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架空の犬がいる生活 1

Image by Olia Gozha

絵の犬

恋人からのLINEは朝と夕方に来る。

朝8時頃に仕事に向かう電車と、夜7時頃に仕事から帰る電車の中から打っているのだろう。ある日の夕方、無言でLINEスタンプが連続で送られてきた。犬の赤ちゃんがおくるみに包まれている、可愛いやつだ。

ゆるいタッチで描かれていて確かにかわいい。「かわいい!かわいい!これかわいい!」と言って、同じスタンプを何度も連続で送って来る。分かったって。あまりにしつこく続くので、こちらも同じものを購入して送り返す。「ぎゃー」と言って、おそらく携帯を見ながら悶えているのだろう。また、「かわいい!」の羅列が続いた。


このスタンプの赤ちゃん犬には特に名前がないようだった。

無表情でセリフもない、ただ「何かしている」犬の絵が並んでいる。使い勝手は悪いようにも悪くないようにも思えた。特におくるみに包まれている絵は愛らしく気に入った。

ほどなくして、恋人から電話がかかってきた。今日の話題はやはり「この犬の絵がかわいい」という話だ。

「この犬には、キャラクター名とかないみたいだね」

「何かつけてあげて」

「え、俺が?スタンプに?」


そういえば、この前恋人の姉が言っていた。

「この子無茶振りすごいでしょ。もう昔から対応が大変」

確かにそうだな。これもその無茶振りだ。

「しかも、ボケてもツッコミはなくひたすら乗り続けて振り続けてハシゴを降ろしてくれない」

ああ、何度となくあるな。

先日、彼女の家に泊まりに行った時、枕元にヒツジのぬいぐるみがあった。

もう10年以上置いているそうだ。そこまで長いと愛着もひとしおだろう。

「このヒツジ、名前とかつけてるの?」

「ないなぁ。つけて」

「え、"辻さん"」

「採用!いい!」

「まかせろ」


そんなやりとりが、つい先日あった後だった。

「名前、つけてあげて」

「えーと」

受話器越しにわかる。向こうがまた何かストライクなネーミングを期待している。

経験則でわかるのは、こういう時、考えすぎてはダメだ。スピードが大事だ。

「『バブワン』」

「バ」

「『バブワン』バブバブ言ってる犬だから」

「バブワン!すごくいい!採用!!」

受話器の向こうでゲラゲラ笑っている恋人の声が聞こえる。

気にいってもらえたようでよかった。面目は保たれた。


それから1年半が経ち、僕らは結婚して一緒に暮らし始めた。

LINEや電話で朝の挨拶はなくなり。直接挨拶ができる。

寝室は別にしていて、朝6時40分頃二人とも起床する。僕がシャワーを浴びている間に、妻が朝食を作っている。6時55分、バブワンが部屋を出て行く。バブワンは7時から小一時間、旗を持って近所の横断歩道に立って近所の小学校の交通誘導をしている。朝食を済ませ、仕事に向かう準備をしているとバブワンが帰って来る。

「毎日おつかれさま」と労うと「やりがいがあるバブ」と言った。


こんなことになるとは思ってもいなかった。

「ひたすら乗り続けて振り続けてハシゴを降ろしてくれない」と言っていた義姉の言葉が反芻される。最初はイラストと名前だけだったはずだ。妄想は、確実に家の中に存在感を感じ取れるまでに成長し、それでいて家に癒しと平穏を毎日与えてくれている。


「今日も頑張るバブよ!」

「ありがとうバブちゃん、おかーさん頑張る」

「おとーさんも早く帰って来るようにするね」


架空の犬と暮らしている。

かわいくて、しゃべる。そこそこ賢くて、手間はかからない。

我々のことをいつも気にかけてくれる優しい架空の犬。

そんな生活の手記を残そうと思う。






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