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17/6/19

「元素の勉強」に驚きと感動を!!熱狂と興奮を!!とある塾長の実録奮闘記

Image by Olia Gozha

こんにちは、探究学舎代表の宝槻泰伸です。


突然ですが、子ども(小学校1年〜6年)に「元素の世界(化学)」を面白おかしく教えるとしたら、あなたはどんな授業をしますか??


このコラムは、「人類の叡智と自然の神秘」をいかにして伝えるか、「驚きと感動」をいかにして感じてもらうか、「熱狂と興奮の渦」にいかにして巻き込むか、というミッションに燃える、とある塾長の実録奮闘記(悪戦苦闘記)である。



※なおこのコラムは、2017年4月〜2017年5月にかけて延べ2ヶ月間にわたって実施された授業の実録(まとめ)である。


※探究学舎とは「驚きと感動の種をまく」をコンセプトに、既存の学習塾とは異なるプログラムを提供する東京都三鷹市の教室である。


※なおこのコラムの作者は約3年前に「強烈なオヤジが高校も塾も通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話」を本サイトに書き記して殿堂入り記事となった。もしよろしければご覧ください。





驚きと感動の元素編 序章


さて「元素」と言えば、「スイヘーリーベー♪」という例の歌と、あの奇妙な形の表が真っ先に思い浮かびますね。


注:奇妙な形の表 → 「いったいなんでこんな形をしているの?上の方の空白はなんなのよ!!(怒)」ってだいたいの人が思う周期表 ← あとこの名前にもイラっとくる。ストレートに「元素表」にしなさいよ!ってだいたいの人が思う(はず)。


世界の女子の半分が「ワタシもうイヤ!」となるであろう元素(化学)の世界。受験の時は頑張ったけど今はサッパリという大人が大半の元素(化学)の世界。この世界の驚きと感動って何なのか?どうすればそれをまだ幼い子ども(6歳)にも伝えられるのか?


そんな問いから出発する2017年2月、からの手当たり次第に元素の本を読みあさる。そしてアイデアが降りてくる。



そうか!今回はこの周期表を見て「美しい!!!」って思わせればいいんだ!!!



そう、散々調べ尽くした結果、ワタシには見えてしまったのだ。子ども達が周期表に熱狂するであろうその光景を!!!熱狂を通り越して発狂するであろう子ども達の姿を!!


よーし、やってやるぜ。12歳の少年にはもちろん、6歳の少女にも「先生!!美し過ぎて悶絶しそうですぅ!」って言わせてやるぜ!!


ってみなさんは周期表を見て「美しい!」と感動したことがあるだろうか?おそらく答えはNOであろう。その理由は「あなたが元素の世界をよく知らない」からでも「あなたに美しさを見抜く審美眼が備わっていない」からでもない。理由はシンプルで「周期表という知識との『出会い方』が良くなかった」からなのである。


大半の人は元素について学校で習う。「水素と酸素を足すと水になる」とか「水素・ヘリウム・リチウム・ベリリウムっていう順番はスイヘーリーベー♪で覚える」とか「それをまとめたのがこの周期表だ」とか、そういった授業を受け取る。そして思う。「つまらない」と。そうなれば、もはや周期表を見て「美しい!」と感動する余地など残されていない。だから大半の人の答えはNOとなるのだ。ではなぜ「つまらない」と思うのか?それにも理由がある。




「結論」を「覚えさせられる」からだ!!!




学校の授業も塾の授業も大抵の場合、「まずこれはこうなる」と結論を伝えてそれを覚えるように指示する。「水素と酸素を足すと水になる」という結論を、ともかく飲み込むように指導するわけだ。しかし私たちは、好奇心や探究心をもった人間である。当然「なぜそうなるの?」「本当にそうなの?」という疑問や好奇心が湧いてくるもの。しかしそうした心の動きは丁寧には扱われず、カリキュラムの進度に「こちらが合わせる(生徒が合わせる)」ことを求められる。


元素だけに限った話ではない。「分数の割り算は後ろをひっくり返してかければいい」「マイナスとマイナスをかけたらプラスになる」と、算数・数学の授業でも結論を覚えさせられた人がほとんどだろう。しかし必ず思ったはずだ。「なぜそうなるの?」と。しかし残念ながら、そうした疑問や好奇心はスルーされてしまう。




もし反対に、そうした疑問や好奇心に寄り添ってくれたとしたら?私たち学ぶ側に「あちらが合わせて」くれたとしたら?きっと多くの子どもが今より「納得」するはずだ。「なるほどね」と。しかし感動とまではいかないかもしれない。ではどうすれば「感動」を作り出せるのか?その秘訣は「つまらなくなる流儀(結論を覚えさせられる)」の反対をやることだ。




1:「謎」が「問いかけ」られる。


2:「過程」を「追体験」できる。





この2つの流儀をおさえるだけで、子ども達にとっては劇的な学習体験となる。本当に「すごい!!!」「やばい!!!!」「感動した!!!!!」となる。


では元素の世界(化学)で、具体的にどうやればいいのか??


ふっふっふ。実はこのとき、ワタシには秘策があった。それを説明するにはまず、この「魔術師」と呼ばれた男を召喚しなければならない!!いでよ!!




え??ダンブルドア??



そう思ったあなたは、なかなかいいセンスしてますね。ハリーポッターの読みすぎですが。この人物こそが感動を呼び起こす張本人、ワタシから子ども達へ向けて放たれる刺客、19世紀ロシアの科学者、ドミトリー・メンデレーエフである!!!



え?だれ??



そう思ったあなたは、普通ですね。こんな髭もじゃオヤジ知らないのが当たり前です。実はこの人物こそがあの周期表を作り上げ、その後の科学史に絶大な影響を与えた男なのだ!!!



え?だからなに??



そう思ったあなたは、勘が悪いですね。もうほとんどワタシの授業はネタバレしてます。先ほどの流儀を思い出してみましょう。



1:「謎」が「問いかけ」られる。

授業の中盤戦、子ども達はある程度、元素の名前やその性質を理解している。「元素かるた」なるアイテムを使って繰り広げられる「かるた大会」に熱狂し、1つでも多く取ってやろうと夢中になって元素を覚え出す。かるたの表には元素の美しい写真が、裏には元素の名前の由来などの説明が書いてある。できる子は既に60枚近い組み合わせを暗記している。


しかし子ども達はまだ周期表はこの目にしたことがない。彼らにとってはまだ、元素の世界は無秩序に広がっているに過ぎない。そんなときに謎が問いかけられる。「もしこの元素カード(かるたのカード)の並び方に正しい順序があるとしたら、それはどんな順序だろう??」と。


これは少し説明が飛んでしまったが、子ども達の「謎が問いかけられる」体験とはこんな感じだ。いま彼らの目の前には数十個の元素が「カード」という形で無造作に並べられ、「かるた大会」なる競技に時を忘れて取り組んでいる。そんなとき!!「その無造作な並びに正しい順序があるとしたら??」の謎かけは、子どもの心を虜にする。なぜなら「考えてみたくなる謎」だからだ。


「え?カードに正しい並び方なんてあるの??どれどれ〜?」となる。十中八九だ。そうなれば「知りたい!」「どうやるんだろう!?」という好奇心が子どもを突き動かすことになる。


実際の授業の様子。みんなで手を動かしながら、正しい順序についての話し合いが始まる。


まっすぐ一直線に並べてみたり、ぐるっと輪にしてみたり。「表」というアイデアすら知らない子ども達は自由な発想でカードを並べてみる。しかし容易に答えは分からない。そんなとき!ここぞとばかりに第2の流儀発動!



2:「過程」を「追体験」できる。

元素カードの正しい順序など普通は見抜けるわけがない。というよりも、そんなものがあるなどと考えつく方がおかしい。だからこの謎は子ども達の中からは浮かんでこないのだ。そういう謎こそ問いかけるにふさわしい。ではどうやって、自ら思いつくはずもない謎の、その答えを求めて挑むのか?そこで登場するのが先ほどの科学者ドミトリー・メンデレーエフだ。


「実はこのメンデレーエフこそ人類で初めてこの順序を見抜いた人なんだ。ではどうやって彼はその順序を見抜いたのか??実は彼も君たちが持っているものと同じような約60個の元素(当時発見されていた全ての元素)のカードを手作りして、それを並べ換えるカードゲームをやってみたんだ!!さあ、君たちもメンデレーエフになったつもりでカードゲームにチャレンジだ!!」


※本当にメンデレーエフはカードゲームをやった。しかも一人で!笑

とけしかける。つまり、周期表という結論を先に見せて覚えさせるのではなく、それは謎として伏せたまま、それを過去の偉人が発見する過程を追体験できる、というわけだ。ここまでくればワクワクドキドキ。「よーしやるぞ!!」とみんなの気持ちに火が灯る。


ところがいきなり「60枚のカードを一気に並べてみよう!」とすると、子ども達は途方に暮れて課題に対する情熱を途端に失ってしまう。簡単すぎると飽きてしまうが、難しすぎると諦める。これは古くはヴィゴツキーの「最近接発達領域」としても有名だが、最近ではチクセントミハイの「フロー理論」でも指摘されている人間心理だ。


1. 自分の能力に対して適切な難易度のものに取り組ませる


取り組んでいる内容が、自分の能力と照らしあわせて難しすぎず、簡単すぎず、全能力を出しきることを要求されるレベルにあること。
そして、それをやり通すことによって、その自分の能力が向上するような難易度であること。


というように、その場の状況・子どもの知能に合わせて課題のレベルをチューニングする。具体的には複数のステップに区切り、いくつかのヒントを提示して、段階的にゴールへと近づけるように体験をデザインする。


ステップとヒントによって、徐々に正しい順序が見えてくる。子ども達もゴールが見えてきて、今後の展開にワクワクドキドキだ!


そして最後の決め手はこれ。さも自分たちで元素の美しい並べ方=周期表を作り上げたように錯覚させること。この最後のポイントは非常に重要だ。なぜなら人は他人から教えられるよりも自分で発見する方が気持ちいい生き物だからだ。


勉強のコツだろうとビジネスの法則だろうと「もしや!」と思うときは、人生の中でも心踊る瞬間だ。だから子ども達は、自分の力で「できた!!」「見つけた!!」という瞬間に快感を覚え、その対象には深い愛情を抱く。


よく子どもがその辺の石や貝殻を拾ってきて大事にする心理も同じである。教わるものは他愛もないが、発見したものは愛しい。この心理を巧みにつくのだ。


自ら見つけた元素の順序を眺め、きっと子どもは得意げだろう。そして完成した表を眺め、きっと愛しい感情を抱くに違いない。その感情はやがて「美しい!!!」という感情に変わるのだ。




さらに!!




多くの人に実感はないだろうが、周期表こそ人類が長年に渡って求めてきた「この世界の素とは何か?」との謎の答えであり、人類の知の結晶なのだ。古代の時代から、人はこの世界を構成する素について考えを巡らせてきた。古代ギリシャ人は「火・空気・水・土」こそが全ての源だとする、まるでポケモンのような世界観を構築して納得する。そこから2000年、いまから約400年前に初めてギリシャ人の世界観にヒビが入れられる。一度壊れ始めた世界観にブレーキをかけることはできない。人類は次々と元素を発見し、世界を構成する素はもっと多様であることを知って驚嘆する。そしてさらに、その多様な元素の世界に「秩序と原理」があることを知って再び驚嘆する。その秩序と原理を求めた探究がメンデレーエフによって始まり、今なお続いているのである。


そんな壮大なドラマに触れて、心が震えずにいられるだろうか?驚きや感動を感じずにいられるだろうか?



周期表を巡る旅。


それは人類の知の大冒険なのだぁぁぁぁ!!




と、一番言いたかったことを言わせていただきましたが、とにかく!そんな壮大なストーリーつきなわけです!!これで感動しない方がおかしいぜちくしょう!!


さて、このコラムの趣旨に戻りましょう。


このコラムは最近よく耳にするアクティブラーニングとやらについて、「ワタシはこんな授業だと思ってるけどどうよ!?」とモノ申しつつ、そんなことより「子どもが最高の学習体験を得る」とはどういうことなのか?についてのとある塾長の思索の記録である。教室で実施された元素の授業を図や写真を用いて詳細に記録し、どんな哲学やテクニックを用いれば「最高の学習体験」を子どもは受け取ることができるのかを浮き彫りにする。


ときには従来の学校的学びを批判することになるだろう。賛否両論あるだろう。でもこのコラムがきっかけで読み手である保護者・教育者・学生・そのほかの教育に関心がある人に、何らかの気づきがあればと思って書き記す。


さて、授業の柱は決まった。自分で周期表を作り上げる(という錯覚を得る)体験。そして周期表に愛おしさを感じ、美を感じる。このユーザー体験を作り上げる授業、それが「元素編」じゃあ!


ではこの体験を山の頂に位置した場合、スタートはどこから攻めるべきか?どんなルートで頂を目指すべきか?それではここからは実際の授業の実録をご覧いただこう。





驚きと感動の元素編 第1章


元素という世界に対して、どこから道案内を始めたら良いだろう?そもそも「元素」という言葉を聞いたことも「世界の素」というコンセプトをもったこともない子どもに、どこから攻めるべきか?


いくつかの選択肢があったが、ここはダイレクトに「元素」という言葉から攻めて見ることにした。


注:プロジェクターで投影される資料です。

まずはタイトル画像をババーンと表示。


ワタシ「さあ!今日から元素編がスタートします。みんな元素って言葉聞いたことあるー??」

「う〜ん、知らなーい」

「あ!俺それ聞いたことある!」


とまあこんな感じでやんわりスタート。1〜2分やりとりしたところで問いかける。

これはジャブから展開したちょっと攻め気味のストレート。グループで元素について話し合ってみようと指示をする。ポイントはお互いに知ってることを共有させること。もちろん的確な知識が出てくることはほぼないのだが、ここで対話をすることにより「元素」という言葉・コンセプトがぐーっと自分に近づいてくるのだ。テーマが他人事のまま進めるのではなく、少しずつ自分事化させながら徐々に掘り下げるのが基本。そして対話は自分事化を進める力強い手法。

「はい!じゃあどんな話し合いになったか教えてー」

「えっとー、元素っていうのをくっつけるといろんなものを作ることができる!そういうやつ!!」


だいたいこういう時は自信があるでしゃばりな子がでてくる笑。そして結構ポイントをついてくる。


「ほほ〜!元素ってくっつけることができるんだ!じゃああれも元素かな?アイハーバーペーン、アイハーバーアッポー、ん〜〜っあぁ!アッポーペーン!!PPAPだとペンとアッポーをくっつけてるから、ペンとアッポーは元素だね!!」

「(へぇ〜、そうなんだ)」


何も知らないピュアな子はなるほどという顔をしている。


「いや違うって!ペンとアッポーは元素じゃない!」

「なんでなんでー?だってくっつけるといろんなものを作ることができるのが元素なんでしょ?だったらペンとアッポーは元素じゃん!」

「いや、だからぁ!!う〜ん・・・」


基本的には問いに対してどんな回答が返ってこようと全力で受け取る。そして全力で攻める。切り返す。ここでの狙いは、誰も正確に元素を説明できないという状況を作り出すこと。そうすることで、「じゃあ元素ってなんなんだ?」と、心の注意が集まってくる。


授業というのは知識をベルトコンベアのように運ぶことではない。そこにあるのは呼吸でありであり人間の心理だ。「う〜ん・・」「なぜ?」「知りたい!」「わかりたい!」という子どもの気持ちがあって初めて成立するもの。つまり知識を触媒とする心の体験なのだ。だからこそ、心の動きを作り出し、適切なタイミングでテンポよく次の展開へと進める。


「では教えよう。元素というのは「地球の材料」のことなんだ!」


「(へぇ〜、そうなんだ)」

「そうそう!俺が言いたかったのはそういうこと!」


ここでは「全ての物質を構成する最小単位の・・・」などと正確な知識は扱わない。そんなことをしても「は?」「わからないヤダ!」となるだけでむしろマイナスだ。だからここはサクッと「元素=地球の材料」と定義して、子どもの心理に「なんだそういうことか」という納得をつくる。その納得を足がかりに、じゃあ「元素=地球の材料」なら具体的になんだろう?と問いかける。


ここはテンポが重要なので、こっちから「地球の材料といえば、空気とか石とか土とか水とかが思い浮かぶよね!こういうのを元素っていうのかな?」


「あーそうだ!これ元素だ!」


もちろんこれは元素ではない。でも「地球の材料」と伝えたのだから、ここでいきなり「テクネチウム!」とか登場しようがない。繋がっている糸を確かめながらちょっとずつ。時に間違えながら、紆余曲折経ながら、徐々にゴールへと近づける。まるで主人公がボスを目指して冒険するかのように。


たまに学者や教師の中にも「正確な知識をきちんと身につけさせること」が授業の役割だと思っている方がいらっしゃるが、それは甚だ見当違いだ。授業の役割は興味を喚起することであり、正確な知識を身につけるのは本人の課題なのである。もし授業を通して「知りたい!」いう気持ちが芽生えれば、あとは本人が自分の力で知識を身に付けるだろう。授業を通して「相対性理論」についての「知りたい!」を作れれば、あとは本人次第。どこまでいけるかは彼次第なのである。しかし逆に、授業を通して「相対性理論についての正確な知識を身につけさせよう」としたらどうなるか。それこそ解説ばかりの退屈な授業となり結局どちらの効果も得られない。


新しい世界に人を案内してその素晴らしさに魅了されて欲しいとき、正確さという道(一直線の近道)を選んで案内することほどヤボなことはない。それよりも「この先に何があるんだろう?」とワクワクドキドキする曲がりくねった道を選ぶべきだ。そうなれば相手の方から「早く連れてって!あの先の景色を見たい!」となるだろう。その気持ちこそが、道の途中で本人が正確さをも手に入れる原動力となる。


元素=地球の材料=空気・石・土・水??となったところで、それでは地球の材料である元素をいくつか紹介しよう!という展開に。


炭素、子どもにとっては炭。


金、誰にとっても金(笑)


これは知らない子もいる銅。そしてこれらの元素は私たちの身の回りで使われていることを伝える。




こうして少しずつ元素の世界に子どもたちを連れ込んでゆく。そして10個の元素を紹介し終わる。




「では誰が一番最初にこの10個の元素の名前を覚えられるかな?よーいドン!」


「よーいドン!」という掛け声は面白いもので、ほぼ十中八九何の説明もなしに競争を始める魔法の合言葉のようだ笑。一生懸命覚え始める子どもたち。ちなみにこの10個をとりあえず暗記させることが第2章以降の布石となる。ところで、なぜこの10個なのか?実は古代より人間が発見していた元素がこの10個なのだ。アンチモンというのは、細かくすりつぶして粉にしてエジプト人が化粧の道具として使っていたようだ。


よく見るエジプトの壁画の濃いアイラインと眉毛は、アンチモンの粉を塗りたくって作られたもの。元素記号はSbだが、ラテン語のStibiumから由来し、意味は「眉墨」。あのクレオパトラも愛用していたという。こんな小話も入れながら古代から親しまれてきた元素を手に入れた子ども達。レベルアーップ♪


しかしここでふと我にかえる。


「ねえねえ、でもこの10個って地球の材料って思えないんだけどー」


イエーーース!!!ザッツライ!!!そうだよね!!地球の材料ってんだから水とか空気じゃんね!こんなマニアックな素材達が地球の材料って言われたってピンとこないぜこんちくしょう!!その心の動きを待ってましたぁー!


「実は君たちが思う通り、この10個の材料は地球の材料というより、身近にあるものぐらいにしか思われてなかったんだ。じゃあ昔の人は元素って何だと思ってたんだろう?」


ここで古代ギリシャ人登場。

タレス「全ての源は水だ!」

アナクシメネス「全ては空気からできている!」

ヘラクレイトス「火じゃぁ!火が根源じゃあ!」

クセノパネス「いや土じゃ。命は全て土から生まれる。」


ギリシャ人達の熱きバトルが繰り広げられる。もちろん証拠なんてない。哲学者達が観念的にぶつかりあっているだけ。当然子ども達も「は!?」「バカじゃねー」「確かにそうかも」とそれぞれの反応。そんなときに超人現る。



知の巨人にして万学の祖、アリストテレス様!!

彼がこうした議論に終止符を打ち、元素とは「火・空気・土・水」の4つであり、これを「四大元素」と呼び始める!(注:正確には五大元素説を唱えたのだがややこしいので正確さは捨て!)


アリストテレスの四大元素説は現代人にとってはバカバカしい話かもしれないが、当時の人にとっては画期的なプレゼンだった。


地球上で親しみのある現象、温・冷・乾・湿。この4つの現象と四元素は互いに密の関係にあると説明する。火は温かくて乾いた性質があり、逆に水は冷たくて湿っている。こうした身近な現象と四元素は相性がとてもいいのだ!


さらに!!


木に傷をつけると水が出てくるし、燃やすと煙が出てくる。そして燃えた後には灰という土が残る。だから木は「水・空気・土でできているのだぁ!!」と説明する。


これだけじゃない。他のものだって全て四元素で説明できるのだ!


溶岩は岩から出てくるから土の成分があり、火のように燃えさかり、水のように流れていく。こんな感じで四大元素は画期的な説明のように思われた。しかもポケモンのようで何だか馴染みやすい笑。



かくして!!!



地球の材料、この世を構成する素となるものは、四つの元素である!という教義が打ち立てられる。



ここまでくると子ども達もその威力に圧倒される。「これ信じる人ー?」という質問には、学年にもよるが結構な人数が手をあげたりするものだ。確かにこの説明、直感的でわかりやすい。さっきのアンチモンとかよりはよっぽどましだ!笑


しかしこの説得力があだとなる。アリストテレス以降、人類は約2000年もの間、この教義から離れることができず、真実は闇に葬られたままとなる。もはや、誰かがその暗闇へと勇気を持って踏み込んで、真実を覆い隠したベールを拭い去るしかない。



そんなとき!!!



ついに一人の勇者が現れたのだった!


大人なら「ボイルの法則」で知っている人もいるかもしれない。いったい彼はどのようにしてベールを拭い去ったのか!?


彼は四大元素のうちの一つ、空気に着目する。ここで子ども達にも元素について新情報を提示。


「元素っていうのは、それ以上分けられないものじゃないとダメなんだ。金はどこまで細かく分解しても金。だから元素。じゃあ空気はどうなんだろう??」

「もしかしたら空気って元素じゃないのかなぁ!?」


しかし空気が元素かどうか調べるといってもいったいどうやるんだろう?ボイルは空気を使ってある実験を試みる。いったいそれはどんな実験なのか?まずはボイルが使った実験器具を見てみよう。


ほほー!何やらわけのわからない道具だらけ。いったい何をしたのやら。ここでもし、気がつくような人がいたら大分センスの良い人だ。今すぐ科学者の道へ転職しよう。


実はこの実験道具、真空を作り出す道具なのだ!中央にある丸いのが瓶、その上にあるのがポンプだ。空気を調べるにはどうするか?ボイルのアイデアは「空気のない状態はどうなるか?」を調べることにより、空気とは何か、どんな性質なのかを推測しようと試みた!!


「昔の人って、あったまイイ〜!」


そして彼は、人類で初となる真空実験を開始する。まず彼が観察したのが、真空状態にある時計だった。


注:瓶の中は真空と思ってください。



「では問題!(ジャジャンという効果音)真空の瓶に入れられた時計は、この後どうなったでしょーか?グループで話し合ってみよー!」


この質問により、子ども達の頭はフル回転を始める。
ついにエンジン始動!!ガンガン乗り始めてきたぜぇ!!


なぜならこの瞬間こそが最高の学習体験に必要な、あの流儀が発動された瞬間だからだ。



1:「謎」が「問いかけ」られる。

そう!人間は、特に子どもは謎が大好き!意表を突かれるような瞬間に、心そそられる謎が問いかけられれば、それはもう手に取る以外にないのである。考えたくてしょうがない。実際にこのコラムを読んでいるあなたも問題を読んだ瞬間に「えっと、ちょっと待って、どうなるんだろう?」と考え始めたのではないだろうか?


しばらくすると、決まってでしゃばりな、しかも男の子が、手をあげて注目を集めようと動き出す。ちなみにこういうときの男子の心理は、自信があるから、ではなく、自分のアイデアに注目を集めたいから、ただそれだけだ。


「俺わかった!!時計の針が逆回転を始める!!!!(ドヤ顔)」


でました!!珍回答その1:逆回転


「マジっすか!!時計の針が逆回転ってことは、時間が逆向きに進んじゃってるよ!ってことはどんどん時間が昔に戻ってる!うわ!やばい!タイムスリップしちゃってるよー!アインシュタインも驚きの大発見だぁ!」


とまぁこんな感じで、子どものテンションを下げないように注意しつつ、珍回答を拾い上げてあげる。この行動が呼び水となって、堰が切られる。


「あ!!わかった!!時計の針が止まる!!(やっぱりドヤ顔)」


でました!!珍回答その2:停止


「逆回転かと思いきや、今度は針がとまっちゃったぜーい!真空には物を止める力があるってことか!?もしそうだったら空気のない宇宙にいった宇宙飛行士達はカッチンコッチン、そりゃたいへんだぁ!!」


どうやら針の動きは関係なさそうだと悟り始める子ども達。すると何を思ったか、こんな珍回答が炸裂する。


別男子「これしかない!!爆発だ!!(ちょっとふざけてる)」


でました!!珍回答その3:爆発


「ドッカーーーーン!!って、おいおいおい!君は何を聞いていたんだい!?真空に爆発させる力があるなら、やっぱり宇宙飛行士は宇宙に行った瞬間にドッカーンだぜぃ!」


というわけで、正解は子ども達からは出てこない。ではボイルはいったい何を見たのか??実は、正確には見たのではない、聞いたのだ。


「正解は、時計のカチコチっていう音が聞こえなくなった!でしたー!!」


ここで高学年が相手だと、だいたいこういうリアクションがかえってくる。


「あーー!そうだった!音って空気を伝わって聞こえるんだった!そりゃそうだ!」


そう、音は振動、その振動を伝える空気という触媒がなければ音は伝わらない。その事実は、歴史的にはこんな風に発見されたのだった。


ところで、なぜ子どもから正解が出てこなかったのか?感のいい子ならわかりそうな問題なのになぜだろう?実はここには周到に用意された罠があったのだ。思い出して欲しい、問題の文章を。


「では問題!(ジャジャンという効果音)真空の瓶に入れられた時計は、この後どうなったでしょーか?グループで話し合ってみよー!」


そう、子どもたちが問いかけられた謎は「時計はこの後どうなったか?」なのである。決して「ボイルはどんな事実を発見したか?」とか「ボイルは何を聞いたか?」ではない。「時計がどうなったか?」なのである。


このように問いかけられると、人間の心理はボイルには向かず、時計にのみ意識が集中し、時計そのものの変化について考察を始める。だから「逆回転」「停止」「爆発」という推測がなされるのである。もし問題の内容が「ボイルが・・・」と主語を時計でなくボイルにしたら、人間の心理は時計ではなくボイルに向かう。ボイルはどうしたんだろう?と。


しかし実は、この問題は答えに対して一直線だが、面白くない。つまり考えたくなる謎ではない。だから子どもたちの頭はフル回転にはならず、「わかんなーい」とか「こんな感じー?」とか結構冷めた感じで終わる。そして誰か知識のある子が正解を言って終了。要するに場が動かないのだ。


しかし答えに対してストレートではなく、カーブを投げたらどうであろう?あの騒ぎである。時計はどうなったか?なんと想像力を駆り立てられる質問だろうか。ああかもしれないこうかもしれないとアイデアが湧いてくる。しかも正解を伝えられた後の、知識を持った子どもの悔しそうだこと。そうやって悔しいと思った気持ちが、知識(この場合は音と空気の関係)をより意識の底へとすり込むのである。


学校の教師の世界には「発問」という言葉がある。これはつまり、授業のどのタイミングでどんな質問を発するか?という授業デザインのための専門用語だ。この視点は大変に重要で、質問の言葉使いやその順番が違うだけで、場が動いたり動かなかったりする。最近、企業研修の世界やワークショップの世界で何かと注目を集める「ファシリテーター」と呼ばれる人たちも、次にどの質問を投げかけるべきか、そこに一点集中することがよくある。それくらい、クリティカルな問いは人間の思考を左右し、支配するのだ。



さて第一問が終了したところで、次の質問。


時計の結果に驚いたボイルは、次は「空気がないところで生き物はどんな風に飛ぶのだろう?」と考えて、ミツバチを入れてみることにした。


さすがにこの問題には子どもも罠にはハマらない。「うわーかわいそう!」とか言いながら、ミツバチは空気が吸えなくて死ぬ!と一直線に答えを出す。確かに空気がないと呼吸ができなくて苦しくなる、という知識は日常的に体験できるので幼児でも知っていたりする。一方で、空気は音を伝える、これはなかなか体験できない。知識のレベルがひとつちがうのだ。


しかしボイルにとってはこれもまた驚くべき結果だった。そのくらい当時の科学的知識というのは貧相なものだったのだ。きっと変な風に飛ぶミツバチを想像していたら、突然死んで、裏切られた!!という気持ちだったのだろう。


しかしボイルは納得しない。小さい体だったからでしょ!?でかい生き物ならきっと死なずに変な飛び方を披露してくれるだろう!!そう思ったのか今度は小鳥を閉じ込める。



「虫ならまだ許せるけど、これは許せない!!」


うん、その線引きはどこでしてるんだろうね?生物学的にはどちらも命、ライフですが何か?まぁでもなんとなく気持ちは分かるよーー!


そしてボイルは色々と試していくうちに、ロウソクの実験によっても一つ知識を手に入れて、空気には3つの性質があることを突き止めたのだった。



さて、話の流れは四大元素という教義をどのように打ち倒すかだった。そこに難題に立ち向かったボイル。ではボイルの発見はどんな効果をもたらしたのか??


四大元素説をぶち壊す!という程度の衝撃は与えられなかったものの、この発見によって多くの科学者が「空気」について興味を示すようになる。「燃えることと空気にはどのような関係があるのか?」といった好奇心は、まさに酸素や二酸化炭素を発見する大いなる原動力となった。こうして科学者たちは、どうやら空気は単純に1つではなく、大きく分けて4つの種類がありそうだ!というところまでたどり着く。


さて、今では耳慣れない名前だが、それぞれいったいどんな空気(気体)の名前だろうか?



ここで!!!



ついに元素編初の実験ターーーイム♪やっぱり化学なんだから実験しなくちゃね!というわけで、子どもたちの眼の前で4つの空気をそれぞれ発生させるという実験を敢行!!そして眼の前で生成された4つの空気が、上記の偉人が発見したどの空気と対応するか推理せい!!というワークを実施した。


一生懸命、4つの空気を生成するワタシたち笑。



3番の空気は、謎の緑色の液体から発生しているぞ!いったいなんだこれ!?


10分ほどかけてようやく空気の生成に成功。この難問に正解者は出るのか!?




もちろん偉人たちの名前がワケワカメなので、4つの空気と完全に一致させることは難しい。それでも子ども達は楽しそうだ。重要なことは当てることではなく、4つの空気の正体に好奇心を注がせること。そうやって十分にひきつけた後で、それぞれの性質や正体を明かせば、子どもの心にはしっかりと印象付けられる。


いくつかのやり取りを経て実験終了!答えは以下の通り。



さて、こうして空気とは色々な種類があることが判明し、四大元素説にほころびが出始めた!!四大元素の一角、空気は「これ以上分解できないもの=元素」という定義に反することになったぞ!!


しかしこの一撃だけでは、長年信じ続けられた教義は打ち砕かれない。もっと大きな衝撃、痛恨の一撃を加えなければ、偉大なる四大元素説を打ち砕くことはできないのだ!!



では誰が??



その一撃を加えた人物こそがこの人。

化学という世界の扉を初めて開いた人物、そして科学会に燦然とその名を残した人物、アントワーヌ・ラボアジェである!!!


彼は誰もが納得せずにはいられない、四大元素は間違いである証拠を突きつけた!!




果たしてその証拠の中身とは??


それはどうやって手に入れたのか??





第2章へとつづく。


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暗い話ですいません。最初に謝っておきます。暗い話です。嫌な話です。ですが死は誰にでも訪れ、それはどのタイミングでやってくるのかわかりません。...

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