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17/2/19

第九回 記憶の扉 ~ゴルフリハビリ~

Image by Olia Gozha

2009年、Yahoo Blogの記憶の扉


2008年6月


発病して2年半がすぎた




退院して、もうすぐ2年がくる




意識を失い自分を認知できるようになったのは、発病後2ヶ月をすぎていた頃だった








全身が、麻痺で動かなかった




薬物治療は、続いた




手が、動くようになった





ベットの上で、ゴムボールとセラバンドを使ってリハビリを始めた




動かない脚にセラバンドを引っ掛けて、引っ張って、疲れれば寝て、引っ掛けて、引っ張って、疲れて寝て、ベットの上で24時間…




この繰り返しの日々を過ごしていた




数週間がたった頃






そのうち車椅子に乗る訓練が出来るまでになった








リハ室でのリハビリが出来るようになり




その後、リハビリ病棟のある病院に転院することになった






入院制限により、8ヶ月の入院生活を終えた




杖を2本突きながら、退院した






退院後半年がすぎた夏頃に球を数回打った




その後、パター、アプローチをしながら歩いた




2010年2月ユーチューブで記録しながらスイングの研究を始めるようになった




Tiger Woods,How I Play Golf




Ben Hogan,モダンゴルフ




何かに取り付かれたようにスイングの研究をした






あれから、もうすぐ1年がくる




身体もスイング技術もよくなった






Ben Hoganは、文明の利器があれば10年はやくゴルフスイングを理解する事ができた




レッドベターは、現代では2年あればゴルフスイングをマスターできる






私も現代社会の利器や情報の恩恵により、身体障害者でありながら身体を少しづつ取り戻し、




世界最高のゴルフ技術を得ている






この身体で…




1年足らずでここまで打てるようになった技術






この技術に出会えたことに心より感謝している






そして、これからもさらに回復と技術を極めていきたい








2008/1/31退院


退院後1年あまりで、球を触れたのは指で数えるほどでした




2010/2


1年前にyoutubeを使いBen Hoganの研究をはじめた




退院当日に杖でこけないようにスイングをしてみた




あれから2年の月日が過ぎた






病後にゴルフスイングを創ってみて思う




ある一定のゴルフスイングを作ることは簡単だ




ゴルフスイングは、スイングエネルギーを感受して身体に反応させればいい





レッドベターが言っているように現代の利器があれば2年もすれば、ゴルフスイングを体得できる






現代において




ゴルフスイングは、簡単だ






難しく思う人は


基本と


作り方をしらないだけかな






レッドベターの言っている2年...


現在、1年が終わった




これからの1年で、普通に歩けるようになり


スイングのレベルも上げて行きたい




これからも世界最高のスイングを求めていこう


病気を発症したのが、2008年6月…もうすぐ3年か…




病気をしてから、6月が近づくと今年も1年が終わるなと思うようになった




医師からは、後遺障害は残ると宣告されている




悪あがきだが、リハビリをあきらめたらそこで終わりだ




リハビリでプールやトレーニング、ゴルフスイングなどをしている








3年間…何度もココロが折れた




ゴルフスイングに助けられ何度も折れたココロをつないだ




これからも何度となくココロを折られるのだろう




しかし




何故だ




何故、普通に歩けない…




後は




頭の痺れ




下肢の痺れ、痛み






ここまであばら骨を締め付けるしびれ、痛み、全身の痺れ痛み、痙攣、ひきつけ、耐え忍んで一つ一つ乗り越えてきた…






時は、もう3年をすぎさろうとしているのに…






身体を壊す前の映像を見て…もう取り戻すことは出来ない…




生きなおそうと生きているが、ココロが…泣いている






答えを求めているわけではないが




何故、あんな状態で死なずに生き残ったのか…今も考える






もうすぐ3年






また、新たに今を生きていく


2008/6


ADEM発病


あれから、3年がもうすぐ来る




10万人に2.5人の発症率




同じような時期に…




同じような年頃の…




二人が、Blogの世界で出会った






最近では


Hiroseさんが、今年の4月に車椅子で職場に復帰、社会に適応する為に奮闘中




私は、1本杖で社会に適応しながらリハビリを行っている








お互いに瀕死の重体から、地べた這いつくばって病院を抜け出した




やっとの思いで抜け出しても…そこには…




病院の山を越えても、また山があった…






しかし…






俺達は、山に臆せず




また、這いつくばって山を上っていく








俺達は、世界が変えれると信じているから…










病後3年を迎える




感染症(風邪)からADEMを発症した




HCUで2週間生死をさ迷っていたらしい




脳死状態になるかもしれないと…








意識が正常に認知できるようになったのが2ヵ月後だっただろうか…




全身が麻痺していた




動かなかった






3年が過ぎた




医師の回復予測の通常は、寝たきりか車椅子




運よく水中リハビリを病院で受けることが出来た




8ヶ月の入院で、杖を2本突いて退院できた




その後、自分でリハビリを続けた






退院後、半年が過ぎた頃に




友人プロゴルファーの薦めで言われていた




趣味のゴルフをリハビリに取り入れた






はじめたころは、腰までクラブを持ち上げようとしたら転倒したものだ




何度も転倒して、地べたはいつくばって立ち上がってきた






事故の後遺障害から奇跡の復活を果たした




Ben Hoganの技術に出会い




こんな体の私のゴルフ技術は飛躍的に向上した






こうして生きる希望を与えてくれるゴルフを




もう一度プレーする事を可能にしてくれた




Mr.GOLF 




BEN HOGAN






THANK YOU




これからもBen Hoganの技術を極めて、生きる希望を見つけていきたい










リハビリ3年が過ぎた





最近は、気力がわかない




何もしたくなくなる






4年シーズン目に突入…




死ぬ日までリハビリを続けないといけないと思う








この3年間ここまで頑張れたのも






お互いに同じような時にADEMを発病して、お互いに集中治療室で2週間ほど生死をさまよい




お互いに重篤な後遺障害をおった




hiorseさんが居たからだと思う






彼とBLOGで出会って色んなことがあった




たぶん出会っていなかったらこの3年間リハビリに向かえれなかったと思う






お互いに病院のベットの上からはいつくばって、外の世界に脱出できた








現時点での私の体の改善箇所は、頭と下肢の痺痛改善と




通常歩行が安定しないといけない




リハビリ4シズン目…




…もういいかとあきらめてしまいそうになる






でも


hiroseさんは車椅子で会社に復帰して頑張っている






俺も頑張ろう




あきらめたらだめだ








世界は、変えれると


俺たちは、信じて…病院のベットからはいつくばって抜け出した









ベットの上で死ぬか、脳死になるかもしれないといわれていたのだ






この後遺障害も




きっといつの日か、乗り越えられる




病気の前は、趣味の遊びゴルファーだった




現役を終えて、一般の営業も経験した




そんな中で


いつの日か、営業ゴルファーになってた




一緒にラウンドする人を気持ちよくラウンドしてもらって接待する




こんなゴルフを一時期、教えられた




それから、ショーゴルフの始まり




OB狙って振り回すのも


球を飛ばして、凄いね




でも、OBだね




これでよし




なんせ、相手を褒めちぎる


太鼓を担ぎ


わっしょい


わっしょい




相手の調子が悪いと


アプローチ、パターをはずして、スコアー調整する




離れすぎず近すぎず




酒のんで…笑って…神輿かついで…君たちとまわると楽しいよ




こんな事をしだして、ゴルフがつまらない


嫌なものになってたことがある




つまらないなゴルフ…






仕事が、入るとゴルフは面白くない




相手が上のレベルの人ならいいのだが…




ゴルフにそこまで、興味や熱はなかった




打つ球は、凄いが


技術はたいしたことはなかった






プロに国体選手を目指してこれからやればいける




こんな事を言われても、嫌だった




遊びで、酒のんで友達とふざけながらのゴルフが気楽でよかった




仕事でもないし、野球でシノギを削ってきたのに…


また、


切った張ったをするのに俺の中の狂気的な自分を出すのが嫌だった




もうええやろ




あの時は、こんな気分だったな…




病気をして、


俺の中の狂気は消えた


まるで、仏だった




たしかに死んだのだから、仏だな




嫁が言うのに




今日は、俺が死んで生き返った日の始まりだから誕生日だということで祝ってあげる




嫁の母親の誕生日でもある




三年前…嫁からしたら死ぬかもしれないと言われていたんだよな




嫁は…死なないと思ってくれていたらしい




友達は、ダメやろうと言ってたみたいだ




まあ


HCUで人工呼吸器をつけて二週間意識がなかったのだから死ぬとおもうわな




でも、二ヶ月後だったかな意識が正常になって体が朽ち果てていた…このことを認知できなかったな




頭もイッテたから、認知もできないか…




話は、それたが




今日は、俺の復活の日だ




死んだ日




そして、生き返った日の始まりだ




復活祭かな…




あれから、三年か…




人生




わからないものだ






ココロさえ向かう方向を間違えなければ、社会の死と肉体の死を試練として与えられた人間でも




人生まんざら悪くないと思うこともできる






生きてるだけで儲けもの




人間が生きれる環境があるだけで奇跡なのだ




限られた命




ココロのおもむくままに




あれから


三年…まだ三年しかたっていないのか…




時間とは、不思議なものだ




楽しい時間は、あっという間なのに…



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