらったりして、アウトプットが積極的にできるよう促していきました。予備校の授業もただ聞いて終わりにするのではなく、必ず類題を自力で解いてみるなど、演習に力を入れるよう指導していきました。
最後に、目的意識について。アイちゃんが一番私の指導の中で印象に残った話だと、後日教えてくれました。
「○○大学に行きたい!」と言う割に、普段の行動が散漫になっていたり、大学合格に関係の無い事に取り組んでいる受験生は、意外なほどに多いのです。本当に心の底から何かを成し遂げたいのであれば、常日ごろの一挙手一投足、全ての行動をその目標のために向けていくことができるのではないでしょうか。また不可抗力で自分の目標や行動が叶わなかったり妨げられたとしても、その中で少しでも目標に近づくための工夫を重ねることはできるのではないでしょうか。
はっきり言って、気持ちも弱ければ考えも浅い受験生がほとんどなのです。そしてそうした受験生は、目標が達成できなかったことを自分の意識の低さではなく、才能や環境要因といったことを引き合いに出したがります。意識が高ければ、自ずと日ごろの自分の行動や学習の仕方を振り返り、少しでも目標に近づくための工夫をしていけることでしょう。
例えば、今覚えようとしている英単語は、本当に自分の夢の実現や志望校合格に必要なものなのか?それが志望校の入試にどのような形で出題され、その問題を解くことは志望校合格にどのようなに重要で、それが自分の将来にどのように影響するのか・・・。そうした問いかけを、日常の全ての行動に対して繰り返し、思考し工夫し続けることが大事です。
目的意識を日ごろから高く持っている人は、発言や行動全てが「一本の線」でつながっているかのような、ある種美しい所作に表れてきたりします。なぜなら、全ての所作が一つの最終目標にいつも結びついていて、無駄が無いからです。私はアイちゃんにたびたび、「その問題を解くことは、帯広畜産大学合格ととどのように関係があるだろう?」というふうに問いかけ、その「一本の線」が少しでもできるよう、指導を繰り返していったのです。
特に最初のころは、アイちゃんはノートの取り方に多くの無駄がありました。名付けて、「きれいなノートを取りたがる症候群」。特に女の子に多いケースですが、丁寧にノートを書くことそれ自体がゴールとなってしまい、なぜノートを書いているかの目的意識が欠落してしまう状態です。ノートを取る目的は、結局のところ自己の学習であり、そこに結びつかなければ全てのノート取りは無駄になってしまいます。
アイちゃんの場合は特に、長文問題で英文全ての和訳を丁寧に毎回ノートに書き続けていました(センター試験にも帯広畜産大の二次試験にも、和訳問題は全く出ないにも関わらず)。また予備校の授業のノート取りも、先生が喋った内容を何から何まで全部ノートに書き写してしまっていました。
目的意識を高く持っている人のノートは、乱雑な走り書きが多くともどこか整然としていて、個々の内容にしっかりとした意図が感じられます。私は指導の中で、度々アイちゃんに目的意識について問いかけ、日々の自主学習が少しでも目標達成に近づくよう促していったのです。
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10月。
指導の成果が徐々に表れ始め、明確にアイちゃんの日ごろの行動に変化がみられるようになりました。
日々の行動を15分刻みで記録し、また自分で問題演習を行う時間も以前から格段に増やしていくことができるようになりました。
10月末のマーク模試で、英語は一気に35点アップの122点。偏差値も51.2と、前回より「5」以上アップに成功。
指導した感覚として、正直これくらいはいけるだろうな、というのはありました。アイちゃんは英語の実力が無いというよりも、実力を得点に結びつける過程でたくさん躓いていたからです。これまでの指導の中で、個々の問題へのアプローチの仕方や試験中の時間配分など、得点アップに結び付く多くのポイントを伝えてきていました。
しかし英語・地理以外の全教科で6割を切り、総合得点は900点中511点、全教科の偏差値は50.4と依然かなり厳しい状況。帯広畜産大に合格するには、総合得点をここから優に100点以上は上げなければなりません。
なおも絶望的な状況。しかしアイちゃんは、決してあきらめたり落ち込んだりという様子は見せませんでした。
アイちゃんが素晴らしいのは、自分がやればできるということを、根拠が無くてもとにかく信じきっていることでした。そしてそれ相応の努力をちゃんと日々行っていて、私の指導を素直に聞いてすぐ行動に採り入れていたのです。アイちゃんの成長スピードが速かった理由は、まさにこうした点にあると強く感じています。
11月に入り、赤本を使った二次試験の過去問演習も各教科で始めていきました。当初は帯広畜産大受験を諦めさせようと躍起になっていた私ですが、ここに来て「もしかしたら」と思わせられたのです。それほどこの3カ月のアイちゃんの意識と行動には、大きな変化がありました。
しかし過去問の各教科の得点率は軒並み4~5割といったところ。センター試験の結果が仮にボーダーちょうどだったとしても、二次試験では6割の点数がほしいところです。それでもアイちゃんは、決してめげたり希望を捨てたりすることはありませんでした。毎回徹底してそれぞれの問題から気付きや学びを見つけ、それをノートに書き留め定期的に振り返りをする。そういったことを、ただ愚直に繰り返していきました。
同時にセンター試験の過去問演習もペースを上げ、全教科でこれまで学習した知識の総復習を行っていきました。
11月末の模試の結果、英語の点数はほぼ変わらなかったものの、特に理系教科で点数が伸び、全体の得点率は900点中558点までアップ。初めてセンター試験の平均点である、6割を超えることができました。少し希望は見え始めたものの、しかしまだまだ厳しいのが現実。アイちゃんには引き続き、手を緩めず学習に取り組んでいくよう、発破をかけていきました。
12月は専らセンター試験の対策。1日1~2教科の問題を解いて、添削と振り返りをして、ノートにまとめて復習、というプロセスを延々と繰り返していきました。ノートのまとめに手抜きがあった場合には、厳しい言葉をかける場面もありました。またセンター試験で致命的なマークミスについて、マークのミスが無いかの確認を「少しはしている」といった体だったので、「死ぬ気で確認しなさい」と認識の甘さを叱る場面もありました。
12月末、英語のセンター過去問演習で、自己採点が139点、157点と大幅にアップ。実力的に本番で7割を取っても不思議ではないレベルまで持ってくることができました。特に12月は速読の演習に力を入れたことが、得点アップに直結したと考えています。また地理や理系教科も、60点台を安定して取ることができるようになってきました。良い感じで入試前の追い込みが進み、いよいよセンター試験本番を迎えます。

(センター直前期の週計画。ひたすら過去問を解いて振り返りをして、の繰り返し。各教科で実力がメキメキと上がってきています)
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1月13日、センター前の最後の指導でした。
この日は専ら、アイちゃんに成功イメージを持ってもらうためのイメージトレーニングを行っていきました。まずは自分が絶対成功すると信じきること。その姿を思い浮かべながら、それが実現するプロセスを一つ一つ具体的にイメージしていくこと。朝起きてからどのような食事をして、どんな服を着て荷物は何を持っていって、家を出てから何時何分の電車に乗って・・・と細かく一つ一つの行動をイメージし、抜けや漏れが無いかの確認をしていきました。さらに各教科の試験で、問題に取り組む手順や段取りをできるだけ具体的にイメージしていきました。
ここまで来れば、私もアイちゃんに成功してほしいと心の底から願うようになり、最後まで自分を信じてほしいとアイちゃんに強く伝えていきました。誰がなんと言おうと、どれだけスタートが出遅れていようとも、これまで努力してきたことを信じてほしい。自分が成功すると最後まで強く信じてほしい。
アイちゃんは特に最後の数か月、見違えるように積極的に学習に取り組めるようになりました。そして努力を常に惜しまず、いつも希望を持って淡々とやるべきことを積み重ねてくれていました。しかし試験の結果は時に残酷で、私もこれまで本番で実力を出し切れなかった生徒を何人も見てきました。入試に絶対は無く、良くも悪くも当日の巡り合わせや運に大きく左右されることもあるのです。
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1月19日、センター試験当日。
アイちゃんが自宅を出ようとしたときに、庭先でペットの犬が、何かを察したかのように急に駆け寄ってきてくれました。それを見て、その場でなぜかぽろぽろ涙が出てきてしまったアイちゃん。一瞬、あまりに強いプレッシャーから緊張の糸がほどけてしまったのでしょうか。これはお母さんからの後日談ですが、この日のために心血注いで日々の努力を重ね、尋常でないプレッシャーの中、アイちゃんは身も心も満身創痍だったのでしょう。
しかしアイちゃんはすぐに気持ちを切り替え、その後全身全霊でセンター本番を乗り切ってくれました。
自己採点の結果、900点中613点(68%)。
見事に帯広畜産大のボーダーを超え、この半年ほどの間で100点以上の得点アップを成し遂げてくれました。
全教科で6割を超え、数IAと現代文では8割を超えるという結果に。
ここだけの話ですが、私はアイちゃんから結果をもらい、思わず「うぉ ぉー!!」と叫んでしまいました。
直後の指導で、私が「やったねー!!!」とハイテンションで呼びかけましたが、しかしアイちゃんはむしろ落ち込んだ様子。理由を聞くと、
「英語で7割取るつもりだったのに、思ったようにできなくて6割しか取れませんでした」
とのこと。
いやいや、いいんだよアイちゃん!
実際の本番では、実力に対して点数が上振れしたり下振れしたりするもの。今回は7割を目標にして、英語ではたまたま下振れしたようですが、他教科では大きな下振れがありませんでした。本当によくやったよ!素晴らしい!!
・・・しかしその日の指導で、私はアイちゃんにこれまでで一番の檄を飛ばすことになります。
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センター試験では良い結果を残し、第一志望である帯広畜産大学へ出願することになったアイちゃん。
しかしもちろんセンター試験で入試が終わりではなく、むしろこれからが本番。この後により難度が高い、二次試験が待ち受けています。
センター試験でボーダーを超えたアイちゃんは、二次試験で400点中220点(55%)の得点で合格できるという状況でした。帯広畜産大はセンター試験の配点が比較的大きく、アイちゃんは他の受験生よりやや優位な状況だったのです。しかし二次試験55%は、アイちゃんの実力的に達成できるか本当にギリギリのラインでした。
その後アイちゃんから、こんな相談がありました。
「二次で、数学をやめようと思ってます」
ここにきて、これまで一番得点が高い教科をやめようと言い出すアイちゃん。理由を聞くと、センター後1週間に取り組んだ過去問で、数学だけ結果が惨憺たるものだった。対して生物・化学ではある程度得点は安定しているため、二次は総合問題の5問中、英語2問、生物2問、化学1問でいくべきではないか、という相談でした。
確かに数学は得点の振れ幅が大きく、ある種ギャンブル性の高い教科。アイちゃんが二次試験で必要なのは、大きな賭けをすることではなく、手堅く必要最低点を確実に取っていくこと。その意味で、より点数が安定する英語・生物・化学に教科を絞るのもアリだと私も考えました。
こういった話をしながら、アイちゃんが当然のように英語を2問解く前提でいることに、私はしみじみとアイちゃんの成長を感じていました。7月に最初に会った時には、大の苦手教科だった英語。二次試験でまさか本当に2問英語を解くなんて、当初は想像もしていなかったはず。それが今では当たり前のように、「できる」と信じて疑っていない。
「苦手」「無理」と思っていることでも、自分を信じて努力し続ければ、いつか必ず克服できる。もっと自分自身を信じて大丈夫なんだということ。アイちゃんは私が指導で一番伝えたかったことを、確かにつかみ取ってくれたようでした。
一方で、私はあえてその日はアイちゃんに厳しく接していきました。
なぜなら、センター試験後に学習の手が緩んでしまっている様子だったからです。
試験後から指導日までの時間に対して、明らかに学習量ががくっと落ちている。ノートの取り方などから集中力が良い状態でなく、学習の質も落ちていることが明白でした。
「センターが終わったからって、気が抜けていませんか?」
「これで入試が終わったつもりですか?もう合格する気はないんですか?」
「本当にやる気はあるんですか?」
こんな風に、あえてかなりキツめに問いただしていきました。
センター試験が終わった今、受験生にとっては二次試験本番まで、何が何でも一番頑張らないといけない時期なのです。私もギアを上げて、アイちゃんの合格可能性が1%でも0.1%でも0.01%でも上がるよう、熱をこめて指導をしていきました。
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(2月上旬の週計画。二次試験本番に向け、気合の入れ方が以前と段違いに。〇印の予想時間に、10分単位で実際の所要時間を緑色で逐一記録。時間の使い方への意識が別人のように上がってきました)
センター明けから二次試験本番までは、専ら「赤本」を使った過去問の演習に力を入れていきました。過去問演習では、個々の教科の総復習に加え、問題の傾向分析や自分自身の分析も深く行うことが不可欠です。
実は「赤本」を正しく使いこなせていない受験生は意外に多く、過去問を解いてもそれが実力に結びついてないケースがほとんどなのです。過去問の傾向分析から、類題の対策をどのように行うのか。自分に不足している考え方や着眼点を、自己分析を通してどのように見つけていくのか。特に難関大学の受験においては、思考・分析の方法について、上級者や専門の講師からのアドバイスや指導が不可欠であると考えています。
帯広畜産大学の二次試験の問題は、難度は標準的ですが試験時間が短いため、いかに効率良く「稼げる問題で稼ぐ」かが勝負の分かれ目となりました。アイちゃんはそうした取捨選択を苦手としていたので、入試本番までは徹底して、どの問題に注力してどの問題を捨てに行くのか、判断力を上げるトレーニングも行っていきました。
毎回の指導で英語の細かい知識や解法テクニックを伝えながら、猛烈な勢いで日々過去問演習に取り組んでいきました。過去問の点数は、各教科4~7割を行ったり来たり。直近の過去問では合計点が目標の220点を安定して20点ほど上回りましたが、入試合格は本当に5分5分といったところでした。
2月中旬、滑り止めの私立大学にも無事に合格。2月末、万全の状態で、いよいよ帯広畜産大学二次試験の本番を迎えます。
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その約1週間後の3月6日。
国公立大学前期の合格発表日でした。
私のメッセージに、アイちゃんから連絡が。

感無量の結果です。
改めて、アイちゃん。合格本当におめでとう。
そして、これまで懸命にがんばってくれて、本当にありがとう。
受験勉強での努力は、きっとこれからの人生にも大きく役に立つはず。これからもアイちゃんが、自分の人生を自らの努力で切り拓き続けてくれることを、心の底から願っています。
今回はこのストーリーを通して、諦めないことの大切さ、自分を信じ続けることの大切さが少しでも多くの人に伝わればと思い、執筆を始めました。
アイちゃんのように、目標や夢を高く掲げているけれども、実現の仕方が分からなくてくすぶっていたり、周りからバカにされたり否定されて自信を失ってしまう人は、きっと数えきれないほどいるのではないでしょうか。
そうした人を一人でも多く導いて、人生を歩むための自信をつけてもらうこと。それが私の教育者としての使命だと考えています。
自分を信じて努力さえ続ければ、人はどんなことも成し遂げることができる。これは私自身の信念であり、それをより多くの人に伝えていくことが私の人生のミッションの一つです。
そしてアイちゃんが志望校に合格できたのは、何を置いてもアイちゃん自身の不断の努力によるものだったのです。これは決して奇跡のようなものではなく、アイちゃんが最後まで自分を信じて疑わず、努力を重ね続けたゆえの結果なのです。
ちなみに後日の成績開示で、アイちゃんの二次試験の得点は258/400(64.5%)と、最低合格ラインを大きく上回ったことが分かりました。センター試験と合わせた総合得点では、全受験者中260人中47位(合格者148人)と、合格者の中でも上位に入っていたのです。決してマグレなどではなく、実力で合格を勝ち獲った証拠です。
偏差値40の状態から、半年で20万人以上の受験生を追い抜いて帯広畜産大学合格を成し遂げたアイちゃん。絶望的な状況からも、必死に努力して第一志望への合格を成し遂げることができたのです。
この度は最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
よろしければ、より多くの方に読んでいただくための、シェアや応援メッセージなど、頂戴できましたら幸いです。重ねて、この度はご一読いただき、本当にありがとうございました。

