交際16日目 3月5日
僕はまだ日暮里に行く車中にいた。
「僕の誕生祝いにギターかアンプかくれるとか」
「誕生日祝い合うのね」
「毎年」
「orangeのアンプがいい!」
「オレンジの、一緒に大久保見に行こうか?」
「アンプ、聞いてみよか?」
「いやいや、共輔が欲しい物もらいなよ」
「ほしいものか…」
「新妻?」
「もういる」
「妾」
「あげで満ち足りてるから、ほしいもの浮かばないな」
本当に幸せな時はほしいものがない。あげはがそばにいれば、僕は十分に満たされていた。
「ただいま実家。jetstarが今セール中」
「沖縄?」
「結構どこでもある」
「車か飛行機か……2人一緒ならどこでも行けるね」
照れる、愛してるのスタンプがきた。
「どこがいいかな~」
「全部行くから」
「まずは、って感じだね」
「シラミ潰しやな」
「言い方やだなww おいしいもんあるタイミングとか、キレイなもん見れるタイミングとか見つつ」
「たしかにw 敵を殲滅させる時に使う言葉ですな。一緒にキレイな風景見たり、おいしいもの食べたり、幸福過ぎて怖いな」
「うまくいってるのは、合ってる証拠だよ」
「いつもありがとね」
「これからもよろしくね」
スタンプの応酬の後、なぜかフライパンの画像がきた。
「太一がもう嫁に行ったものと思ってるから、好きな物持って行っていいよと、これでパンケーキにありつける」
僕は歌詞を2曲送った。
「RCサクセション『I LIKE YOU』、コレと『Oh!Baby』を最近思い出す。いつも感謝してる」
「じゃあテーマソングにしよう」
「いいね。あげ側のは?」
「oh!BABY通り、作る。ピーチ姫(あげはのギターの名前)をお引っ越しだ!」
「ギターとペンを持って、あげのための歌を」
「まずは……ギター教えないとねww」
あげはからも歌詞がきた。CHARAの『私はかわいい人といわれたい』だった。
「チャラか…」
「え、離婚してるから縁起悪い?」
「エロいっていうか情念感じる。普通に好きだよ」
「あは、そうか。今考えて一番最初に浮かんだのがこれで」「でもやっぱwyolica全般がリリック関係なく。テーマソング」
「ワイヨリカで盛り上がった人、初めてだな」
僕は空気を読まずもう1曲、大好きな歌詞を送った。RCサクセション『君が僕を知ってる』だ。
「好き」
「あげもだよ。まだきっと知らないところがお互いあるので、もっと知りたいと思うよ」
「知られ過ぎて嫌われたくない部分もあるけど、ウソはつかないし、あげのことは全部知りたいな」
「まったく同じくだね」
「……ありがと。幸せ過ぎて騙されてるんじゃないか、刺されるんじゃないかと心配」
僕はいっつも未来に対して希望を抱けなかった。失望や絶望するくらいなら、最初から明るい未来を描かなければいいと信じていたのだ。
「あげを疑う気持ちはないんだけど、幸せ過ぎて怖い」
「もっと怖がらせてあげよう」
「あげは、どう?」
「幸せだけど怖くない」
「よかった」
「なんかこう、今までこうではなくてはならないって思ってたことが、緩和された。うまく言えない」
「あげと一緒なら、どうなっても怖くはないよ」
「バンジーだ!」
「…それはちょっと。宗教上の理由で」
僕は大の高所恐怖症だ。ちなみに虫や蓮コラも苦手だ。
「共輔と知り合ってから大人になった。これでもww」
「もっと、どうだったのかな?」
「性格が悪くて、計算高かったし、まぁ性悪でビッチだったよ。要求も高かったし、それに応えないとかあげの辞書にはなかった」
「ビッチな感じがしないけどな」
「それ言われるの何回目かな」
「初回からずっとだね」
「ビッチは性悪やヤリマンや、いっぱい意味がある言葉だよ」
「あげは今、ビッチではないよ」
「知っている」
「それがすべてだよ」
「ありがと」
「でも、ビッチだった自分も好きよ」
「全部ひっくるめて、あげだしね」
「うん」
「共輔は、どんな人なのかな。優しくて思い遣りがあるとこ以外まだ見てないな。嗚呼、仕事モードの時は意地悪か」
「僕、好きな人に対してはあんまり変わらないよ」
「実は言ってない性癖とかあるなら言ってね。というかしてね。あげはもっと噛まれたり、舐められたりしたい。したければ」
「いいよ。あげが喜んでくれるのが一番うれしい」
「でもたまには自分勝手なセックスをされたい」
「わかった」
「好きだーー!」
「僕の方が好きだよ」
「それはどうかな」
「いやいや、負ける気がしないな」
「間をとって、タイということで」
「仕方ないな…」
「共輔……働いてる?」
「原稿執筆中だよ」
断っておくが、一応ちゃんと、真面目に仕事には従事しながらのラブラブLINEだ、
「そっか。早く終わらせてくれば良いのにと思っていた。ニャンコに紹介したい人がいると、伝えてある」
「っと、今日かな?」
「今度でもいいよ。でも早く会いたいって」
「10時前には終わらせる予定。実家に行けばよいのかな」
ニャンコの動画が送られてくる。
「モフモフ、気持ちよさそ」
「あげは俺が見とくから安心して。って言ってる」
「ライバルか…ウワサの」
続いて、焼くとパンダの顔がプリントされるトースターの画像が送られてくる。
「かわいいね」
「次嫁に行くまで使わないどこうと思ってた」
「嫁入り道具か」
「そう」
「照れるな」「うれしいな」
僕は喜びの感情に慣れてなく、忙しくヘタな表現することしかできなかった。あげはからいっぱい、かわいい調理道具が送られてくる。
「かわいい物好きでしょ。温存しててよかった。製菓器具は後回しにして、いろいろ出したよ。決断力、いつもはあるんだけど」
「迷い中?」
「あげの一生モノを出すタイミングなのか、自分に問ってたから。最初の数日だけだけど」
「ありがと。いっぱい一緒に食べて、太っていこう。一緒に」「幸せ太り」
「太りたくないけど、一緒に食べるよ。あと、何かあっても帰るのは実家だし、って思ってた」
「それが少し変わったってことかな」
「共輔とはずっと一緒にいるでしょ。2回目の結婚でも出していないという」
「……泣きそうだ」
「会社で泣かないで」
「涙流したら、PCであげとLINEしてたり、テープ起こしのフリして、音楽聴いてるのがバレるかな」
「むしろ、よく今までバレなかったね」
「イヤホン付けてるから」
「編集長! この人サボってます!」
「……資料です」
僕たちは一緒にいない時は仕事中、会議中でも連絡を取り合っていた。
「ムキムキになるかな~」
「それ以上はやめてーー」
「いま、どこがムキムキなのw」
「腹とか。共輔は今がちょうどいいから!」
僕は当時も今もランニングや身体を動かすのが好きだ。
痩せ体型を維持している方が好きな服を着れるし、小学校に上がるまで太っていてコンプレックスだったから。
小学校の保健室で「止めよう!危険なダイエット」みたいなポスターで「吐くダイエット」を知ってしまい、それ以降、食べ過ぎると吐く癖が付いてしまった。
「痩せてるだけだよ。腹筋はランニングしてるだけ。あげも(今がちょうどいい)」
「ヴィヴィアンすらおっきくなっちゃうよ! あげもなんだ。続きを言えるもんなら言ってみろ」
「あげが痩せたいのなら、がんばってハッパかけるけど…」
「痩せたいよ。でも50kgでいい」
「あげは太っても痩せてもかわいいからな~」
「出逢いがデブだからね。この人デブでもいいんだっていう甘えが」
「ムニムニできるし_…」
あげはから怒りのスタンプがきた後、連絡が途絶えた。2時間後、LINEがきた。
「寝てもてた」
「僕はまだ終わんない…」
「そかそかーー。がんばって! 帰れないとかも、あるよね、エディターは」
「ごめんよ」
「ううん、あげのペースで仕事したし、久々にゆっくりバラエティーなんぞ観て、嫁入り道具を引っ張り出し、有意義だったよ」
「また明日、ゆっくりね」
「早く会いたいな」
「ゆっくり荷物運んで、来月とか再来月とかまでに」
「うん」
「安心して。帰ったらイヤでもいるよ」
「ありがと」
「共輔を超えたフレキシブルだから、御飯を作り、起きて待ってたり我慢できずに先に食べたりして待っているよ。太一が、ウチには時間が早いも遅いもないから、いつでも気にせずと今日じゃなくてもね」
「いま会社の友人に彼女、どんな人って聞かれてる」
「えーと。naverにまとめて貰わないと言い切れないくらいの彼女」
「もちろん、信じられる」
僕は友人に破滅型、闇や負のオーラがスゴいとい言われ続けてきた。そのやり取り画像をあげはに送った。
「破滅型! そういうの卒業した気でいてたっ!」
「破滅型って、僕が、だよ」
「あげはは捕まるか殺されるか死ぬかのどれかだって、言われ続け。破滅型のカップルて書いてあるけど。まぁ破滅しなきゃいいのか」
「破滅はしないよ。2人なら破滅って見られても構わないけど」
「思わず破滅を辞書で引いた」
「シド&ナンシーやカートとコートニーの話してた後だったからな」
「嗚呼、現生のナンシー・スパンゲンだからね。元」
「僕がシドじゃないからな~」
「でも、死んだら隣に埋まってね」
コイツラ幸せいっぱいだな、破滅でも壊滅でも一緒に連れてってほしかった。いま、昔のやり取りを見て、書き殴っている僕の正直な感想だ。
「早く、周りにあげを紹介したり、自慢したい」
「死なないけど! 長生きするって決めたし」
「一緒に死ねるのが理想」
「あげは絶対先に死なれたくない。先に死なれたところですぐに追っちゃうし。でも、とりあえず死なないから」
「僕はけっこう、しぶといから大丈夫」
「まだ、見てないしてないやってないことが多過ぎるし。満足してからで」
「死ぬには早すぎる」
「あげの病気、双極性障害って30歳まで生きるのが0.02%って言われてて、その内の70%を超えたから、大丈夫。あげもしぶとい」
「そういうピンチの時は一緒に死ぬことより、一緒に切り抜けるようにがんばるさ」
「いや今、まったく死ぬ気がしない。あげに死期はないのではないか? とすら」
「ホントに全然想像つかないな」
「死ぬまでにしたい100のこと、ならぬ、死ぬまでにしたい100000000000000000000のこと考えて余暇を過ごすわ」
「そうしよ」
「一緒に居ない間に考えて、一緒にいる時実行に移すんだよ」
「あげとしたいことは尽きないしね」
「……バンジーとかね」
僕はダッシュで逃げるスタンプを送った。
約束の10時を過ぎても僕はまだ仕事が終わらず会社にいて、あげはは実家で嫁入り道具をまとめていた。
「製菓器具だけで9箱あるよ」
「車出す?」
「キッチンの棚とかどうにかなったらちょっとずつ運ぶ。甘い物、好き? な感じしないけど」
「甘味、大好きだよ」
「そか、よかったーー」
「え、この甘みの写真手作りなん?」
「そうだよ」
「スゴい! 売り物みたい。そしておいしそう」
「誕生日とクリスマスとバレンタインが、がぜん楽しみになったでしょ」
「うん。本当に、毎日が楽しみだよ」
昔、あげはが住んでいたという家の写真が送られてくる。
「かっけえ」
「横浜の家のキッチン。これを最低水準に目標にする」
それは赤とピンクと白でまとめられたキレイな台所だった。
「キレイなピンクだね」
「使いにくい物になれれば、使いやすい物で効率が上がるし。ギターも、キッチンも、なんでも」
「名言な気がするな。人間も仕事もね」
「何にでも言えることだね」
「終電逃しそうだ」
「そんな時は、迎えに行くよ」
「まだそっちいけるのかな」
「日暮里までならあと30分くらい」
「向かう」
「終わったの? お疲れ様ーー」
「まだ…あとは持ってく」
僕は会いたい気持ちが強過ぎて、ノートパソコンを抱えて日暮里の実家へ向かった。痩せちゃうからと近くのファミレスでご飯と甘味を食した後、この日やっとニャンコに紹介された。