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逆流性食道炎を直すのにストレッチと食生活の改善をしないと食道がんになることもある話

Image by Olia Gozha

妊婦を二回経験し、私のお腹には大きな浮き輪が。体重も完全に戻ってないけど、体重よりもこのおなかの無駄肉をどうにかしたい。


 そんな本音を胸にひめつつ、逆流性食道炎になった。妊娠糖尿病の次は逆流性食道炎。


 つわりがひどかったときも感じたけど、私は幼少期から運動音痴で運動をほとんど得意とせず、してこなかったせいもあり、どうも横隔膜もゆるんでいるようだった。


 いろんな文献、書籍、インターネットをみて、軽度の逆流性食道炎は、日本人なら誰しもなることをしり、そしてストレッチや、深い深呼吸などで横隔膜を、鍛え、食生活の改善で1ヶ月で治ったひとの本を読み、希望をもった。


 あまり、見た目の変化がみられてないけど、産後からずっとダイエットは、していきている。つまり、20代からしてきたダイエットをしてみたが、なかなか痩せず、年齢ごとにやり方を変えないと痩せないことをしる。


 そして、運動をこども時代にしてきたか妊娠前までしていたかどうかでも、痩せやすさが違うことを、いろんなママをみてきて、おもう。


 痩せているママは、食生活そのものがもともと太りにくい食生活をしていたり、運動の習慣のあるママも、体重を戻すのが早い。


 だが、もし、このままいくと食道がんになるよ、といわれたらあなたもどうするだろうか?


 人間は、命の危機がかかると本気でやる。ダイエットだって命懸けでやるだろう。私も逆流性食道炎を調べながら、本気で痩せないと死ぬこともあるとおもうと冷や汗だらだらだ。



 なぜなら

 私の親戚にや知っている人は、癌で亡くなったひとが多いからだ。

 私の母親の母親、おばあちゃんも癌で私が幼稚園生のときに亡くなったが、最後は骸骨のように細い指が怖くて、おばあちゃんがみかんを私に、孫にくれようとしたのだが、私はおばあちゃんの指がこわくて、

 「いらない!」と

払いのけた。幼稚園のときの記憶なのだが、あまりにも、そのときのおばあちゃんのショックをうけて悲しそうな表情が、写真をうつしたように、瞳に、私の記憶に鮮明に貼り付いて取れない。



 あのとき私は幼く、おばあちゃんの病気を理解してなくて、私はおばあちゃんの気持ちを思いやる余裕などなかった。


 あれから時間が経過しても、私はおばあちゃんのお墓参りのとき、あのときはごめんね。って心のなかで思う。


 小学校時代には、私のいとこのお父さんのお兄さんが、肺がんになり、やつれていきながら、最後にタバコを吸いたい、と。タバコをすって肺がんになったのだけど、大好きなタバコを辞められず、もうダメなのに、最後に看護師さんに一本だけ吸わせてもらっていた。


 おじさんには、まだ中学の息子さんと

高校生の娘さんがいた。が、やはりそのまま亡くなった。


 私の小学校からの幼なじみの親友のお母さんも私と親友が20代前半のときに、癌になった。

 お孫さんが、おばあちゃんの目が(白目のところ)黄色いよと、言われて病院にいったら、末期で、それから半年後に亡くなった。



 身近で癌が多くて、その苦しさ、ホスピスでなくなったうちのおばあちゃんのお姉さんも、癌。


 いろんな死に方を、みたりきいたりして、病気の恐ろしさを知る。


 当たり前のようにある、生きることは、当たり前じゃないことに。


 私は、健康に気をつけているのだが、いろんな病気になるため、自己管理が甘いと思われるのだが、最大限努力してこれ。なのだが、悲しいことに伝わらない。


 世間からみた自分のイメージとは、どうにもできない。芸能人じゃなくて良かったとおもう。


 逆流性食道炎を舐めてはいけない。

 胃酸がこみあげてきたり、気持ち悪くなったり、吐き気がつづく、つわりじゃないのに、そんなときは、一度逆流性食道炎を疑い、そこから食道がんにならないよう予防策を講じることを進める。



私もはやく、健康体に戻りたい。



 

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