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13/6/10

バレンタインデー前日

Image by Olia Gozha

あれは高校2年のバレンタインデー前日。

いつものように喫茶店でタバコをふかしながら、なんかおもしれーことねーのかよーと8人くらいでふてくされていた。だれかが、チョコでだまそうぜと言い出した。女子からのプレゼントに偽って男子を喜ばせるという悪戯だ。また今年もやるかあ?ともう一人の奴が受ける。そう、その前の年もやったのだった。


だれにするかと詮議が始まる。と、去年やられた奴がこの場にいない。どうしてあいつはいないんだ。間がわるいな。やっぱりこういうのは二度やるもんだろう、それが礼儀だと、おかしな理屈が通って標的が決まった。


今度はハートチョコじゃあだめだろう、豪華なチョコがほしいとだれかがいうと、医者の息子が大枚を出した。といっても1000円札だが。それに全員からの100円を足して1700円、文房具屋に走ってざらついた紙のカードと封筒を買い、ケーキ屋に行って化粧箱入りの立派なチョコレートを買った。 添えるメモはマル字のうまい奴がイラスト入りで描く。創作は私だ。たしか、サッカーに夢中な○○さんを3階から見つめています、みたいなことを書いたとおもう。決定打となったのは3階からというのと「ふろーむY」という署名。これで奴はイチコロだろう。奴の意中は3階のYだからだ。ひらがなのふろーむは渾身の作として、のちのちも称えられた。


当日。私は奴の前の席だった。朝、奴は席についてすぐにチョコレートを発見した。という気配だった。リボンと包装紙にくるまれた豪華なチョコレートを一度はしまって、もう一度出して眺めた。という気配だった。はさんであったメモを読み、ガッツポーズをした気配がし、たしかに小さい声で「ウシ」と言った。 

次の授業の合間に「おい畑井、ちょっと話がある。昼つきあえ」と来た。その満面にある余裕が死ぬほどおかしかったが、そうかとだけ応えた。 昼、仲間が大勢で弁当食ってる渡り廊下には行こうとしないから、奴と私は部室裏で弁当を広げた。どうした?と聞くと、「もらった」とボソッと言う。なにをだ?「チョコだ」だれからだ?「3階のY」。 私はこのとき、腹がよじれるほどおかしいのに血の気が引くという経験をした。だから笑わなかった。この瞬時にハムレットのように逡巡した。ここでばらせば傷は浅い。しかし、ここでくじけては昨日の面々にもあの1000円にも申し訳が立たない。私は一呼吸おいてから、そうか!、やったじゃん!と言ってしまった。 「もういっちゃっていいよな?どうおもう?」と奴は言う。いっちゃうとは、君の好意を受けるよと言いに行くという意味だ。 「いや待て」と私は止めるのだが、礼ぐらい言うべきだろうと聞かない。 「いやそれも待て」「なぜ止める」「いや一応、それ、ほら、確かめてからだ」「3階のYでおれにくれるって、まちがいない!」と押し問答すること30分くらいだったか。 結局、放課後までは待て、で決着したのだが、私は急いで昨日の特攻野郎Aチームを集め協議した。告白までやらせちゃうのもありじゃん?という鬼のような意見もあったが、さすがにここで止めようとなった。 だれがよ?という詮議は、そりゃあ、やったじゃん!言っちゃった畑井だろう、となって承諾するほかなく、私が介錯を引き受けた。


放課後、また部室裏で、ごめん、あれウソだと告げた。そうか、と言ってから怒り出すまでにはだいぶ間があった。はやく怒ってくれと願った。この間は最大の罰だった。 結局そのあと、全員並ばされて奴の憤怒にさらされ、平謝りに謝った。 金を出し知恵を出し駆けずり回って材料を集め、完璧な演技までこなし、最後は怒られてうなだれ反省する。

なんとか和解した別れ際、来年はその場にいろよと言ったら、あたりめーだと返ってきた。

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