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安本豊360℃ 歌に憧れたサッカー少年 vol.08 「サッカー」

Image by Olia Gozha


「サッカー」


6歳違いの兄の影響で、豊がサッカーを始めたのは小学校2年の時だった。


別に、サッカーに憧れたわけでも、兄に憧れたわけでもなかった。


他に特別好きなこともなかったし、ただ、兄がサッカーをしていたので、自分も同じようにサッカーをするものだと思っていた。


豊にとってそれは、疑問をもつようなことではなく、至極当然のことだった。


地域のサッカークラブに所属して、サッカーを続けていたが、豊が小学校6年の秋、引っ越しの話が持ち上がった。


その頃の豊は、神戸市の西部で暮らしていたのだが、家は高台にあり、最寄りのJR駅まで利用するバスの停留所も遠かった。


父は、単身赴任で家にはいなかったし、兄ももう家を出ていて、家には、豊と母、そして姉の3人だった。


神戸と隣接する明石市には新しいマンションも建って、どうやら快適に過ごせそうだというのが理由で、豊が小学校6年の11月、豊たちは明石市へ引っ越し、豊は、転校した。


ただ、この頃、豊を囲む状況は決して平穏なものではなかった。

今思い返せば、母にしても、引っ越しを転機として、そんな状況をなんとか打開したかったのかもしれない。


母は、新しい町で、居酒屋を始めた。


3分も走ればすぐ海に出るのどかな町の小学校で、豊は、マサシと出会った。


4か月ほどで卒業を迎えたが、それほど大きくもない町なので、小学生はそのままメンバーを変えずに同じ中学に通うことになる。


マサシも同じ中学へ進んだ。


小学生の終わり頃の転校だったので、豊は、神戸市西部地域のサッカーチームでそのままサッカーを続けていたが、中学では、学校のサッカー部に所属した。


小さな町には、小さな町の良さがある。


母が始めた居酒屋には、馴染みの客もつき、彼らが、豊を可愛がってくれた。


豊がサッカーをしていることは、すぐに馴染み客の中で話題になった。


そして、小さな町には、小さな町の問題もある。


学校にはマサシが居て、豊は一人ではなかったけれど、「転校生」の扱いは中学生になっても変わらなかった。


小さい時から走るのが好きだった豊には、体力もあった。


その上、小学2年からサッカーをしてきて、6歳も年上で、サッカー部のキャプテンを務める兄がいる豊は、中学のサッカー部では群を抜いて上手い。


それが、周囲の妬みに変わるのに時間はかからない。


試合では、点数を取って、いい活躍はできていたが、そのうちパスが回って来なくなった。


相手側から取ったボールをパスしても受け取ってくれず、2人一組の練習では、組んでくれる相手がいなかった。


まるで、外国に行った日本人が疎外されるような、居場所のなさを感じていたが、豊はそんな学校での出来事を、母には話さなかった。


母にだけではない、誰にも言わないでいようとした。


ところが、一人だけ、それを見抜いた人物がいた。


兄だった。


「お前、うまいこといってへんやろ。」


そう言われて、豊は、どこかでほっとした。


言える…本当のことを、言ってしまえる。


「実は…そうやねん…」と豊は、心にモヤモヤと溜まっている苦いものを洗いざらい吐き出した。


「全員、しばけ!」これが兄からのアドバイスだった。


豊は、おなかの底の方がポッと暖かくなるのを感じた。


兄は、まぎれもなく豊の純粋な理解者であり、支援者であった。


この兄のアドバイスを受けて、豊は、チームのメンバーに、練習や試合の中で起こった事実を伝えたが、その後も、改善はみられなかった。


そして、豊は、とうとう爆発した。


思いのたけを出し切ると、サッカー部でサッカーを続けていく気持ちは失せた。


「俺、もう、辞めるわ。」と言い残して、そのまま顧問の教師のところへ行って、退部を告げた。


顧問は、サッカー部を集めて、「どういうことだ」と彼らを叱った。


さすがに事態が把握できたサッカー部員たちは、全員で豊のところに、


「僕たちが悪かった。君は、チームに必要なので、何とか残ってくれないか」


と謝りに来たという。


頭を下げて謝罪するサッカー部員を前にして、豊は、それでも辞めると言えずに、部に残ることを承諾したのだが、一度 植わった疑念は枯れることはなかった。


表面上、普通にしゃべれるフリ、してるだけや…豊は、マサシには、そう漏らしていた。


豊のその「フリ」は、中学生活の最後まで続くことになる。


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