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2009年、 Yahoo Blog の記憶の扉
脳脊髄が破壊されて
思い起こせば
脳脊髄が破壊されてベットで寝たきりだった。
麻痺で
自分を
認知することも出来なかった。
あの時
天井をぼんやり眺めていた。
光
幻覚を見ていた。
今でも
断片的な
記憶がある。
体は、動かなかった。
うっすらと
時々
目を見開くだけだった。
時もなく
生の
実感もなく
目に映るものが
歪み
動き
幻覚
も見えていた。
時の経過とともに
自分を
認知できるようになった。
人生
もう
終わったと思っていた。
何故、生きているのかと
惨めだった
死にたかった。
やがて
生きるために
過去の自分を
殺した。
過去の
自分は
死んだ。
やがて
また
新しく
赤子として
生まれ
変わった。
そう
考えた。
記憶も
失い
古い記憶が
新しく感じていた。
記憶、認知能力は
今も
失っている
と思う。
それが
正常なのか
異常なのか
自分では
よく
分からない。
その事を
考えると
苦しくなる。
過去の
自分は
あの時
死んだ。
そして
時を得て
また
過去の自分に
向き合って
生きていく。
今まで
新しく生まれ変わって
生きてきた。
そして
また
限りある
命
消え行くまで
生きていく。
生きる
答えは
いらない
人は
どこから来て
どこに行くのか
人は
多くのことを
知らない。
知りえない
答えを
求めて
生きなくてもいい。
人は
宇宙のように
謎
多き
生き物
人間社会で
生きる
意味を
求めなくても
いい。
人として
生きればいい。
人として生きれば
人間社会でも
人として
生きれる。
そんな
気がする。
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