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シングルマザーだけどポーランドへ引っ越した。

Image by Olia Gozha

これは日本のど田舎のシングルマザーが幼子を連れて遠いどころか海外に跳んだ話です。


日本にいた頃、私はとあるど田舎で普通に細々と働いていた。

大企業勤めでもなく、特殊技能職でもなく、ど田舎の平均賃金で子供と2人でアパート生活する本当にただの20代半ばのシングルマザーだった。


ただ他の人と違う点は英語とロシア語を理解していたことと外国人の友達が沢山いたことくらいだった。


毎日働いて17時になったらダッシュで保育園へ子供を迎えに行って土日は家で子供とゴロゴロしていた生活だった。

シングルマザーに対する偏見の塊を持った家族に見下され馬鹿にされ、蔑まれてから音信ほぼ不通


私とベビーシッターさんで育児は乗り切ってきた。


正直に言うと働きにくかったし、午後の頭の中はいつも「早く寝たい」「外食して楽したい」「子供とどこかお出かけ行きたい」とばかり考えていた。


私生活と体力に余裕がなかったし、職場の女独特のギスギスした雰囲気にも疲れた。


こんな愚痴をオージーの友達に零したら、「アヤ、オーストラリアかアメリカ行っちゃいなよ〜!」とカタコト日本語でHAHAHA と返された。


「えっ、息子おるで?採用されないんじゃない?」


「関係ないね〜!シングルマザーだろうが、関係ないよ〜!」と何言ってんだこいつは?って顔をされた。


ちょっと興味を持った私


そこからが早かった。


年始に興味を持って下調べ開始し、貯金を目標額まで貯めて準備して7月に渡豪した。


もちろん幼子連れて。


引っ越し前日にシッターさん達がサヨナラ会を開いてくれて私は本当に良い人に恵まれたんだなと再度実感した。

家族には恵まれなかったけど、ありがたいことに優しい人達ばかりに出会えた。

多分、危なっかしすぎて見てられなかったんだと思う。



元々頼れる家族はいない。

孫に興味すら湧かない、寧ろ孫の名前すら漢字で書けるのか怪しいレベルだったから全ての用意が終わった後に唯一たまにご飯を一緒に食べていた祖母に事後報告して、お世話になりっぱなしだったベビーシッターさんや近所のおじちゃんに挨拶して引っ越した。


駅までアパートの前の畑おじさんが軽トラで送っていってくれた上にお小遣いまでもらった。


良い街だったな〜



















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