ルミの両親が離婚したのはルミが小2の時。父がお人好しだったために事業に失敗。母が父に愛想をつかして離婚。母と兄弟と共に母の実家に引っ越してきてから、ルミの苦労は始まった。
「やーい、やーい、父なし子!」
「ねえ、ねえ、なんでお母さんと名前が違うの?」
父がいないことでからかわれたり、いじめられた。
辛い日々だった。
中学へ入ったときにいじめはなくなり、安心してほっとしたのをよく覚えている。
母が生活保護を受けながら働いたりと貧乏暮らしは続き、大学進学は諦め、地元で就職した。父がいないということでなかなか就職できなかったが、なんとか地元の歯医者さんで助手として働くことができた。
転機が訪れたのは二十歳の時だ。たまたま、東京での就職の話があり、母を説得して上京した。その時の社長にはお世話になった。時代はバブルだったので、なかなか儲かっていたが、その後だんだん仕事が来なくなり、経理をしていたルミは自分の給料はもう出ないと、自分から退職を言い出した。
そしてたまたま紹介で入った出版社で上司に認められ、ただの入力アルバイトから管理部門の正社員へと昇格。人事、経理、総務と色々な仕事を手掛けるようになっていった。
自分に学歴がないのはコンプレックスではあったが、気にせず働いた。
とくに好きだったのは人事で、採用から社員に関わり、入社や退社、はたまた育児休業から復帰まで、関わった。
少しずつ任される仕事は増え、採用試験の司会もこなした。出版社の採用は人気があり、たくさんの応募があった。応募が少なくて困っている企業に比べると、そこは楽で、試験に呼ぶ人をどう減らそうかと苦労した。ま、選ぶのは上司であったが。
ある時のアルバイト面接で、受験者とふたりきりで面接をしていた時、その女の子が急にぽろっと涙を流した。
「すみません…」
手で涙をぬぐった彼女がひとこと言った。
「すごく優しいことばをかけていただいたら急に涙が」
ルミはそんなつもりはまったくなかったのでびっくりした。そんな彼女の頭をナデナデしたくなったが、そこは抑えてにっこりと微笑んだ。
そして社員採用のための広告作りを考えていたときに思いついて、社員インタビューをすることにした。社内で活躍する社員を写真付きでHPに載せるのだ。
「よし、あの子にしよう」
思い出したのは、以前社員募集で応募があった子を電話で急なアルバイト募集面接に誘った子だ。その子は他社に入社が決まっていたのに…。その会社を退職してうちの会社にアルバイトで入社し、長い間下積みで働いていた子だ。あまり愛想は良くないが、仕事はできた。
「えー、嫌です~」
やはり断られたか。でも粘って、なんとかやってもらえることになった。
そして業者さんがインタビューをしてくれたのだが、その子は…しゃべる、しゃべる! いいインタビューになった。そのインタビュー記事がよかったおかげか、今回の採用も応募が多い結果となった。
そしてその頃から体調が悪くなってきた。めまいや立ちくらみがおこるようになってきた。
「大丈夫かな…」
生活を考えるとやめる訳にはいかなかった。仕事も好きだったし。しかし、ある時倒れてしまい、会社を休職することになってしまった。
自宅で療養していると、上司が様子を見に来てくれた。
「どう? 様子は」
「はい、何とか生きています。 でも…」
「でも?」
「また働くのは難しいかも、です」
「そうか…」
上司から連絡が来たのは、上司が会社に戻ってからすぐのことだった。
「今月いっぱいで退職するなら、退職金を増やせそうだよ。失業保険もすぐもらえるよう、手続きできるし。できる限りのことはするから、安心して」
上司の申し出はありがたかった。申し出を受けて退職することにした。
ちょうど退職日に近くのホテルで会社のパーティーがあり、そこで挨拶をすることになった。ちょっと緊張したが、簡単な挨拶をした。いつもは見送る方だったので、ちょっと寂しかった。
会の途中だったが、体調が優れないこともあり、一足先に帰ることにした。出口であいさつをして帰ろうとすると、同じ部署の人たちが外まで送ってくれた。
と、そこに…採用広告でインタビューを受けてくれたあの彼女がやってきた。ルミはびっくりした。不愛想な彼女に自分は嫌われているのでは、と思っていたから。
普段はあまりしゃべらない彼女が「お大事に…」のことばと共に、ほかの同僚と一緒に見送ってくれた。
ルミはみんなに手を振りながら嬉しくなった。
別れは寂しいけれど、やりがいのある仕事だった。いい人たちに囲まれて、本当に良かったと思うと涙がにじんできた。
今までいろいろと苦労したけれど、頑張ってきて良かった。私の人生捨てたものじゃない! これからも楽しむぞ!
ルミはそう考えて微笑んだ。
きっとこれからもいいことがある! とう考えると手に力がぐっと入った。