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オタクは『伝え方が9割』のとおりに伝えたら結婚できるか?

Image by Olia Gozha

おばちゃんを好きになる


職場のおばちゃんが好きだ。


おばちゃんは、僕のミスを笑って励ましてくれる。

腹が減るとお菓子を供給してくれる。

何より、緊張せずとも話せるのがいい。



若い女性は苦手だ。


緊張する。

仕事上の業務連絡をするだけでも、「変な話し方になっていないか」と敏感になる。

美人だったり、自分に愛想がよかったりすると、変に意識してしまう。


オタクになった経緯

僕は小学三年生からバスケットボールを始め、大学四年生まで続けていた。

親からもらった高身長(現在190cm)と、優秀な先生のおかげで高校へはスポーツ推薦で進学した。

その高校でも仲間や顧問に恵まれ、充実したバスケ生活を送れた。

ただ、そこは男子校だった。

女子と話す機会は、ない。

周りの男子と同様に女子への興味はあったが、いつの間にか同世代の女子と話すのが苦手になっていた。


部活動を引退すると、やることがなくなった。

そこで、「萌え」の世界に魅惑された。

当時、「涼宮ハルヒの憂鬱」というアニメが流行しており、友人に薦められたのだ。


ヒロインであるハルヒは、超絶美人、成績優秀、それでいてツンデレ。

オタクにとっては「たまらん」というキャラクターだ。

そのハルヒに夢中になる。

原作の小説、フィギュア、ポスター、あらゆるグッズをそろえた。

携帯の待ち受け画面も、ハルヒにした。

二次元の女の子は、いい。緊張せず、接することができる。

僕は三次元の世界から逃げ出し、オタクになったのだ。

出会う

高校を卒業し、地元の企業に就職した。

文房具を販売する会社の事務部である。

全員で10人の小さな部署だった。

僕の次に若い人は40代半ばという、ベテラン揃いの職場だった。


職場では、お互いに下の名前で呼び合うルールがある。

その方が、親近感がわき、チームワークが良くなるらしい。

慣れるまでは恥ずかしかったが、なるほど、「宗一郎」と呼ばれるとたしかに悪い気はしない。





6年が経ち、4月に新人が入社してきた。

女性だ。

ほっそりとした身体で、高卒とは思えないほどスーツが似合っている。

髪型はショートで、ボーイッシュという言葉がふさわしい。

顔が小さく、モデルとしてスカウトされてもおかしくないだろう。

そして、力強い二重まぶたと猫を思わせる大きな瞳を持つ女性だった。



「七瀬 桜(ななせ さくら)です。よろしくお願いします」

コーラス部のように声も美しい。

誰もが笑顔で歓迎した。


持参してきた手土産は、ひとつひとつにリボンがついていた。

中身は見たこともない焼き菓子で、甘いものを普段食べない僕でも店名を聞きたくなるほどだった。


桜さんの座席は、僕の右隣だと決まっていた。

僕でも教えられる簡単な仕事から覚えてもらうためだ。


共に働く

僕は、

緊張しながら、

緊張していないフリをして、

桜さんと話していた。


つらかった。

慣れ親しんだ職場は、一気に張り詰めた場となった(僕にとっては)

それが朝から夕方まで続くのだ。

常に喉が渇くようになり、お茶を飲む回数が増えた。

前述したが、若い女の人と話すのは苦手なのだ。

それも、素敵な人が相手では・・・・・・。

桜さんは僕のことなんて気にしちゃいないだろうけど、

僕は明確に意識していた。


惹かれる

僕が教えたことを一つ一つ丁寧にメモを取る彼女。

書道教室に通っていたのだろうか。達筆だった。


また、彼女は頼まれてもいない仕事を積極的にしていた。

朝一番の窓開け、給湯室の整理整頓、などなど。

職場のおばちゃんたちからは、

「桜ちゃんは本当にいい子ねぇ。うちの娘にも見習ってほしいわ」

と言われ、たくさんのチョコや煎餅をもらっていた。


僕たちの職場には、毎週金曜日にランチミーティングをする。

ミーティングと言っても、何か話し合うわけではない。

会議室で全員一緒に昼食を食べ、親睦を深めようというのだ。


会話から察したが、桜さんの弁当は手作りらしい。

小さめの弁当箱におかずが隙間なく並んでいる。

ちらっと盗み見ただけでも、見栄えがいいのがわかった。

桜さんと直接話す勇気はなかったが、おばちゃんたちがいい具合に情報を引き出してくれた。


「今は実家から通っています。でも、お金が溜まったら一人暮らしをしてみたいです」

「鶏の唐揚げが好きなんです。いつも唐揚げが弁当に入っているかもしれませんが、笑わないでくださいね」


僕も何か話したかったが、無理だった。

アニメやゲームと違って簡単に女子と仲良くできるものではない。


しかし、ひと月もしないうちに完全に桜さんのことが好きになっていた。

仕事ができ、人柄もよく、容姿端麗。席がとなりで、仕事上はよく話す。

そりゃ好きになりますよ。


桜さんと仲良くなりたいッ

桜さんとデートがしたいッ


そう思っても、恋愛経験値ゼロの僕にはどうすればいいかわからなかった。


見つける

その本との出会いは偶然だった。

好きなアニメの原作漫画を買いに行ったとき、

平積みされていた本だ。







                  『伝え方が9割』

                        

なんとなく面白そうだったので、立ち読みしてみる。


この本を簡単に紹介すると、

【伝え方には技術があり、それを使うことで相手に『イエス』と言わせる可能性が上がる】

という内容だ。


たとえば、

「芝生に入らないで」

と、こちら側の希望だけ伝えるのではなく、

「芝生に入ると、農薬の臭いがつきます」

と、“こんなデメリットがあるから、やめてください”という情報も伝えるという方法が書いてある。


そしてこの本には、デートの誘い方も載っていた。

「デートしてください」

ではなく

「驚くほど旨いパスタの店があるけど、どう?」

と、相手の好きなものと関連させて誘うのだ。



デートの誘い文句にマニュアルを求めてしまうところが、いかにも恋愛初心者だ。

しかし、僕は百万の援軍を得た気持ちで、レジに向かった。


準備する

ただ、僕は慎重だった。

自分はオタクだ。まずはある程度身なりを整えるところから始めた。

脱オタクに成功した友人にアドバイスを求める。

床屋(1800円)ではなく、美容院(5000円)に行くようにした。

スーツは、オーダーメイドのものを購入する。

職場での服装も大事だと聞いたから。

職場のおばちゃんには、

「宗一郎くん、雰囲気変わったねぇ。彼女でもできた?」

と言われた。

よしよし。変化が出ている。

勝負に出る

デートに誘いたい。

士気は高まったが、二人きりになるチャンスはなかった。

始業から終業まで、人がいる。

辛抱して待った。


すっかり暑くなった7月上旬、桜さんと二人でコピー用紙を倉庫まで取りに行くことになった。

倉庫は別の階にあるため、行くまでに5~6分かかる。

二人きりになっただけでも、緊張した。

唇がパリパリに渇いたし、歩き方も不自然になる。

鼻毛は飛び出してないか?と、急に不安になった。


でも、言うなら今しかない。


「こう暑いと、まいっちゃうよね。夏バテしてない?」

「大丈夫です。しっかりご飯を食べてエネルギーを充電してますよ」


「桜さんは休日も自分でご飯を作るの?」

「作りますよ。でも、ランチに出かけることも多いです」


「そうなんだ。おいしい鶏の唐揚げを出す中華料理屋があるんだけど、一緒にどう?」










なぜ、唐揚げを選択してしまったのか。

どうして、中華料理屋なのか。

たしかに桜さんは唐揚げが好きと言っていたが、他にも好きなものがあるはずだ。

ピザやパスタといった、女性が好きそうでオシャレなものにすべきだったと思う。

恋愛経験値が低いゆえの過ちだった。

女性をデートに誘うのは初めてである。


桜さんは、

「えっ」

と驚いたあと、

「予定を確認してからでもいいですか」

と言った。


僕は、

【勇気を出して言えた!】

という安堵と、

【どうせ遠回しに断られるんだろうな】

というあきらめで、複雑な心境だった。

もし乗り気なら、

「どんなお店なんですか?どのあたりにあるんですか?」

と言った質問があるはずだ(桜さんは、会話を盛り上げるのも得意だ)


しかし、桜さんは無言になった。

自分たちのフロアに戻るまでスゲー気まずかった


フロアに到着し、コピー用紙を補充して席に着き、雑務をこなした。

五分ほどしたら、桜さんから、


『〇月×日、空いていますよ』


と、いつもどおりの達筆な文字のメモを渡された。

周りの人に気づかれないよう、さりげなく。

椅子から飛び上がるほどうれしかった。


そのあとはメモの応酬で細かいことを決めた。

こうして、デートの誘いに成功した。


デートをする

〇月×日。

11時に待ち合わせ場所の駅へ車で迎えに行く。

15分前に到着したのだが、彼女の方が先にいた。


「ごめん!お待たせしちゃった」

「いえいえ、私が早く来すぎちゃっただけですよ」


私服も麗しかった。

ふんわりとした白スカートに、水色を基調とするストライプの半袖シャツ。

髪型は、可愛らしくまとまっていた。

ヘアピンを使い片方の耳を出しており、いつもより小顔が際立っていた。

職場でのきちんとした身なりとは違った魅力がある。


目的地までは、車で約30分。

ドライブ中は、ド緊張した。

だが事前に話題をいくつか用意しておいたので会話は弾んだ。


店に到着し、あらためて後悔した。

その中華料理屋はボロいのだ。

看板は3割ほど錆びていて、店名が読みづらくなっている。

玄関の脇には謎の植物が生い茂っていた。







きれいなところではないとわかっていたのだが、この店は最強にうまい唐揚げを出す。

唐揚げパワーを信じて突っ込んだ。


だが、入り口の戸がうまく開かない。

建物がボロすぎるからだ。

「あー、最近調子悪いんだ。こうすると開くよ」

と、後ろにいた常連らしきオッチャンに開けてもらった。


床が油のせいでギトギトになっており、歩きづらい。

置いてある漫画は、『あしたのジョー』や『地獄先生ぬ~べ~』だった。


「歴史のあるお店ですね」

「こ、こんなだけど唐揚げはうまいから・・・・・・」

ちょっと汗をかいた。


着席し、メニューを決めた。

唐揚げ以外は青椒肉絲と餃子を頼む。


厨房と隣接する席に通されたので、調理の様子が音で伝わってくる。

鶏肉が揚げられるジュワーーーという賑やかな音を楽しみながら待つ。



唐揚げが届いた。

一つ一つが大きく、男の握りこぶしほどある。

それが5、6個あり積み重なって山を形成していた。

丸いものから平たいものもあり、一部反りかえっているものもあった。

一つとして同じ形はないのがおもしろい。


「食べやすいように切ってもらおうか?」

と聞くと、このままかぶりつくのが醍醐味です、と答え威勢よく口につけた。


熱いのだろう。口をおしぼりで抑えながらもぐもぐしている。

しかし目を見開き、やがて口以外で笑顔になって何度も首を縦に振った。


「地上で一番おいしい!!」


意外なコメントに少し驚いたが、喜んでくれているようだった。

店を出た後の予定は何も考えておらず(このあたりが恋愛経験ゼロのオタクだぜ)

まずいと思ったが、桜さんの提案でドライブして楽しんだ。


デートを繰り返す

初デートのあとも、数回一緒に出かけた。

桜さんは身体を動かすのが好きだった。(元テニス部)

僕もバスケ以外のスポーツも好きだったので、相性がよかった。

ゆったりサイクリングをしたり、卓球でガチ勝負したりして楽しんだ。


だが、僕は告白するのをためらっていた。

(これだけデートしているんだから、OKしてもらえるさ)

という期待と

(フラれたら職場での気まずさMAXだぞ)

という不安で葛藤していた。


落ち込む

思いがけないことが起こった。

海までデートに行った日だった。

帰り際、大事な話があるので聞いてほしいと言われる。

海辺で彼女の話を聞く。


初めてデートに誘われたときは、男性として意識していなかったので驚いたこと。

しかし、出かけてみると話も弾み、運動という共通の趣味を楽しめていること。

ただ、これ以上の仲になると仕事に影響するのでは、と心配なこと。

いつしか気になる存在となり、親友に相談すると「あんた、好きになってるよ」と言われたこと。


それらを語ったうえで、

「付き合ってください」

と言われた。



鼻血が出るほどうれしかった。

砂浜を全力ダッシュして喜びを表現したかった。

しかし、彼女の方から言わせてしまったという申し訳なさ、そして自分の不甲斐なさも感じた。






現在、交際して二年半が経過している。

僕は桜さんと結婚したい、と思っている。

今度こそ自分から言うんだ、と考えている。


大事なのは、プロポーズのシチュエーションと言葉だろう。

悩んでいるが、あの本に頼ることになるだろう。


はたして、


オタクは『伝え方が9割』のとおりに伝えたら結婚できるか?

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