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17/10/1

第5話 改革開始

Image by Olia Gozha


2008年5月



「社長、社長、起きました?」



長尾が、ハンドルを握りながら僕に声を掛けた。



「おう、いまどの辺?」



僕は寝起きの目をこすりながら、タバコに火をつけて一服ふかすと、飲みかけの缶コーヒーをグッと乾いた喉元へと流し込んだ。



「さっき蔵王を過ぎたので、もうすぐ仙台に着きますよ。もう一眠りしますか?」







僕と長尾は朝から茨城と福島で3店舗のお店に臨店したあと更に北上して、次の視察の目的地、宮城県の仙台市に向かって、夕暮れの東北道をひた走っていた。


ドタバタの社長就任から早くも2ヶ月あまりが過ぎようとしていたこの頃、僕はデスクワークの合間を縫って長尾の私物の軽自動車”スズキのアルト”に乗り混んでは、北は秋田県から南は宮崎県まで、全国のあちこちに点在している58店舗を一店舗づつ視察に回っていた。この当時、長尾は僕の秘書兼運転手でもあり、生活のほとんどの時間を一緒に過ごしていた。



「いや、大丈夫。あー、すっきりした!」



僕は両手を突き上げて背伸びをすると、ゴキ、ゴキと首を鳴らした。



「車内、寒くないっすか、少し車内の温度上げましょうか?」



「いや、大丈夫。このままでいいよ。」



「それにしても社長も頑張りますね。オンデーズに乗り込んで以来、ここのとこ連日連夜、ぶっ続けで社員達と飲み会続きじゃないですか。社長あんまり酒好きなわけでもないのに、身体でも壊すんじゃないかと、いつもヒヤヒヤしながら見てますよ。」



「はは、酒で体を壊すほど弱くもないよ。まだ若いから。でもさぁ、ぶっちゃけオンデーズって、会社の雰囲気が公務員みたいだと思わない?男性の社員たちなんてさ、皆んな地味なスーツに七三分けでさ。笑顔もなければ一体感もない。こんな元気のない会社で、一体誰がメガネを買ってくれるんだろうって、俺、素朴に疑問を感じちゃったんだよね。」



「僕も、地味で覇気がないな~というのが第一印象でしたね」



「長尾もそう思ったろ?俺たちは”メガネ”というファッションアイテムを売っている会社なんだからさ、まずは社員が元気で明るく、カッコよく仕事していないと話にならないと思うんだよね。」



「それで明るく元気な社風に変えるために、皆んなを飲みに連れ出してるというわけですか?」



「そう。とにかく、まあ、ベロベロになるまで酔わせて、羞恥心を取り払って大きな声で笑えばさ、少しは社風も明るくなるんじゃないかなと思って。それに酔いに任せて本音を闘わせれば、会社が抱えてる問題や、ダメな部分の本質にも辿り着きやすくなる。小難しい顔で説教を垂れるよりは、はるかに効果的で手っ取り早いじゃん。」



「泥酔するまで酒を飲ませるのも、社長の再生計画の一つだったんですね(笑)でも、確かに若手を中心に笑顔も増えたし、活き活きとした社風に多少は変わってきたような気もしますよ。社長の考えとか、方針を強く支持しているような若いスタッフもチラホラ出てきたって聞くし。」



「みんな結構いいやつらだよ。最初は遠慮して当たり障りのない話をしていたけど、酔いが回るにつれて、まあ愚痴や文句が、沢山出てくること出てくること。

でもそれも、決して悪い事じゃない。”会社を良くしたい”と思うから愚痴や文句が出てくるわけだし。本当にもうこんな会社なんてどうでもよくって、さっさと辞めるつもりなら、文句も出ないじゃん、無関心になるだけ。

愚痴や文句がこれだけ沢山出てくるっていうことは、ポジティブに捉えれば、少なくともまだ『オンデーズで働いていたい。だから良い方向に変わってほしい。』という願いがあるからこそだと思うんだよね。

そしてそこに、改革の大事なヒントが隠れてると思う。だから、まずはその皆んなが抱えてる不満や、愚痴、文句をしっかりと聞いて、何から順に改革していけば良いのかの参考にしたらいいと思うんだよ。

会社が良くならないと自分の暮らしも良くならないってことは、誰もが心の底では理解しているから、みんな本質的な問題をきちんと見抜いている。でも今までは、そういう熱い想いを持っている人もいるのに、内に秘めて誰も声には出さずに、ただ上からの指示を待っているだけだった。だから、オンデーズはダメになった。そんなことを発見できただけでも、この1カ月間飲み歩いた甲斐があったってもんだよ。」



「好きだからこそ文句も出るってわけですかね。でも、それなら何も、こんなに無理なスケジュール組んでまで、いきなり全部のお店を回る必要なんてあるんですか?とりあえずは関東の近場のお店だけでもガッチリと入り込んで、営業のやり方を見直した方が良いような気もしますけど・・」



「うん。まあ、確かにそうなんだけど、色々と手をつける前に、最初にちゃんと全部のお店の状態を見て回っておきたくて。あとまあ言ってみればまあ、これは義務みたいなもんでもあるし。」



「義務、ですか?」




長尾がルームミラー越しに意外そうな顔で僕の次の言葉を待っている。僕は多少、勿体付けるように寝起きの一服を嗜みながら、ゆっくりと話し始めた。




「そう、俺を含む新しい経営陣はオンデーズで最もオンデーズを知らない人間達だろ。このままでは再生はおろか、まともな経営なんて勿論できるわけはない。メガネに関してだってど素人だ。そして残念ながら、社内も決して1つにまとまっていない。2人の前任の社長達が残したバラバラな経営方針が、今なお、まだらに広がっているせいだ。これらの実態を正確に、しかも短期間に把握するには、実際に現地を回り、お店をこの目で見て、働いているスタッフ達の生の声を聞く以外無いだろ。

・・・って偉そうにいってるけど、まあよく巷で売られてる『企業再生物語』に出てくるようなエピソードでさ『社長が全国の社員と車座になって膝付き合わせて語り合った。』みたいなシーンがよくあるじゃん。ああいうのを自分でも実際にやってみたいなと思って。」



「確かによくありますね、そういうシーン。『倒産寸前の会社で新社長が、現場をまわって社員と皆んなで酒を酌み交わして再生に向かって一致団結して行く!』的なやつ(笑)

でも、それならせめて、もう少し時間とお金をかけて周りましょうよー。せっかく全国を旅して周ってるというのに、こんなにバタバタなスケジュールじゃあ、各地の名物料理も観光地も楽しめやしない・・。

秋山さんに聞いた話だと、本部の連中達なんか僕たちが会社を留守にしてる時に『新しいバカ社長は会社の金で全国を遊びまわってやがる』とかって、陰口まで叩いているらしいっすよ。こっちは遊ぶ金どころか、寝る時間すらないってのに!! メシはすぐに食える牛丼か立ち食いソバ、風呂と宿泊はサウナかカプセルホテルだし・・。それなのに、そんな言われ方までされて、全くやってらんないっすよ!!」




長尾は、憤慨してハンドルをバシンと叩きながら、本部の社員に届けとばかりに、叫んでみせた。




「あ~、仙台でゆっくり牛タン食いてーなー、あっ!あと名古屋で、ひつまぶしもいいですねぇ!名古屋にいったら、前に社長が言ってた、ひつまぶしの名店”熱田蓬莱軒”でしたっけ?ねえ!あそこ行きましょうよ!!」




僕は子供のように駄々をこねる長尾を嗜めるように言った。



「まあ、言いたい奴には言わせとけよ。残念だけど、今の俺たちには、そういうガキみたいな陰口しか叩けない奴らに構ってる時間もお金も無いんだから。とにかく全国のお店のスタッフが、毎時間、昨年の今日よりも”あと1本”。たった1本だけでいいから多く売ってくれるようにモチベーションを上げていかなきゃいけない。

そしてあと”あとたった一本”多く売るだけで、今のオンデーズが抱えてる、ほとんどの問題は解決するはずなんだ。」




「毎時間、昨日の今日よりも1本多く売るだけで全部解決するってどういうことですか?」




「そうだよ。綺麗に全部解決する。全部ね。」




「ん?どういうことっすか??」




「今、オンデーズの年間の売上は約20億だろ?」




「そうですね。それは皆んな知ってます。」




「じゃあ、1ヶ月にするといくらだ?」




長尾は暗算が苦手なのを知っていながら、僕はわざと勿体つけるように長尾に質問する。




「えーっと12ヶ月だから、イチ、ニィ・・約1億6千万くらいですね。」




「はい。正解。じゃあ1日にするといくらだ?」




「1日ですか・・・。えー・・っと・・30日で計算すると、だいたい530万くらいですかね。」




「いいね。正解。じゃあオンデーズが今ある58店舗で割ると1店舗辺り1日いくらの売上になるでしょう?」




「まだ続くんすか?勘弁してくださいよ、俺暗算苦手なんですからー・・えーっと、530を割る58ですか・・ちょっと運転中なんで、わかりません!!」




「(笑)はは、まあいいよ。正解はざっくり言うと約9万円くらいだな。」




「9万円・・。1店舗の1日の売り上げがですか?へー、なんか意外に少ないですね、そう聞くと。」




「そう。簡単に言うと今のオンデーズの1店舗辺りの1日の売り上げは平均9万円。そして客単価が約1万円だから、客数にすると9人だな。営業時間はどこのお店もだいたい12時間だから、平均すると1時間に1人も売っていない計算になる。だから、昨年の今日と比べて1時間あたり、スタッフの皆んなが『あと1本売ろう!』って頑張って、実際にその通りになればオンデーズの年商は約2倍の40億円になるだろう?」




「まさにチリも積もればってやつですね。」




「そう。いきなり『この会社を再生させる為に、あと20億円の売上をあげましょう!』って言われたって金額がデカすぎて、皆んな思考停止になるだけだから、そんな言い方しても効果なんてない。20億円なんて金額をいきなり売るための具体的なアイデアなんて浮かぶわけないだろう。

でも『今の時間、あともう1本だけ売れる方法を考えよう!』だったら、なんとかなりそうだろ?それだったら特別に人員を増やしたり、何か大掛かりな設備投資なんかをしなくても、あと1本くらいなら、ちょっと頑張れば簡単に売れるってイメージが湧きやすい。

そしてそれを全部の店舗で、全員のスタッフが本当に実行に移してくれれば、1年が終わる頃にはオンデーズの売上は倍の40億円になっているはずだ。そうすれば借り入れの返済だって、新しい商品の開発だって、オシャレなお店への改装費だって、広告宣伝費だって、給与のアップだって、簡単に全部賄える。いっちょ上がりだ。

だからとにかく今は、1人でも多くの社員と直接話をして、今お店の前を歩いてるお客様に声を掛けて、あと1人だけお店に入ってもらえるように声を掛ける。今この瞬間、目の前にいるお客様にあともう1本、多く買ってもらえるように誠意を込めて一生懸命セールスする。それを全力で行動に移す事で、どれだけ自分たちにとって多くのメリットをもたらしてくれるかを理解してもらう必要があるんだ。」



「確かに。今のオンデーズの店員のほとんどは、ろくに店内に入ってきたお客様に挨拶もしなければ、店頭で呼び込みなんて絶対にしてないですもんね。ただふらっと入店してきた人に売ってるだけの”待ちの営業”しかしてない。目の前には沢山の人が歩いてるんだから、チラシ撒きながら大声で呼び込みの一つでもすれば、そりゃあと1本くらいは当然、売れるようになりますよね。」




「そう。まだ取れるはずの売上をとる為に、当たり前のことをちゃんとやってないお店がほとんどだから、そこを直すだけでも結果は絶対に出るんだよ!」




そんな想いを持って車を走らせた、この最初の店舗巡回。数ヶ月間かけて僕は全てのお店を周り、当時200人いた社員の全員と、1人づつ面談をして歩いた。時間の許す限り、夜は皆んなで飲みにも出かけた。




この時のことをもう少し話すと、突然、店舗に現れた僕に対する全国の社員たちの反応は様々だった。





新潟のお店では、庭山真理子(現SV)や村山美佳(現総務部)が「初めて本社から社長がこのお店に来てくれましたーーーー!!ブログいつも見てます!!頑張ってください!応援してます!」と感激して握手を求めてきてくれ、僕の「昨年の今日より1本多く売ろう」のスローガンにも深く共感して早速行動に移してくれた。

こんな感じでとても好意的に、まるでヒーローのように出迎えてくれるスタッフもいれば、逆に老舗のメガネ店出身者で固められていた関西地区などは、おしなべて酷い反応だった。僕の姿を見ても近づいてこようとさえこず、露骨に無視を決め込む中年のベテランスタッフも沢山いた。




「昨年の今日より1本多く売ろう。今は待ちの営業スタイルでもこれくらい売れてるでしょ。だから暇な時間は、どんどん店頭に立って、ほら、見てみなよ!店の前にはこんなに人が歩いてるんだからさ、大きな声を出して呼び込みすればさ、もっと多くのお客様に、ここに眼鏡屋があるって気づいてもらえるし、店内にだって入って来てもらえるかもしれないだろ?」




「あのねぇ、社長は現場を知らんから軽く言いますけどね、そんな簡単にいきませんよ。それに大声で呼び込みしろとか、スーパーじゃないんやから、眼鏡屋が店頭で呼び込みなんてやったら逆に不審がられてお客さんは逃げていってしまいますわ。」




僕は口角泡を飛ばしながら力強く説明したが、老舗のメガネ店から転職して来たと言うベテラン中年社員は、頭から否定的な態度で頑なに営業スタイルを変えようとしない。


見かねた僕と長尾が、実際に店頭でビラ配りを始め、大声で「メガネ一式5,250円からお作り出来まーす!!」と声を張り上げ、お客さんを呼び込んでみせ、メガネのこともよく解らないが、口八丁で接客して2本、3本と売って見せると、その場では一応、渋々と一緒に呼び込みを始めるが、僕らがいなくなると、またカウンターに引っ込んで、いつもの「待ちの営業」に戻っていく。そんなことの繰り返しだった。



この初めての店舗巡回は、他にも驚きの連続だった。






店舗の内外装だけでなく、ディスプレイの仕方やポスター、POPまで、統一されたものは無く、全部がバラバラ。着ている服装もバラバラといった表面的な部分だけでなく、詳しくスタッフから話を聞いていくと、研修や教育に関するマニュアルもなく、技術職なのに

「誰が誰に、いつまでに、何をどこまで、どうやって教える。」と言う基本的なものすらも用意されていなかった。

経験のあるスタッフが各自で勝手に自分のペースで研修をしていた。また眼鏡屋として一番大事な「視力検査をしてレンズの度数や見え方を決定する。」というサービスの核になる部分も、人によって検査方法や処方の出し方もまちまちで、統一された検査手順すらも何も用意されていなかった。

つまり「人によってサービスのレベルがバラバラ」だったのである。


これではベテランスタッフに偶然”当たった”お客様はまだ良いが、右も左もわからない新人スタッフに”当たってしまった”お客様はどんでもない見え方の全然使えないメガネを作られてしまいかねない。

新人スタッフの方も、しっかりとメガネに関する知識や検査方法を教えてもらえてないのに、無理やり接客させられるというのが、働く上で大きなストレスになっていた。眼の構造やメガネの知識すらまともにないのに、いきなり検査台に座らされ「プロ」として検査をさせられる。お客様からは突っ込まれる。不審がられる。人によっては文句やクレームすらも言われる。「ちゃんと教えてもらってないから解らないに決まってるのに!なんなんだよこの会社は!」一事が万事、そんな具合である。


中でも一番驚いたのは、大阪を巡回中、阿倍野橋駅の地下にあるお店で、気に入ったメガネがあったので自分で一本購入してみようと思ってカウンターに持って行き「これいいね。今度の雑誌の取材にこのメガネかけて出たいから、買って行くよ。お会計してください。」と言うと、当時、関西地区のエリアマネージャーだった尾上直樹(現FC店オーナー) が「え?お会計って・・お金払うんですか?」と口をポカンと開けて不思議な顔で聞いてきた。




「金払うんですか?って、そりゃ買うんだからお金払うに決まってるでしょ?」




「いや、社長なのにお金払うんだと思って・・」




現金商売をする自分たちにとって一番大切な”お金”に関してすら、ちゃんとしたルールが存在していなかったのだ。社長だろうが誰だろうが、店内の商品やサービスを受け取る時には、きちんと正規のお金を支払う。こんな当たり前のお金に関する常識さえちゃんと浸透していなかったのである


そうかと思えば、スタッフとの飲み会の中で「売上が厳しいから今月は自分で3本買わされた。月のお小遣いが全部メガネで消えてきますよ・・」

などという酷い話もあちこちから聞かされた。売上目標達成の為に、社員は自腹購入を半ば強制させられていると言うのだ。

これは小売業にとって一番やってはいけないことで、無理やり自分の会社の社員に商品を買わせて、売上を作るなんて、どんなに赤字でもやったらダメに決まってる。直ぐに全社員、特に管理職に対して「他の社員に対して自分買いを強制したものは即刻、解雇する。自社の商品を買ってくれるのは嬉しいが、買うのなら、あくまでも自分の自由意志でやること。誰にも強制されてはいけない。」と”きつく”通達を出した。




こうして全国を巡回しながら、気づいたアイデアや改善点をその場で発信しつつ、緊急性が高いものはその場で対処して、時間のかかりそうなものは、後日、本社に持って帰って幹部会議にかけて対策を練っていく。さらに毎日ブログにその改革の様子を書き綴って、全国のスタッフに向けて実直に発信して経営改革の透明性を出していく。


こういう日々を地道に繰り返して行くうちに、店舗巡回が終わり近づくにつれ、改革に共感してくれるスタッフが一人、また一人と増えていき、だんだんと各店舗の営業現場でも、その後の飲み会の席でも、社員と僕の間に、自然と笑顔が溢れる回数が多くなっていった。



社長である自分に対して、何も知らずに批判や悪口を言う人たちもたくさんいるけど、一方では僕の登場を、本当に心から喜んでくれる社員もまた沢山いた。



(一つ間違えば船が沈没しそうな状況にあっても、その危険を微塵も感じさせず、乗組員が安心して働き、食べ、笑い、眠れる環境を提供する、そして何事もなかったように危機を脱し、平然と航海を続ける、それこそが船長の腕だし仕事の醍醐味じゃないか。

普通に成功したってつまらない。いつかオンデーズが危機を脱して銀行取引が正常化され、一人前の会社になれた時に、酒の席で語れる苦労話はたくさんあった方が面白いに決まってる。)




そんな風に、半ば開き直りとも言えるが、この悲惨な状況を楽しんでポジティブに受け止め始めている自分がいた。




しかし、まだまだ改革は始まったばかりで、僕たちの真剣な想いとは裏腹に、インターネットを開けば2ちゃんねるなどの掲示板には、明らかに内部の人間と思われるスタッフ達からの容赦無い誹謗中傷も連日のように沢山投稿されていた。



「新社長は歌舞伎町の元ホストで、客の大金持ちのババアと寝て金を引っ張ってうちの会社を買ったんだってさー」



「新社長は、単なるお金持ちの家のお坊ちゃんだよ。会社をパパに道楽で買ってもらったんだよー。いいなぁお金持ちのお坊ちゃんはお遊びで会社ごっこができて羨ましいですなぁ。」



「何言ってんだお前ら!あいつらは単なるハゲタカだし、ヤバい半グレだぞ。バラバラにしてオンデーズを切り売りして自分たちだけでガッポリ儲けて逃げるつもりだ。お前らも早く逃げろーー」



などなど、今見れば一笑に付して終わってしまうような本当に低レベルな、ただの幼稚な悪口ばかりだったけれども、それでも同時まだ30歳になったばかりの僕は、精神的にも未熟な上、毎日迫り来る資金繰りや、業績回復のプレッシャーに押し潰されそうになり、心身ともに疲弊する毎日の中で、そういう心無い誹謗中傷を目にする度に、本気で憤慨し、深く傷ついたりすることもあった。




(チッ、また書いてやがる・・。今まで死ぬ気で築いてきた自分の私財やキャリアを、みんな全て投げ打って、このオンデーズの再生に賭けているというのに・・自分がこのオンデーズの将来を一番誰よりも考えているというのに・・・部外者からバカにされるのはまだいい。なんで助けようとしている当のスタッフ達自身の口から、こんな言われ方されなきゃならねーんだよ・・。

こんな言われ方されるくらいなら、もういっそのこと、こいつらの言う通り、バラバラに切り売りしてやろうか。といっても切り売りできるようなまともな資産も、この会社にはもうほとんど何も残って無いじゃないか・・・。)




そんな風に考えて眠れない夜も続く日々だったが、この店舗巡回を機になんとなく少しずつだが、改革に向けて着実に手ごたえを感じられるようになっていった。

無論、この段階では、なんとか奥野さんがかき集めてきた融資と、自分個人の今までの蓄えを吐き出し、取引先への支払いを頭を下げて待ってもらったりしながら、オンデーズを1日単位で延命しているだけに過ぎなかったのだが、モチベーションの上がり始めた一部の店舗では、早速店頭で積極的に呼び込みを始めてくれたり、自分たちで閉店後にセールストークを考えて勉強したり共有し合うグループも出てきたりと「攻めの営業」ができるようになってきた店舗も増え始め、売り上げの結果も少しづつだが確実に出始めてきていた。

そして、それに呼応するように、会社全体の足元の売り上げも、また少しづつだが確実に上がっていき、新しい好循環が始まる予感を感じれるような場面も、少しずづ増え始めてきていた。




(漠然だが着実に良い方向への変革は進みつつある。)



押し潰されそうな、不安と憤りを抱えながらもそんな充足感が僕の胸には、池に投げ込んだ小石の波紋のように、静かに、でも確実にオンデーズの中に広がり始めていた。




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