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ネット婚活マジック⑰ほんとうの思い出になる人

Image by Olia Gozha

目の前が霞んで見えない霧の中は、視界を閉ざすのにはきっと優しい。

ここにも空があるのなら、投げ上げる思い出を受け取ってくれますか。

==========

新しい出会いを求めてよいのかを、自分に問いかけると。

そっと、記憶が遡る。

H君と出会ったのは、静かな秋の病棟。

転びそうになるのを助けられ、

次第に挨拶を交わすようになり、笑顔も行き交うようになると。

病棟中から、ボーイフレンドとガールフレンドだとはやし立てられ。

お年寄りたちはそうすることがその日一日の希望のように、からかいながら笑いながら二人を大切にしてくれた。

健やかさを取り落とし、先が見えたと思える未来の前で。

「夢をあきらめたもの同士じゃなくて、病気になったから出会えたもの同士になりたい」                           

と、H君が言った。

それは、とても嬉しいことで笑顔になれることなのに二人は泣いていた。

「ぼく、頑張るき。10年経ったら嫁さんにしちゃるきね」

そのまま、私より先に退院をしたH君と連絡が取れなくなった。

5月。

H君の名前が、新聞の訃報の欄に記された。

庭の薔薇を伐って、花束にした。

H君のお母さんは、息子に年頃として当たり前の恋愛があったことが嬉しいと微笑んだ。

H君のことをいつか忘れて、

「あなたは、幸せになってね」

と、言った。

うなずくことができないまま、来た道を戻ると薔薇の香りが漂ってきた。

思い出になったことを、抱いて、抱いて、抱いて、抱いて。

思い出を手放したくないと、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。

一緒に過ごした病院の屋上へ昇ると、H君がいない世の中なんて何の意味もないと感じた。

そしたら、

「10年経ったら、嫁さんにしちゃるきね」

という、声が聴こえた気がした。

10年、待ってみようかな。

待ちたかったら、待ってみようかな。

忘れたりしたら、すぐそばでH君が泣いてしまうよ。

それから毎年、H君の命日には一緒に食べた菓子を机に置いてじっとしていた。

そして、10年後。

当たり前だけれど、H君は私を迎えに来なかった。


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10年経って、私はほんとうの1人になり。

親に言われるがまま見合いをし、政略的な結婚をした。

自分の命も人生も、どうでもよかったからできた結婚だった。

夫になった人は世間体のために結婚を望み、結婚をした後は別居だと言った。

次に、その人は世間体のために子どもを望んだ。

私は、自分の体で頑張ることなく医療の進歩と恩恵とで一女を授かり。

一生懸命に目を開けて体を動かす娘を見ていると、生きているんだなぁと感じた。

生きることをあきらめる気持ちで結婚をしたら、駄目だ。

死んだ心のまま、一生懸命に生きようとする子どもと暮らしたら駄目。

生きる私が、生きる子どもを育ててゆく。      

それをしたいとして、離婚となった。

娘と二人の生活が、始まると。

折々に、娘の方が現実を見ていると感じながら。

その娘が巣立った、今年。

5月から逃げずに、向き合おうとする頃。

娘から、一つの荷物が届く。

箱を開けると、一膳の箸が入っていた。

それには、カードが添えられていて。

今まで育ててくれて、ありがとうと。

私の娘に生まれたことをとても幸せに思っていると、書かれてあった。

何だろうな。

涙が、止まらなくなった。

生きていると、嬉しさに泣く日があることをもう忘れないでいよう。

4月から、まるで断食のように目に色を映さず小さく息をしていたところを。

5月の始まりに、こうした荷物がこのような言葉と一緒に届けられたことで。

今までの自分に首を振り、今の自分にうなずくことができて。

霧の中から、明るい方へ歩き始めた気がした。

その記念に、歩数計を買うと。

家の中で、サポーターを填めて走るようになる。

外でも、用心のために車椅子の握り手に手を乗せているだけになった。

折角だから、これから冒険をしようと思います。

無理やりに、夏と友だちになろうとしなくても。

いいよって言う人が、どこかにいる。

新しい土地で、新しい風に吹かれて新しい笑顔で生きてゆきたいと望み始めたから。

そのために、今を頑張る。

弱音を吐くこと、人を頼ること、人に甘えること、人を信じること、人を愛すること、自分自身を愛すること。

知らないことが、たくさんある。

たくさんあることに触れる始まりの… 始まりの…、

おのぼりさんに、なるために。

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