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3つめの病院 私の脳腫瘍を知った母

Image by Olia Gozha

しばらくして、病院に母がきた。


泣きじゃくっている私に対して、母はすごく冷静にしていた。


「なんでこんな冷静でいられるんだ」とも思ったが、今考えると母があの時、私と一緒に泣いていたら

私のテンションはもっと落ちていただろう。



母がついてから、もう一度診察室へ行き同じ説明を受け、医師からは、違う病院を紹介すると言われた。


そして、タクシーで次の病院へ急いだ。


もう診察が終わるギリギリの時間でその病院につき、診察を受けた。


新しく行った病院の医師からは

「いやーここまで大きいのに立てるの?!


でも心配しないで、

多分ウチにいるある先生を紹介するけど、その人がこういう箇所の手術が得意だから。」


と行ってくださり、安心をした。



 診察が終わったあと、夕暮れで母が


「何か食べる?」といってきて、

近くのファミレスに行ったが、

病気であると知った衝撃から

何を食べても味はしなかったのを覚えている。

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