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僕が出会ってきた他人の話

Image by Olia Gozha

僕はいま20代後半で、だいぶ変な会社でちょっと変な社員をしている。

それ以前は、アルバイトやフリーランスとして様々な職を転々としていて、


ガソリンスタンド

本屋

カーショップ

コンビニ

レンタルビデオ店

引越し屋

宅配ピザ屋

バー

居酒屋

などなど


書ききれないくらいやってきたわけでして、それらはとてもいい経験になりました。

これも、我が母が「できるだけいろんな業種の仕事をなるべく長くやりなさい」と叩き込んできたからである。そんな話はいいのだ。マザコンではない。


そして、いま客商売のストレスから解放されたけど、ふと思い出すとあの頃のあの人たちは今頃どうしているだろうか、そんな気持ちになった。

面白くもない話かもしれないが、記憶を掘り返しながら、備忘録のように書き連ねていこうと思います。


これは、僕が出会ってきた他人の話。

お客さんや同僚、知り合いだけど友達じゃなかったり、知り合いとも呼べぬようなそんな他人の話をしてみたいと思います。


《1人目の他人-第九地区-》


これは大学時代、レンタルビデオ店でアルバイトをしていた時の話。

当時の僕は勤務を始めてから1年を過ぎた頃、当初は思いもよらなかったほど多い仕事量に対して、愚痴よりも向上心が勝り始めた頃。


やっとアルバイトの僕にも役職がついた。

『コミック担当サブリーダー代理』

因みに、我が店舗にコミック担当サブリーダーは存在しない。

手当も名誉も何も無い役職であった。


不真面目なアルバイトだったら経験があるかも知れないが、僕や先輩はお客さんにあだ名をつけて遊んでいた。

例えば、いつも木製の便所サンダルで来る人には『両津』、映画監督に似たおじさんに『安二郎』などなど。


漫然と流れていくアルバイトの時間を楽しく過ごすための知恵だと思っていただきたい。決して悪意があるわけではないことを信じていただきたい。


但し、例外はある。

それは、悪質なクレーマー、態度の悪い客。業務に支障をきたす輩に対しては間違いなく悪意を持ってやっていたことを告白します。


その中でも、当時は『第九地区』とあだ名をつけたお客さんが印象的だった。

突如エイリアンが地球に降り立ち、あわや大戦争かと思いきや、実は彼らは難民で迫害されてしまうという映画。

アパルトヘイト政策を強く反映したこの映画はSFスリラーでありながら社会派の色が強い作品だった。


その異形のエイリアンにそっくりなのだ。


歳は10代後半、背が高く骨ばっていて色白、面長でちょっとデッサン狂ってる面構え。

(僕も正しいデッサンがされているわけではないが)


いわゆる『ヤンキー』というやつで、大抵22:00から24:00ごろにスウェットを着てオラついた歩き方をしながら、恋人を連れてやってきた。


面倒なのは会員カード。

ご存知だと思うが、レンタルビデオ店はしっかり本人確認をして会員カードを作るし、カードを通せばパーソナルデータが店員にわかるようになっている。

本人以外には貸出出来ないのは当然の規約だ。


正直、毎回書類を提示してもらうわけではないからして、常連でもない限り本人かどうかはわからない。

しかし、この第九地区はあだ名を付けちゃうほど常連であるし、何よりカードに登録されている性別が違う。

となると、恋人のカードなのだろうが、会計の際に(百歩譲ってカードを出す際に)本人がいてもらわないと困るわけで、彼には何度も申し伝えている。


しかしながら……


というわけで、毎度毎度、店内のどこかにいるであろう恋人を呼んできてもらうのに一悶着するわけでした。


ある日のこと、閉店間際に第九地区がやってきた。

当店では、閉店の10分前になると蛍の光を流し始め、

「お探しの作品がありましたらお調べしますよ」

と、やんわり帰れコールをする。


案の定というか、第九地区は蛍の光が流れてもまだ悠長に店内でウロウロ。

声かけを先輩と押し付けあっていたら、簡単に閉店時刻は過ぎてしまい、

「お前がいけよ」

という先輩の言葉に勝てるはずもなく、僕は第九地区に声をかけにいったのです。


「すみません。閉店のお時間となりました。なにかお探しの作品があればお調べします」

「…………」

静まり返る店内。閉店時刻は過ぎているのでBGMも鳴っていない。

もしかして僕の声が小さかったのだろうか、それとも家に補聴器を忘れてきたのだろうか。

まさか無視、されているとは思いたくないし、集中して作品を探しているとも言いきれない。

「すみません。お客様……」

店内に僕の声だけが響いている。

一呼吸置いて第九地区は、


「テイジニカエレルトオモッテンジャネーゾバーカ!」


さすがエイリアン。

翻訳機はどこだ?  ちょっとエイリアン語はリスニング出来ない。


まあ、誰もおらずBGMも止まった店内に響き渡るエイリアン語は、レジで締め作業をしていた先輩にも聞こえていて、間違いなく日本語で

「定時に帰れると思ってんじゃねーぞバーカ!」

と言っていたようだった。


呆然と立ち尽くす僕を置いて、第九地区は何も借りずに帰っていったのだが………


その日以降、第九地区は店に現れなくなった。

ほっとする反面、彼のことを気にかける僕もいた。

だって、彼もきっと働いているのだ。楽しくもない職場で定時に帰れず、渡辺直美似の恋人とレンタルしたDVDを見るのが楽しみなのだ。


しかし、半年以上も顔を出さなかった第九地区はやってきた。しかも比較的浅い時間に。


「せ、先輩……あれ……はんしょ……」

「ぶはッ!」


僕と先輩はバックヤードに逃げ込むようにして笑い転げた。

第九地区の恋人が懐妊していたのだ。かなりお腹が大きくなっている。


いや、めでたいことなのだ。

この少子高齢化の日本において、彼は僕なんかより貢献している。


但し、先だっての発言によってエイリアンにしか見えなかった僕らにとっては、エイリアンが繁殖したようにしか見えなかった。

先輩も同じ感覚を瞬時に抱いたようで、2人して笑い転げていたのだ。


期せずしてエイリアンの繁殖方法を知ってしまった僕達は、生まれてくる子供に罪はなく、地球人としてまともに生きてくれることを願ってやまなかった。


そんなこんなで、僕はレンタルビデオ店を離れてしまったが、彼はまだあの店に訪れているのだろうか。

訪れているなら、きっと家族で楽しくDVDを選んでいるのだろうか。

店員に暴言を吐いてはいないだろうか。


思い出す度に、そんな想像を巡らせている。

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