人生初の指名。自分史に残る快挙だった。
街でパレードをとりおこないたい気持ちだったが・・・
そんなに甘くなかった。
5万程度売り上げを上げたところで、30%バックが貰えたとしても1万5千円。
そこから地獄の税金+地獄の旅行積立金が入れば給料どころかマイナスである。
人生初の快挙に酔いしれる事もできなかった。
そんな状態では指名をとったとはいえ一瞬・・・
所詮、自己満足であった。
その週の定休日に私はまたYと食事に行った。
そして食事が終わった後、以前の様にYの家に上がった。
それまでの間にも、電話で連絡はとっていたのだが……
定休日までの間に、私の気持ちに変化が起きていた。
店に来店した時の
「新規料金じゃなくていいから。」
というホストという職業を分かってくれた上での気遣い。
ちょっと強気な、いきなり
「後30分ぐらいで着くから。」
というようなギャップなどにより・・・好きになりかけていた。
その日から私とYは付き合うようになった。
一年前の私が、想像もしないぐらいの年上の彼女だった。
その日は緊張で上手くいかなかったが、いつしか・・・
童貞からの卒業式が執り行われていた。
尾崎豊の「卒業」が頭の中でリピートしていた・・・。
その定休日以降、私はYの家に毎日帰る様になった。
その理由は、付き合う事になったという事もあるがもう少しダサイ理由もあった。
1、お金がなくご飯を食べるお金がない。
2、その頃は寮に入り浸っていたが、寮にいるとパシリに使われる事が多い。
先輩からの電話で急に呼び出される事も多々ある。
その様な状態から脱出したいのも大きかった。
お客さんの家にいると思われていれば、先輩の用事も回避できた。
しかし完全なヒモだった。
仕事をしているが給料はない。
いや、給料がないのだから仕事とも言わないのかもしれない。
それでもまだ辞めるという選択肢はなかった。
家庭があるわけでもない、家も自分で借りている訳ではない。
何一つ責任を負うという概念が無い子供の発想だったから続ける事ができていたのかもしれない。
相変わらずお客さんはできていなかったが、Yのおかげで生活は確保できていた。
仕事を頑張っているのにヒモ生活
が開始してから一か月程たった日の昼頃だった。
Y「出掛けよ。」
私「んっ?別にいいけど・・・・どこにいくの?」
Y「買い物付き合って。」
Yと私は買い物へ出掛けた。
タクシーで栄に向かい、Yに言われるがまま着いていくと、
なんと・・男性専門のインポートショップだった。
そこの店は栄の中心にあるビルの5階に有り、広いワンフロアの中で
ブランド物の型落ちの品が通常の値段よりも安く売っている店であった。
Y「格好がショボイからお客さんができないんだよ!」
と怒られているのか、ディスられているのかわからない様な言い方だった。
Y「今日は私が買ってあげるよ。」
私「・・・・まじ?」
Y「まぁ、頑張ってお客さん作ってよ。そうしたら今度はお客さんに買って貰ってね。」
と言いながら、
グッチやアルマーニといったブランド物のワイシャツを4枚程、
同じ様なブランドのネクタイを5本程度、
さらにブランドの靴を2足。
私の意見はほとんど参考にされず(無視され)Yは選んでいった。
私はダサかったのだろうか?
自覚はなかった・・・。
もちろん今でも自覚はない。
自分に起きている事の実感のないまま、Yはレジへと進む。
ごく平凡な一般家庭+犬、猫
の次男として生まれた私には、
グッチやアルマーニといったブランド物のYシャツやネクタイなどはもちろん縁がなかった。
実感がない為、喜びもその瞬間にはまだ感じる事が出来なかった。
その後はスーツを買いに行った。
Y「ブランドのスーツはまた今度ね。」
と言われスーツは一般のサラリーマンの方などがよく利用する大型店へ買いに行った。
Y「とりあえず、スーツは自分のサイズにちゃんと合ってるかだよ。」
と言われ、言われた通りに店員さんにしっかりサイズを測ってもらいながらスーツを選んだ。初めてのスリーピース、ベスト付きのスーツだった。
「あぶない刑事」の舘ひろしになった気分だった。
自分でもよく理解できないまま買い物は終了した。
結局上から下まで、仕事の時に着るもの全てを、その日に揃えた。
(よくホストなどがお客さんにプレゼントをもらうという話を聞くが、
これがそうなのか?)
と自分に起きた状況に、嬉しいというよりも戸惑いの方が大きかった。
お客さんではなく、私は彼女に買って貰っていたからだ。
(これでいいのか?)
とも思ったが、それどころかすでにヒモだった。
ヒモになりたいと思っていた時期もあったが、実際なってみるとそんなにいいものでもなかった・・・。
ちゃんと好きだという感情をYに対して持っていたせいか、罪悪感を感じた。
喜ぶのが申し訳ないような複雑な気持ちだ。
あれ程までに夢見ていた、
女性に物を貢いでもらう
という事が実現した割に・・・
達成感は薄かった。
数日経ち、スーツが出来上がった。
スーツを着てみると、その時は純粋に嬉しかった。
自分のサイズに合ったスーツ・・・
サイズがピッタリと合ったスーツを着た時、自分が少し大人になった様な気がした。
そしてその頃には、ちゃんと黒い靴下を履くようになっていた・・・。
だが実際には、ままごとの様な生活と仕事。
それだけで大人になった様に感じてしまった私は、やはりまだ子供だったのだろう。
数日経ち・・・
なんと!
それから少しずつだが驚く事が起き始めた。
・・・・少しずつだが、お客さんが出来始めた!
恰好がホストっぽくなったのであろうか?
その時に、見た目も大事だという事を学んだ。
見た目だけでもとりあえずはハッタリを利かせるだけで、こんなにも違うものかと・・・。
水商売という職業は一回会った時に、お客さんに気に入ってもらえなければ後が続かない。
一回目にどれだけ魅力を感じさせる事が出来るかがとても重要だった。
一回目で興味を持って貰えないと次がない。
一回目で魅力を伝える
という手段の中で、見た目はとても重要だったのだろう。
そしてその頃には、もう一つ学んでいた事があった。
「先輩のギャグを盗む」
「ウケたギャグを使い回す」
という事だ。
入店当初は先輩たちの話を聞いていてもお地蔵さん状態だった。
最初はMさんから普通の会話の大切さを教えてもらった。
その後の話である。
K野専務の容姿は男前とは言えなかった。
しかし抜群に面白い人であった。
K野専務が席に着くと100%盛り上がるのだ。
そのK野専務と同じ席に着いている時に気付いたのだが、
K野専務
「どうも!はじめまして。トム・クルーズです!」
新規の席でK野専務は75%ぐらいの高確率でその入り方だった。
そう!完全に使い回していた!
そして私はK野専務が不在の時に、新規の席で豪快にトム・クルーズを盗作した!
・・・・・結果はだいぶウケた。
それがきっかけで、自分の引出の増やし方を覚えた。
自分、もしくは他の人が言ったおもしろい事を覚えていく。
その言葉がウケた時と同じ様なシュチュエーションの場面がまた必ずある。
その時に以前覚えた言葉を使えばいいのだ。
同じ人に何回も同じギャグを使わなければいいだけだ。
初対面の女の子に、以前使ったギャグを言っても、その子が聞くのはもちろん初めてである。
ウケてくれる確率は高い。
それまでの私は、
面白い話の引出の多さは生まれつき、つまり才能だと思い込んでいた。
違った。
経験だった。
引出は増やせるものだという事を学んだ。
そうして盗んだギャグを引出にどんどん詰め込んでおけばいいと学んだ。
自分のウケたギャグも使い回せばいい。
同じ人に何回も言わなければいいだけだ。
場面によって、どの引出を開けるかの生まれつきのセンスはあると思う。
別に全国区のテレビでギャグを言っている訳ではない。
バレるわけないし、バレたとしても別に恥ずかしがる事もない。
お笑いタレントなどは、
瞬時に新しくて面白い事を言わなければいけないかもしれないが、私は違う。
そうして、どんどん会話の引出を増やし、引出の中身も貯める様になっていった・・・・。
次第に、恰好と会話の自信を深め、さらにお酒の力も借りてそれなりに指名を取れる様になっていった。
しかし・・・ある程度の自信を深めはしたがヒモ状態は脱出出来なかった……。
30万売上を上げたとしても、もろもろ引かれて、手取りは5万円ぐらいだ。
さらに、遅刻の罰金や当日欠勤などの罰金を引かれればあっという間にマイナスになる。
そして強卓という罰金が一番つらかった・・・。
週に一度か二度あったのだが、その日にお客さんを呼べないと・・・・
一万円の罰金!!!!
一日頑張って働いて、
トイレ掃除して・・・・
おしぼり巻いて・・・・
頑張ってお酒飲んで・・・
頑張って喋って・・・・
一万円マイナス!!!!!!!!
今思えば、何故素直に聞いていたのであろう・・・。
今の自分であれば暴動を起こしていてもおかしくはない・・・。
今であれば、ジャンヌ・ダルク のようになっていたであろう・・・。
「素直な子になりなさい」
という教育が裏目に出た瞬間だった…
そういった罰金の積み重ねで、
結局、携帯料金も払ってもらう様な状態だった。
もともと養ってもらうのが目的で、
好きでもない女の子と一緒にいるのであれば、なんとも思わなかったと思う。
しかし、その頃私は確かにYの事が好きだった。
だんだんと負い目を感じる様になってきていた・・・。
Yはその後も、その当時のホストが好んで着用していたブランドのスーツを買ってくれた。
少し起毛した、ウールというのか・・・Pコートの素材の様なスーツ。
細身のネイビーの少し生地が変わった柄のスーツ。
そこのブランドのネクタイ、ワイシャツ・・・。
ビックリしたのが、仕事が終わる前の時間に電話があり
Y「今日、仕事終わったら東京迎えに来て」
(友達と会うといってYは東京に行っていた。今となっては真偽はわからないが・・。)
と言われ
私「まじで言ってんの?お金無いよ?」
Y「私払うからいいよ、とりあえずなんとか来て。」
とかなり強引な感じで言われ、ベロベロの状態で一人新幹線にのり、東京へ向かった。
(今思えば、周りの視線が痛かった!)
東京駅に到着して、Yと合流したら
Y「ちょっと付き合って」
と言われ、
「修学旅行以来の東京で土地勘0」
プラス
「酔いであまり記憶がない」
という理由でタクシーでどこを走ったかは全くわからない……
表参道?かな?
どこかのTOKYOのグッチの路面店へと連れて行かれ、
何着かスーツを着せられ、
Y「うん、これいいじゃん。あとこれに似合うワイシャツとネクタイお願いね。
靴はこれでいいや。」
と、
光沢があり、濃い目のグレーの細身のスーツ。
明るいピンクに近い紫のワイシャツ。
ワイシャツより少し濃い紫のGの柄のはいったカワイイ感じのネクタイ。
オーソドックスな黒のビット付きの皮のローファー。
今で言えば遊び人のIT社長がしていそうなコーディネートに仕上がった。
試着していて
(う~ん。さすがグッチ。細身で苦しいですな・・・。)
と思ったらいきなりお買い上げなさった!!!
金額ははっきり覚えていないが、とりあえずスーツだけで20万は超えていたので、総額は30万以上払っていただろう。
私「ちょっと!大丈夫なの?!!!」
Y「臨時収入があったから大丈夫だよ。」
その後も
Y「この時計つけてないから着けてていいよ。」
とその当時流行っていた、カルティエのパシャCという時計を貸してくれた。
(YはYでショパールというダイヤがカラカラとフェイスの中で動く時計を持っていた。)
自分の彼女に一人前のホストとしての全ての外見をそろえてもらっていた事もあり、
自分では
(これでいいのか?)
という自問自答がしばらく付きまとっていた・・・。
罪悪感は最後まで消える事は無かった…
Yは、
ホストでお金を稼ぎだせるようになって欲しかったのか、
それとも年下の彼氏を成長させたかったのか・・・
ただの着せ替え人形の様に考えていたのか・・・・
今となっては確かめようもない・・・
ブランドスーツに身を包み、人からパクったギャグを駆使して頑張った。
細かいお客さんはできるが、なかなか売上は上がらない。
一向にホストで自立する道は見えなかった。
正攻法だけでは、なかなか売上は上がらないのは、
実はYもわかっていたのかもしれない・・・
それでも、しばらくはこの砂上の楼閣の様な暮らしは続いた。
都合の悪い所に、お互い目を背けるかのように・・・。


