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17/8/15

口下手童貞少年、ナンバーワンホストになる ⑤ 崖っぷち編

Image by Olia Gozha

Sさんがいなくなってから数日後、ついにフル出勤で迎えた給料日がやってきた。




営業終了後にみんなが集まり売上の発表を行い、その後に給料を渡すという流れであった。

 

ホストの給料日というとナンバー1から発表されそれから順に2、3という風なのを想像されると思う。

大筋はBも一緒だったのだが、何か空気が違っていた。

 

なんというか・・・みんながあきらめ顔なのだ。

モチベーションが低いというのか・・・。

 

(んっ?給料日なのになぜ?給料日が嬉しくない国なんてあるのか・・・?)

 

売上発表の後に奥のビップ席に一人ずつ呼ばれ、給料袋を次々と渡されるのだが・・・。

 

「ははっまた紙切れだ。」

「そうだな。」

 

意味が分からない会話のやり取りがされている。

 

K野専務「次、K!」

 

私の源氏名が呼ばれ、ビップルームに向かった。

 

K野専務「はい、お疲れさん。」

私「ありがとうございます!」

K専務「とりあえず、保証期間中にお客さんが掴めるように早く頑張れよ!もし保証期間中に売上が上がっちゃったら売上制にしてやるからな!」

私「はい!ありがとうございます!」

 

という様なやりとりをして、いそいそとボックスに戻り封筒を開く。


(んっ?こっ・・・・、こっ・・・、こっ・・・・、これは一体!!!!!?)
 

1、2、3、4・・・・

ゆっ!諭吉さんが4人しかいない!?

後は小銭?

諭吉さん達が寒さに震えている!!!

4人で身を寄せ合って・・・。

その中には明細も入っていた。

 

(どれどれ・・・?

基本給7万ちょい・・・・?

少ねぇ!!!!

25日オーバーで働いてなんだこの給料?ここは新興国?

いや、日本のはず・・・)

 

さらに給料明細には・・・・

7万からさらに税金・積立旅行費などが引かれてあった。

 

(税金・・・・7000円ちょい!?
積立旅行費・・・・2万!?)

 

 

目を疑った。基本給がただでさえ少ないのに、税金が意味不明に10%、積立旅行費が2万円も引かれていた!

 

私「あのう・・K野専務、これはどういう事なんですか?」

K野専務「あ~これね。旅行積立金は12月になったらみんなで慰安旅行で海外行くからその為の積立金だよ。楽しいぞ~。」

私「そうなんですか・・・。」

 

K野専務の明るいトークに流され、その時は日給いくらで計算しているのかなどを聞く事ができずに終わってしまった。

何もかもが初めての世界。

 

(ホストってお客さんを呼べなかったらとてもじゃないけどやっていけないんだな)

 

と店側にとって都合のいい方に解釈をしてしまっていた。

…我ながら恐ろしすぎる適応能力!!

…イッツ・ディープブラック!!!

 

携帯代金を払ったら給料はほとんど残らなかった。

 

他の店の事情はわからない。

 

だが働いている内に周りからの情報や名古屋のホスト業界の事などに多少詳しくなってきた時に分かってきた事があった。

 

まず私が勤務していたBは大きいグループの傘下の一つであった。

大元はヘルス・キャバクラを何店舗も経営しているグループであり、ホストもB以外にも、もう一店舗あった。


まだ、法律が厳しくなる前の話なので大丈夫だとは思うが、多少オブラートに包んで書くといわゆる

「怖い人達にお支払いになるお金」

の金額がその頃の名古屋の業界ではトップだと聞いた。



その話は、あくまでも伝聞であると

強調しておきたい。


つまり、一番チカラがあるグループだったのだ。

事実、その系列を辞めて他の系列の風俗、ホストで働く事は完全にアウトだった。

(他店でもその系列で働いていた事を知ったら絶対に雇わなかった。引き抜きも無かった。)


入店してしまった以上、名古屋でホストをやるのであれば、もうここしか出来ない。

そういう理由で、給料体系にしてもかなり強気で無茶苦茶な設定だったのかもしれない。


給料袋が紙切れだけだったホスト達は、お客さんのツケが多く、

支払い給料をツケが上回ってしまっていた…


いい加減な給料体系、かなり率の悪い歩合、だとしてもそこでやるしかない諦め……


モチベーションの低さはそこら辺からきていたのであろう。


その頃の名古屋のお客さん事情や、現実的な売上の話は追い追い書こうと思う…


社長のR華さんも、結局は雇われ社長という事であり、K野専務も本社から任命されてBを管理しているという具合だったのだ。


 

そのグループ自体も正直な所あまり評判が良くなかった。

グループの評判も良くない、さらにB自体の評判も良くないという有様であった。

キャッチやナンパをした女の子で多少ホストの事を知っている女の子にあたると

 

女の子「Bって店の中で無理やりやられたりするんでしょ?」

女の子「Bってぼったくりなんでしょ?」

女の子「Bって無理やりヘルスで働けとか言われるんでしょ?」

女の子「あそこのグループって、入ったら辞められないんでしょ?」

 

・・・・すこぶる評判が悪かった!!

 

「一番治安が悪い時のロサンゼルスと勘違いしていないかい?お嬢ちゃん?」

 

と、問いかけたくなる程だ。

 

実際の所、評判は悪かったが、そんなに悪い事をやっているわけではなく、従業員も男前が多かった。


噂に尾ひれがついて大げさになっていったのと、恐らく自分が入店する前の方々が色々そういった噂の元になるような事をしていたのであろう。

 

私が入店した頃には、私が見た風俗誌に載っていたホストはもう社長しかいなかったので推測にすぎないが……

 

しかし罰金や給料に関してはそんな噂も当たっていた。

その頃はそんなに深く考えていなかったが、旅行積立金を考えてほしい。

1月に入店して12月に旅行。そして一か月2万円の積み立てだったら22万である。

かなりゴージャスな旅行に連れて行ってもらわないと割に合わない。


しかも10月とかに入店した従業員はどうなるんだ?

という疑問もでる。

 

そんな噂を聞くたびに自分自身が、

 

(ファック!!

なんでそんな所に入店してしまったんだ!?

無知とはなんて恐ろしい事なんだ!!

よりによってネオンの中でもとびっきりの所に入店しちまった!!!)

 

と後悔をしていた。

 

 

 

(保証期間が切れる・・・)


もちろん他人事ではなかった。

私も、もうすでに一か月以上経過しており、保証期間も残り二か月になっていた。

 

(このままだったらまじで飛ぶしかなくなるな・・・・・。

なんとかしねぇと。)

 

と考え始めていた。

 

 

 

ちょうど給料日(雀の涙)が終わった頃ぐらいに、

私とMさんはR華社長に連れられて、キャッチに出るようになっていた。

 

キャッチとは・・・

平たく言えばナンパである。

 

ホストのお客さんの来店予定が少ない営業中の暇な時間に、店外に出てひたすら女の子に声をかけるのだ。


そして

「新規は安いよ!」

という感じで、上手くいけば店に連れてくるのだ。

 

今までにBに来店した事がないお客さんの事を新規という。

その頃のホストは、どこの店もお客さんを増やす為に、新規料金という設定があった。

Bは新規であれば、

「5000円で飲み放題!」

(店によって3000円~10000円ぐらいの幅はあった)

だった。

(それでも声を掛けたその日に店に来る子はほぼいなかったが。)

 

以前の私はナンパなどできる様な男ではなかった。

実際キャッチし始めの頃はもじもじしているだけでなかなか声をかける事ができなかった。

(無視されたり、汚い言葉で罵られたりしたらどうしよう・・・。)

(さらにそれを周りに見られていたら恥ずかしいな・・・。)

 

とダメな政治家並の保身に走っている自分がいた。

 

しかしそれらを克服しキャッチ(ナンパ)が出来る様になった!

それにはいくつかの理由があった。

 

①R華社長に行けと言われる、怖いのでいくしかない。

そして以外と話を聞いてくれたりする子がいる、こんなもんかと自分に言い聞かせる。

 

②無視されるのが恥ずかしかったが、数をこなす内に所詮無視や、ウザイとか言われても二度と会う訳ではない。

うまくいけば二度目があるだけで、二度と絶対会わないであろう人にどう言われようか気にしていてもしょうがない。

といい聞かせる。

 

③明るく「ニーハオ。」と声をかけると10人中2人ぐらいは笑ってくれる。

そして最初に笑ってしまうと相手も一回笑った手前、ツンケンしづらくなる。

(もちろん残りの8人にはいつも以上に生ゴミでも見るような目で見られる。)

 

という理由だった。

 

結局は、自分の気持ちをどういう風にコントロールするかという事だった。

恥をかくよりも、恥をかくのを恐れて行動しない方が格好悪かった。


何度ニーハオを言った事であろう。

その期間だけは本場の中国の方よりニーハオと言っていたかもしれない・・・・。

 

しかし、やはりそんなに甘くなかった。

100人に声をかけて10人が電話番号を教えてくれて

その中のやっと1人の女性が店にきてくれればいい方

というぐらいの確率。

さらにその1人が新規以降も店に来てくれるかと言ったらその確率はさらに低くなる。

 

それはそうだ。

新規だったら一人飲み放題で5000円だが、二回目以降は座っただけで15000円はかかる。

新規と二回目では金額が違いすぎる。

(今思えばBは店の雰囲気に対して値段設定が高過ぎたように思うが・・)

 

 そんなキャッチの日々から一週間ぐらい経った頃、私はMさんと一緒にさらにキャッチをするようになっていった。

 

まず店が終了する。

昼ぐらいに起きる。

ナンパして連絡できる女の子を蓄える。

14時頃に少し休憩する。

16時頃また再開。

20時頃に終了。

0時から営業開始。

1時から3時ぐらいまで暇な日は店外にキャッチにでる。


というキャッチ漬けの日々であった。

その時間にはちゃんとした理由があった。

まず昼。

昼過ぎから出勤のヘルスの子などをキャッチする。

夕方は17時から19時ぐらいまでは夕方出勤のヘルスの子かキャバクラの女の子狙い。

 

21時頃にはヘルス・キャバクラ、どちらの子も店に入ってしまっているのでキャッチしてもあまり意味はない。

そして、出勤後の1時から3時はヘルスの仕事が終わった子をキャッチ、という理由である。

今思い出しても本当に頑張ったと思う。

毎日毎日そのような行動パターンである。

それだけ毎日キャッチをしていても、なかなか結果は出なかった。

店に来てくれる子はいるのだが、やはり2回目となると話は別だった・・・。

 

キャバクラやスナックでも一緒だと思うが、やはり高いお金を払ってお酒を飲むのであれば、洗練されていて、なおかつかわいい子の方がいい。

 

その時の私にはまだ2万、3万といった金額を使うのに値しないホストだったのであろう。

 

毎日の営業では、もちろんお酒を飲んでいる。


その頃になると私は営業終了後に店でそのまま寝たり寮で寝たりして、起きてから寮で風呂に入り、キャッチに行くというライフスタイルになっており、実家には帰らなくなっていた。

しこたまお酒を飲んで、それから電車に乗って帰り、また昼に起きて・・というのは無理だった。

 

スーツも1着しか持っていない。

週6日勤務で1着なのでやはり店で寝たりなどしていたら、休みの前々日ぐらいにはシワシワになっていた。

今思い返せば見苦しかっただろう。

そんな生活スタイルだったが、ガムシャラだった。


もちろん保証期間が終わるというのも理由にはあったが、


自分の中で頑張っているものを形として・・

結果として出さないとみんなに認めてもらえない・・・


結果が出なかったら、こんなに頑張っている事が意味を無くしてしまう、


と思っていた。

 

そうした考えもあって、キャッチの仕方も考えた。

人に聞いたり参考にして、慣れた頃には、Mさんと一緒にヘルスの近くで待機して女の子が出勤してくるのを待ったり、ヘルスから出てくる女の子をキャッチしたりするようになっていた。

ヘルスから出て来たら99%ヘルスの子だからだ。

 


もちろんあまり店の目の前だと、ボーイなどの店員に注意されるので、少し遠目の場所で待機。

女の子が出てきたら、店舗から離れた所あたりで必殺

「ニーハオ。」

である。

 

(だいぶ先の話ではあるが、店から出た女の子に声をかけていたら、

ヤ○ザっぽい人のキャデラックに轢かれそうになった。

おそらくヤ○ザさんの彼氏がいたのであろう。)

 

今思えば女の子からしたら迷惑な話だったであろう・・・。

 しかしこっちも必死だった。

 

売上0円になったら、給料0円になるという現実・・。

 

・・・それと、

「自分は頑張ったんだ」

という自分に対しての証明も欲しかった・・。

 

 

 

完全売上制になった時の事を考えると、

OLや一般の仕事の子が月に一回来てくれるという程度では、申し訳ないが到底意味がなかった。

月一回に2,3万の売上では携帯代金も払えない。

そうなると、やはり風俗の子しかいなかった。

 

OLと比べれば、収入が違う。

その上風俗の子は日銭が入るので、

 

(今日お金を使っても、また明日稼げばいいか。)

 

という感覚を持っている子もやはり多かった。

月一回の給料の暮らしをしていては、こういう考えにはならない。

日銭が入ると、やはり財布の紐も緩くなるのであろう。

 

 

 当初の目的である、「女」という事に関して言えば、

キャッチが出来る様になっただけでも大した進歩であった。

だけどその時の私はナンパが出来る様になった喜びなど忘れていた。

ナンパが出来る様になりたい、かわいい女と話したい、

という目的などとっくに達成していた。


それどころか

女性がお金を使ってくれるような男になる、

そしてお金を使ってくれる女性を手当たり次第に探す

という、

普通の仕事をしていたのであれば必要もないレベルを求める様になっていた。

 

勇気を出したあの日から……すでに何かが変わりつつあった。

 

 

そんな日々を送っていた最中に、Tさんも辞めた。Tさんの場合は、もともと週3ぐらいの出勤だったので、店側からしてもそんなに重要視をしていなかったのであろう。

今月いっぱいで辞めますという話をちゃんと伝え、円満退社であった。Tさんも、短いホスト人生だったが、Tさん指名のお客さんはできないままの終焉だった。

 

T「K、俺は今日で辞めるけど、頑張れよ!」

私「はい!本当にありがとうございました!やれる所まで頑張ってみます。」

 

入店当初は、本当にTさんのおかげで不安な気持ちが和らいだ。

入店初日に優しく接してくれたのはSさんとTさんだった。


ひょっとしたら、お客さんが出来ずにいる人間同士で、お客さんができない現実を紛らわせていたのかもしれない。

 

「ホストでは生活が成り立たないので辞める」

 

という、TさんやSさんのような人間は、夢見て入店してくるホスト達の中で特別な事ではなく、なんでもない日常だった。

 

みんなそれぞれの思いで踏み出した一歩だったであろう。

 

もちろん様々な仕事が世の中にはあり、

その中で際立ってホストという職業が特殊だとは思わない。


だが、初めの門を叩くにはそれなりの理由がないと、その一歩を踏み出しにくい職業ではあると思う。

自分で決め、勇気を出して踏み出した一歩の結果が出ず、店を去る気持ちは無念であったであろう。

 

私はまだ、あの堤防で黄昏る日々には戻りたくなかった。

 

ホストという仕事をして、

自分を指名してくれるお客さんがいないまま辞めるのは、

世の中に自分の価値を認めてくれる人間がいない様な気がしていたからだ。

 

 

・・・そしてまた、アイスと水をセットするのが忙しくなった。

 

 

Tさんが辞めた頃にはもう、3月終盤になっていた。

 

3月といえば人が色々動く時期である。Bも例外ではなく、新しい従業員が3名程入ってきた。

 

大学生スポーツ学科在籍の傍らバイトとして働くJUさん、


ホストを本業とするつもりで入店してきたKJさん。


色黒長髪のイケメンでホストが本業のJO。



やはり職業柄個性的な人間が多かった。その時期はたまたまだったのだろうが、JUさん、KJさん、JOは男の私から見ても魅力的な人間たちだった。

 

JUさんの年齢は、私の二つ上で、スポーツ学科の大学生らしく肉体に自信があり、酔っぱらうと腕立て伏せを掛け声と共に披露しだす様な人で、話もおもしろかった。

 

KJさんは私の一つ上で独特なクールな話口調でシュールなギャグを得意としていた。女の子が全く笑っていないのに従業員だけ笑っているという様な場面を多く作る人だった。

 

JOは私の一つ下で色黒でかなり明るい茶髪のロン毛のイケメン。

その頃の今時の子という感じだった。しかもノリもよく話もおもしろかった。

 

 

 

その3人が入店して少し経った頃には、3人とも仲良くなり、仕事をしていると思えないぐらい楽しい日々がしばらく続いた。

 

そして確かに仕事をしていると思えないぐらい給料も安かった・・・・。

 

入店してから2か月半ぐらいだったであろう。

今だに自分を指名してくれるお客さんもできず、

 

(自分なんかを指名してくれるお客さんなんかいるのか?

まじでこのままじゃ恥ずかしくて人に言えねぇ・・・。)

 

と焦っていた。

しかし無情にも保証期間は四月に差し掛かり終了した。

 

(来月からは固定給(雀の涙)がない!

携帯電話2ヶ月分未払だと止められるから、

4月はまだいいにしても、5月末には完全に停止する。

そうなったら・・・打つ手がない・・・。)

 

その頃には携帯のメモリーにはかなりの数の女の子の電話番号が登録されていたが、

「店に定期的に来てくれる様になる可能性がある子」

となると絶望的だった。

 

キャッチした子「店を関係なしだったら遊んでもいいよ!」

キャッチした子「え~。連絡もらっても私店には行かないよ?それでもいいならいいけど・・・。」

 

 

なんという皮肉!!!!神様はイタズラ好きだった・・・。

 

ホストをやる前は自分で

 

女の子とのコンパをセッティングできるようになりたい!

携帯電話に女の子の名前と顔が一致しないぐらい電話番号を登録したい!!!

ホテルの最上階でワインを飲みながら女を抱く・・・。

 

というのが目標だったのに!

ホテルの最上階で・・・という事以外はもうすでに実現しているのに・・・。


そんな浮かれている状態ではなかった。

生活そのものが懸かっていた。

 

さらに

(この人達(店のホスト達)ともっと一緒に仕事をしていたい。)

という、いつの間にか新しい気持ちも生まれていた。

 

 

保証期間が終了して、一か月経つか経たないかぐらいの頃、

その頃には季節もだんだんと暖かくなってきていた。

本格的にもう後がなかった。

 

ヘルスの近くで女の子に声を掛けるという行為がメインになっていた。

 

ナンパの延長で、もしうまくいったらお客さんになってくれるかな?

などと悠長な事をやっている事などはできなかったからだ。

 

このままホストを辞めざる負えない状況になってしまったら…

自分が後悔するのが分かりきっていた。


 

(俺はこんなもんなのか・・・・?)

 

堤防の時とは違う自問自答を繰り返していた。

 

「なんで人間は生きているのか・・・。」

「俺は何がやりたいんだろう・・・。」

 

という、以前の自問自答ではなくなっていた。

 

「俺はこのまま、ホストを辞めるのか?」

「自分を指名してくれるお客さん・・・・いや女の子がこの世にはいないのか?」

 

そのような事をキャッチの合間・・・女の子を待っている間にも考えていた。

 

ホストだけに関わらず、

人に指名してもらう・・・

指名してもらう価値がある人間になる…


人から自分を指名してもらうという難しさを痛感していた。

 

そんな迷いの中

「ニーハオファイヤーボンバー!」

とやけくそ気味に声をかけ続けていた・・・。

 


 

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