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17/8/16

口下手童貞少年、ナンバーワンホストになる ⑥ ラストチャンス編

Image by Olia Gozha

4月の中頃。
夜はまだ少し肌寒いくらいの季節だった。

その頃には、もうタイムリミット(携帯電話停止)が近づいていたので店の営業前ギリギリまでキャッチをしていた。


そんなある日に、ヘルスから出てきた一人の女性がいた。

いつもの様に、店舗から多少離れたところで声を掛ける。

もちろんお馴染みのニーハオから始まった。


私「ニーハオ、今から帰るの?」

女の子「・・・・帰るよ。」

私「さんみしいな~(訳 寂しいな)(そしてアホっぽく言う)。」


などと今だったら少し赤面してしまうようなハイテンションで会話を始める。

女の子も嫌そうだ。

当たり前だ、いきなり怪しい男が声を掛けてきたのだ。

それと仕事柄、警戒心が強いというのもあるかもしれない。


だがそんな事は気にしていられない。

とにかくしゃべる。思いつく限りの言葉をしゃべる。

かなり一方的な会話だったが、もう既に15分程度歩きながら話をしていた。

店から駅までけっこうな距離があったのが幸いした。

その15分の中で2・3回は笑ってくれていた。


・・・笑ってくれた回数が、多いか少ないかの判断はお任せしたい。


それからさらに畳み掛け、駅の改札を入るギリギリの所で粘って電話番号を聞いた。その時にやっと名前も教えてくれた。名前はYと言った。



結局30分程経っていた。


(よし・・。)


終わった時の時間は夜23時40分頃だった。

私は急いで寮に戻りスーツに着替え、出勤した。

もちろん、その頃でも0時出勤。おしぼり・店内の掃除・トイレ掃除の任務が待っていた。



営業が始まった。


新しく入った従業員のせいもあってか、その頃のBには、とても活気があった。

広い店ではないが、だいたい毎日テーブルは埋まっていた。

私はお客さんを呼べていないので当然飲むのが仕事だった。

私はお酒は強い方ではない。むしろ弱かった。

通常時であれば生ビール一杯で顔が赤くなり、その一杯で十分だった。


しかし不思議なもので気の張り方で酔いが全然違ってくる。

仕事として飲んでいると、通常時の自分より明らかに飲める様になっていた。


それでやっと普通ぐらいだったが・・・・。


ちなみにお酒を飲みだしたのはBに入店してからだった。

入店当初は


(ビール苦いよー。飲みたくないよー。焼酎のお茶割りもなんか変な味になるよー。)


というレベルだった。

ZIMAというサイダーみたいなお酒があるのだが、初めて飲んだ時


(あらっ!?スプライトのちょっと甘みをなくした感じじゃない!

あたし、お酒は苦手だけどこれなら飲めちゃうかも!キャピ!)


みたいな事を思っていたが……

バカだった。


スプライトと同じ感覚で飲んでいた日、

営業中に気持ち悪くなって立っている事ができなくなり、

頭がグワングワン回り、営業終了前にダウンした。


その日、私は人生初の記憶を無くした。


「昨日、記憶なくしちゃって大変だったぜ・・・。」


と言いながら葉巻をくゆらせるような大人に憧れていたが、

全然いいものではなかった。


ZIMAはアルコールの度数はビールとほぼ変わらない。

酒は味ではない。アルコール度数だと少年は学んだ・・・



Mさん・JUさん・KJさん・JOはみんな揃って奇跡的に男前だった。

(私もそうであったと信じたい)


新人も男前揃いという状況で、

上の人間はもちろん言うまでもなく男前で雰囲気もあった。


男前揃いの中でお客さんもお酒が進む、そして従業員達にも飲めと催促してくる。

従業員も飲む。

JUさんが脱ぐ。腕立てが始まる。

JOも脱ぐ。JOは空手の経験者だったのでなぜか空手の型を始める。

私とKJさんはそういった特技がないのでとりあえず踊る。


パラパラが流行っていた時代なのに、なぜかツイスト風の腰をひねりながら、徐々に態勢を低くしていく踊りが私の十八番であった。


楽しかった。本当に楽しかった。
仲のいい人達と酒を飲んで騒ぐのが仕事になっていた。


お客さんだが女の子もいる。

かわいい子もいるが、もちろんあまりかわいいとは言えない子もいた。

だが以前の、自分の生活からは考えられない状況だった。


そんないつまで続くともわからない……

仕事と言えば仕事。

仕事として成り立っていないといえば、成り立っていない。

という様な危ういバランスの中で私はただその瞬間を楽しんでいた。


あの鉄パイプとダンスしていた時代が嘘の様だった。


そのような営業が何日か続いていた頃、私はいつもの様に酔っていた。


酔いながらも、手応えの薄い新規のお客さんを、Bのビルの下まで送り出していた。

そして新規のお客さんをタクシーに乗せ、タクシーが信号を曲がるまで見送り、店に戻ろうとした時であった。


「あっ!!!!!」



思わず私は視線の先のタクシーに向かって指を差してしまった。


タクシーに乗っていた女性もびっくりした顔でこちらを窓越しに見ていた。

そのタクシーに乗車していた女性は、以前、営業時間ギリギリまで粘ってキャッチをした・・


そう、あのヘルスから出てきて改札寸前で電話番号を聞いたYだった。


その時間帯に女子大で見かけるという事はどこか他店のホストに行っていたという事に間違いはなかった!


誤解がない様に言うが、ヘルスの子が、全てホストに行っているかと言えばもちろんそんな事はない。


そんな中で、

やはりホストに行った事がない女性より、行った事がある女性の方が来てもらえる確率は高い。

という事は・・・・


風俗嬢は間違いない

女子大で見かけた、

ホスト帰りの可能性が高い、

店に来てもらえる確率は高い、

給料がもう無くなる、

最後のチャンス


という事になる。


私はYの乗ったタクシーが走り去ってしまっていたので、すぐ電話をかけた。

プルルル・・・プルルル・・・


(頼む!電話出てくれ!!!!)


ピッ・・・


「・・・・・・もしもし。」

私「ニーハオ!って覚えてる?」

Y「そりゃわかるよ、しつこかったもん。それにしてもびっくりしたよ、君ホストだったんだね。まぁやっぱり、ていう感じだけど・・・・・。」


その時は、私服でキャッチしていた為ホストだという事を一応、隠していた。



私「ごめんね。実はそうだったんだよ。」

Y「店どこなの?」

私「Bだよ。」

Y「そうなんだ~。う~ん・・。まいっか。それじゃ明日にでもまた電話ちょうだい。バイバイ。」

私「あっうん。わかったよ。バイバイ。」


電話は終わってしまった。あわよくばと思ったがそうは甘くなかった。


(ちきしょー。惜しかったな。

まぁでも無理に誘って断られるよりはましだろ。

一応明日また電話ちょうだいって言ってくれたし・・・。)


と思いながら店に戻った。


店では、JUさんが腕立て伏せの真っ最中であった・・・・。


その日の営業が終了して、起きてからYに電話をした。


私「もしもし、昨日偶然だったね~。」

Y「そうだね、っていうか君ホストだったんだね?」

私「いや~、面目ない。」


昨日は深夜にYが女子大にいた、

という事はどこかで飲んでいたんだろうと思っていたがその事には触れないでいた。


女「もうホスト歴長いの?」

私「いや・・・長くないよ。今ちょうど5か月ぐらいかな。」

Y「そうなんだ~。」


その後はいつも通りくだらない事をしゃべっていたのだろう。

会話の中間の記憶がない。だがその電話の終盤で


私「今度、ご飯でも食べに行こうよ?」

Y「いいよ。休みっていつなの?」

私「火曜日、うち定休日は火曜日なんだよね。あさってだけど大丈夫?」

Y「大丈夫だよ。じゃあ、あさっての夕方にまた電話ちょうだい。バイバイ。」

私「わかったよ。じゃあ、あさって電話するよ。バイバイ。」


(ふう・・・なんとかつながった・・・。)


日数的に考えてもこれがラストチャンスだという事は、自分が一番わかっていた。

そして火曜日の定休日、夕方に電話をして、20時頃に待ち合わせる事になった。

待ち合わせの場所は、タクシーで店から20分ぐらいの距離だった。


その頃にキャッチをしていていつも思った事だったが、一回目の時と、二回目にあった時は確実に女の子の印象が違っていた。

最初の頃に、


(おっ、この子かわいいな。)


と思った子が二回目に会うとあまりかわいくなかったり。


(あんまりかわいくないな。)


と思った子が、二回目には以外にカワイかったりしていた。

キャッチをしすぎていたのもあるだろうがあれは不思議だった。


今回のYの印象は初回にあった時よりも可愛かった。

恰好も違っていたという事も理由だったのか、

Yはキャッチした時はわからなかったがスタイルはとても良かった。



身長は高く、全体的に細身、胸も大きかった。


顔は良く言えば土屋ア◯ナに似ていたが、もちろん土屋ア◯ナではない…。

しかし、ちょっと年齢が上に見えた。


私「どこにご飯食べに行く?」

Y「私が知ってる居酒屋があるからそこ行こうよ。」


とYがリードしてくれる様な感じで始まった。

着いた店は、ちょっと小奇麗な半個室の様な居酒屋であった。

食事はとてもおいしかったのを覚えている。



食事に来たとはいえ、かなり最初の出会いが特殊だったので、そちらの方にはあまり会話を持っていかないようにくだらない会話をしていた。

その中で分かった事は、


Bから車で20分程度の場所でYは現在一人暮らし、

歳は私の9つ上の28歳であった。


その頃の私からしてみたら9つ上というのはとても衝撃的だった。

以前みたいな暮らしをしていたら9つ上の女性と知り合う機会などなかっただろう。

想像もできないぐらいお姉さんだった。


私はくだらない事を話すように心がけていたが、

いつの間にかYの方から徐々に店の事や、

店での私の状況を聞いてくる様になっていた。


私は見栄を張れるような身分でもなかったので素直に状況などを話していた。


その話を聞いてYは

「もっと頑張んないとだめじゃん」

みたいな事を言っていた様に思う。


そして私も

「結構頑張ってるつもりなんだけどね」

と冗談ぽく笑って切り替えしていた。


居酒屋に入ってから2時間程が経過していた。

居酒屋の会計はYが払ってくれた。

情けないが・・・いや、その時はありがたいと正直思った。


私「本当にいいの?」

Y「だって、お金ないでしょ?」


(すいません。助かります。)

私は心の中で小さく謝った。


Y「まだ時間ある。」

私「今日は店ないからね。」

Y「お茶でも飲んでく?」

私「?いいの?じゃあちょっと上がらせてもらおうかな。」


Yの家は居酒屋からは歩いて10分程度の場所だった。

一人暮らしだったが珍しく、一軒家の平屋だった。

外見は古かったが、中に入ると驚いた。


家の中はリフォームされており、外見からは想像もできないくらい広くて綺麗だった。

お茶を飲みながら少し話をしていたと思う。


その日、私は少しで帰るという事はなかった。


Yは年上という事で遥か年下の私が話やすかったのかも知れない。

私は私で最後のチャンスと思っていたので、自分から帰るという言葉は出すことはなかった。


その日に男と女の関係になるという事はなかったが、一緒には寝た。


付き合ってもいないが一緒に寝る。


そして私はもちろんYの事を好きでもない。

好きでもない女と一緒に寝る。


・・・・ホストらしいと言えばらしいのかも知れない。

だがその頃の私にはとても時間が長く感じた。



かわいいからセックスする。

かわいくないからセックスしない。

お金になりそうだからセックスする。

お金にならないだろうからセックスしない。


そんな事ではなかった。


私はYの事を別に好きではなかった。

19歳の私は、そういった感情が優先する男だという事を自分自身でも初めて知った。

ホストとしては不向きだったのだろう・・・。


他人と一緒に布団で寝るという事に慣れていない私。


寝た振りをしていて中々寝付けなかったが、いつの間にか私は寝ていた。

朝起きると、朝ご飯のいい匂いがしてきた。

Yは料理がとても上手だった。

その朝ご飯を頂き、昼ごろに私はYの家を出た。


 私「あ~!疲れた!」



こういうシュチュエーションに慣れていない為、色々無理して相手に合わせていた事によって私はとても疲れていた。


しかもその合わせていた時間がほぼ丸一日に及んだのだ。


19歳の童貞の自分には、今振り返れば力の抜き所がわからなかったのだろう。


せっかくのラストチャンスにも中途半端な自分自身に、少し腹を立てたのを覚えている。

その帰り道には今月から給料がないという現実がのしかかっていた。




それから一週間程度経った頃、いつもの様に店で現状と明日の事を忘れようとしているかの様にヘベレケになっていた。


リアル Tomorrow never knows だった。


K野専務「K君キャッシャーまで。」


店内にマイクのアナウンスが響いた。

ホストは携帯を持ったまま接客するのは禁止だったので、携帯を受付兼事務所(キャッシャーと言っていた)に預け、電話がなるとキャッシャーがマイクで呼ぶのだ。


その理由はもちろん接客中に電話にでるなど失礼だし、スムーズに席を離れれるという理由もあったのだろう。


キャッシャーに向かい電話を受け取ると通話中の所に名前がでていた。

Yだった。


私「もしも~し。」


酔っぱらっているのでちょっとアホっぽい対応になっていた。


Y「ちょっと何?酔ってんの?今から友達とBに行こうと思ってるんだけど、入れる?」


 酔いが覚めた!


 私「だっ、大丈夫だよ。」

 Y「わかったよ。今から30分ぐらいで着くと思うから。

初めてだから電話したら下に降りてきてよね。」

私「わっ・・・わかった。」

Y「あっ、あと別に新規料金じゃなくていいから。とりあえず5万もあれば足りるでしょ?」

私「えっ!?もっ、もちろん・・・大丈夫だよ。友達は新規料金でやっとくから・・・。



・・・俺の指名でいいの?」


Y「当たり前じゃん、何言ってんの?」


信じられなかった。

初めて自分指名のお客さんが今からくる。

しかもいきなり新規料金じゃなくていいとまで言ってくれた。

普通そんなお客さんいない。

新規で安いからとりあえず来るのだ。


それからの電話が鳴るまでは落ち着かなかった。


K野専務「K君、キャッシャーまで。」


私はいつも通り座っていた丸椅子を立ち、

K野専務に下にお客さんが来ているのでちょっと行ってきますと伝えた。


K野専務「ほんとか!?やるじゃねぇか。」


下に降りるとYと友達が待っていた。



Y「遅いよ。こっちE子っていうから。」

E子「初めまして~、よろしく。

ふ〜ん…君がK君なんだ~…。」

私「よっ、よろしく。」

Y「早く案内してよ。」

私「おっ・・うん、わかった。ごめんごめん。」


初めて会うYの友達のE子は、薄い顔立ちだったが美人であった。


年齢が上のせいもあってか、二人が並んでいると話しかけずらい雰囲気をまとっていた。


エレベーターを呼び、Bのある2階を押す。

Bはビルの2階にあり、階段でもエレベーターでも両方入店できる作りになっていた。


私「いらっしゃいませ。」


何かみんなの視線が恥ずかしくて「いらっしゃいませ」がいつもより逆に小さい声になっていた。


みんなが驚いた様な顔で私を見る。


そしてYとE子を席へと案内し、いつもの様に、自分でアイスと水を自分で運ぼうとした時だった。


N「K、座ってろ。」


なんということでしょう!!(ビフォーアフター調で)

Nさん(匠)はすばやくアイスと水を取りに行き私の席まで運んできてくれた。

Mさん、JUさん、KJさん、JOなどの下の人間がいるのに・・・・。


そしてそのまま丸椅子に座り席に着いてくれた。


見た目はYもE子もキツそうに見えるのと、Bに来ているお客さんの年齢層よりも確実に上に見えたので、周りが多少敬遠し気味な所を、Nさんが躊躇いなく一番に着いてくれた。


小泉元首相ではないが


「感動した!」


状態だった。

その日の営業が終了するまでの間にNさんに誘われたら私は抱かれていたであろう。


その後も、みんなが優先的に席に着いてくれた。

Mさん、JUさん、KJさん、JO、Aさん、Rさん。

その日の私は、常に小泉元首相状態だった。


みんなが席に着いて飲んでくれた事もあり、YとE子はそれなりに楽しんで帰ってもらったと思う。


もちろん、その日は酔った。ヘベレケだった。

会計がいくらだったのか記憶もない

そして、YとE子を送り出した後の記憶もない。


自分で掴み取った、人生初めての指名だった。

人生で人から指名を受けたのは、ホストという仕事に関わらず初めてであった。



その日の営業終了後は、ボックスでくの字になって、気持ちよく昼過ぎまで寝ていた。

みんなもその日は寝かせておいてくれたのかもしれない・・・


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