私はアラサーでセブ留学を終え、今カナダでワーキングホリデーをしています。
中学生のころから留学をしたいとずっと思っていましたが、
なかなか何もできずこれまで留学経験はありません。
そんな私がやっと一歩踏み出せた話です。
“人を動かす秘訣は、この世に、ただ一つしかない。
すなわち、みずから動きたくなる気持を起こさせること… これが、秘訣だ。”

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1.異文化への興味(小学生時代)
「そもそもなぜ海外に興味を持ったのか?」
単純に小さな憧れだったかも知れない
見たことない未知の世界への
元をたどれば小学生時代通った英会話スクールが始まり
小学生の頃、姉と近所の幼なじみと一緒に英会話スクールに通っていました。
遊びながら英語を学ぶスタイルで
特に勉強しているという意識はなく楽しんでいました。
今でも先生の名前は不思議と覚えています。
シェリー、アラン、ロン、ジョンの4人
そして私たちも英語の名前を持っていました。
例えば、私の名前はIrene(アイリーン)でした。
この英会話スクールの先生は私が初めて接した外国人
外国人と日本人、何か違うなあとぼんやり思いました。
日本人よりもっと楽しそうでオープンで自己主張がはっきりしている
ざっくりそんなイメージです。
また、学校のクラスメートにも英語が話せる子や韓国から来た子、
スペインから来たフラメンコが踊れる子がいました。
国際的な背景を持つ彼らは、人と違う個性を持つ目立った存在でした。
一方、私は授業で手を挙げることができない、消極的な生徒でした。
そんな私と正反対の彼らに対して、この頃から異文化に興味を感じ始めていました。
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2.外国への憧れと現実の問題(中学生〜高校生時代)
「海外に行きたいのであれば行くチャンスはいくらでもあったのでは?」
事実、チャンスはあったが、上手くつかみとれませんでした。
中学生の頃から、さらに英語に興味がでてきて留学したいなあと思っていました。
交換留学制度を利用したり、
高校は英語専門のコースに行こうかと考えていたこともありました。
けれど現実は時間がない、お金がない、勇気がない
ない、ない、ない
また、私の周りにはマイナスの情報しかありませんでした。
「留学できるのはお金持ちの人」
「将来の選択肢が狭まる」
「テロや治安のこと、海外ってやっぱり危ない」
「休学したら就職まで一歩出遅れてしまう」
家族や塾の先生にも興味があることを伝えたけど、勧める人はいませんでした。
なぜなら、それなりに勉強は頑張っていたので
英語学科の専門コースではなく普通科のもっと偏差値の高い学校も目指せたからです。
私「英語に興味あるんだけど、英語学科に行こうかな」
周りの大人「ふ〜ん・・・今英語だけに絞る必要ないんじゃないかな」
という答えがほぼ100%
そう言われてしまうと、
この頃の自分は私より経験を持つ大人たちのいうことに対して
自分の興味を押し切れませんでした。
人と違う道も選べませんでした。
結局いろんなシガラミがあって、何年もの間何にもできなかった私。
けど、気づいたのは何年たっても何かしらの問題や不安は消えない
待っていても時期は来ないということがわかりました。
親や祖父母の世代は、海外は危ないと思っている人が多いですが
最近は修学旅行で海外というのもあるくらい、多くの人が海外進出しています。
カナダでも修学旅行生に会いましたし、
その他、フィリピンでもカナダでも驚くくらい留学生に出会います。
国内にいる人に聞いても意味がないのです。
カナダのバンクーバーでは毎日日本語が聞こえてくるし、
小さな島の都市でさえ日本人のコミュニティがあります。
日本人がいないところを探す方が難しいです。
今日、それくらい海外に行くことへのハードルは低くなっています。
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3.初めてのヨーロッパ海外旅行(大学生時代)
「初海外はどのように実現したのか?」
何年たっても海外への憧れは消えなくて、
大学生の卒業旅行で“今”しかないと思い
やっとのことでヨーロッパ(フランス・イタリア)に友達と初めて海外旅行へ行きました。
正直、行き先はどこでもよかったのです。
一緒に行ける友達がいたこと、それだけが理由
海外に行ってみることで、自分の留学欲の変化も見てみたいのもありました。
初めてにしては豪華すぎるのだけれど
社会人になって会社を休める保証がなかったから
自分的でも思い切った決断でした。
もちろんこの頃も家族には反対されましたが、
今行かなければ今後行けないと思い
今回は今までとは違い、親を説得しました。
添乗員さん付きのツアーだけど初めの一歩
とっっっっっても大満足でした。
見たことない美しい建築やアート、有名な観光地
もちろん、怖い経験もりました。
電車に乗っていたら友達が財布を盗まれそうになりました。
しかも子供に
電車に乗る前に添乗員さんが
「子供でも蹴飛ばしてください」と言っていました。
最初は冗談で「え?」と思っていたが
なるほどと思った出来事でした。
特に私たち日本人は日本という安全な国で育っているため
どうしても気をつけていても隙があると感じます。
決してブランド物などは身につけていなかったのだけれど
がっかりしたことはゴミがあちこち落ちていて、
おしゃれな街のイメージとは違っていました。
だけど、やっぱりそういうのがおもしろいなあと感じました。
行ってみないとわからないこと
あとになって思い出深いのはそういう経験なんだと身にしみました。
これを機に、海外に対する経験したことのない漠然とした怖さというものはなくなりました。
ただただ自分の経験のなさと英語の不甲斐なさを実感し、
海外旅行によく行っていて日常会話は問題ない友達を羨ましく思いました。
旅行が終わった後、まだまだこんな世界があるなら見たいと単純に感じました。
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4.願望から気づき、現実へ(社会人時代)
「社会人になって留学したい、英語を上達したいという願望をどうすればいいのか?」
社会人になってからは休みを見つけて友達と海外旅行へ行ったり、
一人で海外旅行へも挑戦しました。
ありがたいことに会社からも何回か海外へ行ける機会がありました。
今まで海外旅行したのは
イタリア、フランス、タイ、アメリカ(ニューヨーク、ハワイ)、台湾、フィリピン、そしてカナダ
もちろん日本もすばらしい、国内旅行もたくさんしました。
数えて見たら、30都道府県ほど行ったことがありました。
でもやはり言語も含めて、異文化や新たな出会いが好きだということ
海外では想像をはるかに超えた経験がいつも待っているということ
他の国に行くたび、その国のことや文化、言語をもっと学びたいと思いました。
現地の人が何を話しているかわからない、何で笑っているのかわからない
それが不愉快でもありました。
私もその輪に入りたいな・・・沸々と自分の感情がわくのを感じていました。
だからこそ、私の場合は海外旅行では十分ではありませんでした。
社会人になったらお金を貯めて3年後には留学しようと思っていました。
だけど、自分の立場もどんどん責任が出てきたり、
仕事自体は好きだったので3年を過ぎてもただ日々が過ぎて行くだけでした。
日本には家族も友人もいるし、仕事もありました。
できる限り現状維持のまま自分を納得させたかったのです。
でも海外へ行った人、留学した人、ワーホリの人の話を聞くたび、
私も行きたいなあという思いが止まることはありませんでした。
「どのように実現したのか?」
日本で働いて社会人生活をしている中で、
自分の人生や気持ちについて考える機会が度々ありました。
今の目標、5年後、10年後の自分
身近な目標はあっても、未来に関して私はいつも何も見えませんでした。
友達「将来どうするの?」
私「結婚して子供がいたらいいな」
友達「仕事はどうするの?専業主婦?共働き?」
私「・・・・・・」
周りが結婚して、子供ができていく人が増えていく中、
自分の目標や夢を語れませんでした。
歳を重ねるにつれてそんな自分に焦りがありました。
「じゃあ、何が好きで何に興味があるのか」
振り返ることと、どうなっていたいか想像をすることを意識し始めました。
そしてある時、私は会社の上司に自分は有言実行するタイプだと答えました。
上司「なにか今後やりたいことはあるの?興味あることとか」
私「英語や海外に興味があります。ワーホリとか留学したいと思ってるんですけどずっとできていないんです」
上司「今まではやりたいことはやってきたの?」
私「そうですね。今まではやってきています」
その質問のやりとりがずっと私の中では残っていました。
今までもやりたかったことはやってきている
だから今回も実現するだろうと思っていました。
あの時口に出したから
ずっと心の片隅にあって今回私は実行に移せたんだと思います。
夢は口に出すと叶うと言われています。
これに関して、私は恥ずかしくてずっとできませんでした。
人からどう思われるかを気にしていましたし、
意外だと思われるのも、批判されるのも怖かったのです。
でもやっと意味がわかりました。
だからここ1、2年はすごく口に出しています。
「こういうことに興味があるんです」と
そうすると前進できるんです。
誰かしらアイディアをくれたり手を差し伸べてくれて、
嘘のように自然と情報も入ってきます。
自分の夢だから叶えるのは自分と思っていたけど
周りにも助けてもらって実現していくものでした。
要は、まずはこうなりたい、こういうことがしたいと思う
その想像ができること、熱意があること
そして口に出すなり、紙に書き出すなり自分と向き合う時間を作る
それを私ができたのが30歳目前のアラサーでした。
何歳からでも遅くはないと伝えたい
人それぞれタイミングがあって、
今行くことに意味があったんだなって思っています。
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6.まとめ
色んな人ともっとコミュニケーションをとりたくて
英語を話せるようになりたいと思いました。
文化を知りたい、新たな世界を知りたい
しかし、同時にたくさんのジレンマがありました。
海外旅行に行っても多くはツアーに参加するだけ、
安心だけどなんか違う
一人旅はかなり楽しくて、
自分で好きなことできて楽しかったけど、
ホテルやレストランでの必要最低限だけで
それ以外は誰とも話せませんでした。
自分の言いたいことがあるけど、
英語で伝えられないからやめてしまう
日本にいて外国人たくさん見かけるけど、
ただ見てるだけ
道に迷っている人に道を聞かれたけど
答えられない
たとえ英語が流暢に話せなくても
単語だけでも通じ合える
ジェスチャーだけでも分かり合える
実際英語が話せなくても生きていける世の中
インターネットがある今、たいていの情報は手に入れられるのも事実
道がわからなくてもGoogleで調べられるから、尋ねなくてもいい
だけど私はもっと話したい
自分の感情を自由に伝えたいし
逆に日本で困ってる人がいたら助けたい
だから英語を学び、
自信をつけたかったんです。
人ぞれぞれ目的も都合も違うから
私は “英語の達成度=ワーホリ・留学の成功” とは思っていません。
ただ海外へ行って良かったと思える経験をしたいし、してほしい
間違いなく世界が広がります。
そんな私もまだまだ日々格闘中
けれども、海外に来たおかげで知れた世界があり、
英語を学んだおかげで出会えた人がいます。
情報に溢れた世界で重要なのはやっぱりコミュニケーション
私にとって、大切にしたいものです。
英語も人と人とのコミュニケーションツールになればいいなと思います。
今ここに来れたのは、ワーキングホリデーの年齢制限ももちろん後押しになりました。
人よりお金があるわけでも勇気があるわけでも社交的なわけでもない

