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大恋愛  ③

Image by Olia Gozha

このあと合流した友達と何を話したのかさえ覚えていない。気が付くと練習を終え、また彼女がいるカウンターの前に立っていた。

あたふたと会計を済ませると、駐車場に向かい、友達とひとことふたこと言葉を交わしてその場で別れる。

自分の車に戻った僕は身じろぎせず、おそらくほんの数分だろうか、じっと考えていた。

車内にあったメモ紙に自分の携帯電話番号を書き込むと、僕は彼女のもとに向かった。

再び建物に入ってきた僕の姿を見た彼女は驚いたような、少し困ったような顔をしている。

少したじろぎながらも、僕は意を決して彼女にメモ紙を渡した。

「あの…、もしよかったら連絡して」

彼女がどんな顔をしてそのメモを受け取ったのかすら分からない。彼女の顔や反応を見る余裕もなかった。

夕方、自宅に戻った僕は、何もなかったように家族と夕食をとり、何もなかったようにベッドに入った。しかし、結局一睡もできずに午前4:00頃、すっと起きだし、ダイニングの椅子にゆっくり腰を掛ける。

次の瞬間、感情が抑えきれず涙が堰をきった様にあふれ出す。

別に彼女との恋愛を蒸し返したい訳じゃないし、昔の恋人にちょっかいを出したい訳じゃない。

彼女と恋愛している当時、僕の家族と彼女はとても仲が良く、僕の家族も彼女をとても好きだった。

彼女と別れてからこの30年の間で、僕は親と兄弟を事故や病気で全員失くしてしまった。おそらく、そんな個人的な状況など、どこでも誰でもいつでも起こり得ることで、別段特筆するようなことではないのだろう。

しかし、僕は自身に起こったことを、僕や僕の家族とたとえ僅かな時間であっても楽しい日々を共有した彼女に伝えたかった。おそらく、共感してほしかったのだと思う。肯定してほしかったのだと思う。ずっと引きずってきた家族を失くした悲しみや後悔や孤独を。

しかし、僕は眠れず過ごした早朝に気付いてしまった。僕が彼女に思いを伝えることは、単なる僕自身のエゴでしかないのだ。自己陶酔でしかないのだ。僕が人生で感じた機微など「僕のもの」でしかない。

だとすれば、僕が彼女に接触することは社会的に称賛されることではなく、逆に要らない誤解や軋轢を生むものでしかない。それに気付いた僕は、朝4時から涙が止まらなくなってしまった。突然の再会に舞い上がっていた自分を恥じた。

そのあと僕は、彼女に便箋を渡すことだけ考えていた。お互い家庭を持つ昔の恋人同士が連絡を取り合っても何の生産性もないし、ややもするとそれは社会的な非難の対象となり得る。

僕は便箋に、「会えてうれしかった」ことと、彼女が勤務するゴルフ練習場に「二度と行かないこと」をしたため、それを渡すべきか、それともそれを渡すことさえ良くないことなのか考えあぐねていた。

その日、午後1:00、携帯に着信があった。彼女からだった。

…to be continued





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