人生でたった一度しか、会っていないのに、忘れられない人たちがいます。
いつか、映像化できたら面白いだろうなと、想っていた
ある一晩の出来事を、書いてみました。
聴いてください。
あれは、今から、22年前。初めての一人旅。
ウィーンからフィレンチェにユーロレイルで向かったときのこと。
日本でだって女一人旅をしたことも、夜行列車になんて乗ったことないというのに、私は、生まれて初めて、ユーロレイルの夜行列車に飛び乗った。
初めての一人旅を計画しているときは、まさか自分が夜行電車に乗るなんて、考えてもいなかった。そんな危険なこと、自分にはできっこないと思っていた。
しかし、ロンドンから始まりパリを経由し、パリからウィーンまでの一人旅を続けてきた私は、すこしだけ「旅」という非日常の日常に、慣れてきていた。
ヨーロッパ4か国めぐる電車旅を選んだものの、さすがに昼日中の10時間を電車の中だけで過ごしてしまうことがなんだか、とってももったいない気持ちになってきていたところだった。
たまたまウィーンのユースホステルの食堂の席で、隣に座ったアルゼンチンの女の子が、イタリアに向かう夜行列車の話をしていた。どうやら、私が、夜行に一人で乗るのはどうしようかと迷っていた列車の話をしてるらしい・・
そこで、私は思い切って、フィレンチェ行の電車に一緒に乗らないかと
誘っていた。
私たちの話は一気にすすみ、夜の7時出発に間に会うように、駅のホームで待ち合わせをした。
ところが、出発ぎりぎりまで私は、ホームで待っていても
そのアルゼンチン出身の彼女には会えなかった。結局、バックパックと同じくらい重い不安と後悔を抱いて、ワタシは電車に乗り込んだ。
約束したのは、その日のユースホステルの朝食のとき
初めてで、しかも互いにかなり怪しい程度の英語力での会話。
「そんな勢いで約束をした子を信用するほうがイケナイ?」
「いきなり気が変わっちゃったのかな~」
「やっぱり、会話になってなかったのかな~」
一人ごとをつぶやきながら、せいいっぱい平気な顔をして、・・とにもかくにも、わたしは、一人フィレンチェ行の電車に飛び乗った。
約束をしたアルゼンチンのあの子を探しながら・空いている二等席を探して車内を進んだ。
二等席のコンパートメントにすでに乗り込んでいる他の客たちは、すべてガラが悪そうに見えて仕方がない。不安な気持ちが募る、募る。
「まさか、私が電車を乗り間違えた?」そんな心配ももたげてきた。
そのとき、日本人バックパッカーを発見。まるで、真夜中の海で漂う小舟の私が、灯台の小さな灯火を見つけたような気持ちになった。
すかさず、彼らに、日本語で、まずは乗った電車の行き先確認と、このまま約束したアルゼンチーナに会えなかったら、隣の席に来ていいか?と言うお願いをした。
(※ユーロレイルは、すべてではないが2等席も、一つ一つ区切られドアも付いた個室のようになっている。ちなみに寝台券は買ってないので簡易ベッドはない。シートはほぼ直角のイスが向かいあっているだけである。)
親切な彼らは、日本語で和やかに教えてくれた。この電車はフィレンチェ行きで、私の乗り間違えではなかった。
この状況なら、さっさと日本人バックパッカーの方と一緒にいればいいのに
ワタシには変に律儀なところがあって、
「もしアルゼンチーナの女の子もこの電車のどこかで、ワタシを探しているのだとしたら・・・・」とおもうと、彼女も女一人旅で、互いに心強いということで、あやふやといえども約束をしたのだがらと、
すべての、2等席に彼女がいるか探してからでないと、なんだかフェアじゃない気がして、 ワタシはアルゼンチンから来た彼女を探してさらに車内を進んだ。
重いバックパックだけ、親切な日本人旅行者のかれらの席に置かせてもらい、
ぐんぐん歩いていくと、
すると!やはりあのアルゼンチーナは、乗っていた。どうやら、彼女は7時ぎりぎりに電車に飛び乗ったらしいのだ。私たちは抱き合って、大喜び!
ようやくワタシは、彼女がとっておいてくれたた2等席のコンパートメントに落ち着き、バックパックをおろした。
かなりおなかがすいていたので、夕方に買っておいた夕食用のサンドイッチを食べようと、袋を開けたそのとき、
今度は、いきなり、なんと!!!真っ暗闇。
「しばらくしたらつくだろう」と、タカをくくって、暗闇でパンをかじりだしたのだが、陽気なカリーナ(ようやく名前を思い出した)もどんどん怖がりだすし、そのうち空調も切れて、急激に寒くなってきた。
まさに、一難去ってまた一難。どうなってしまうのだろう、
真っ暗闇の中、ワタシは様子を見ようと廊下に出てみると、他の車両は電気がこうこうとついているではないか!
すぐに、おろしたばかりの荷物を全部まとめて、カリーナと明るくて、暖かい2等席の車両に大移動をした。
ようやく二人とも、荷物を降ろし、ほっとしたときだ。
廊下から「ここに来てもいいかな?」と一人の女の子が尋ねてきた。とっさにワタシは「えー?後ろの男も一緒なら、嫌だな」と怪訝な顔をしたが、カリーナはさっさと「OK!SURE!」と答えている。
ナンデヤネンと突っ込みたい気持ちだったが、われわれのコンパートメントに入ってきたのは、その女の子一人だった。
聞けば彼女も女一人旅で、どうやら電車に乗ってからずっと、さっきの男がつきまとっていたので、逃げたかったらしい。 彼女の名前はニリーキスというハンガリアンで、フィレンツェまでこの電車で行き、(ワタシと一緒)そこから乗り換える予定だという。
話しているうちに、面白いことがわかった。この列車に乗り合わせた3人は、みんな同じ年生まれで、カリーナは3月14日、ニリーは3月20日、そしてワタシは4月22日生まれだったのだ。同じ年だとわかると、それだけでぐっと親近感が沸き、3人ともかなり怪しげな英語だったが、会話が弾んだ。
そのうちに、不思議なコミュニケーションを試みたりもした。
たとえばそれぞれが母国語で話して、それが他の二人にはどんな風に聞こえるか?とか、カリーナとワタシで、ニリーの持っていたハンガリー語の新聞を想像しながら読んでみたり、話している最中で、それぞれが急に母国語になってしまったり・・・それはそれはエキサイティングな会話だった。
コンパートメントのドアには、カーテンがないため、通る人、通る人、中を覗いていく。中には女3人だとすぐにわかってしまうのが、なんとなく怖いね~なんて話していると、 突然、カリーナが自分のバックから長いロープのような物を持ち出し、何かをし始めた。すぐにニリーも手助け始めた。
ワタシは最初はわからなかったが、荷物を置く高い棚とコンパートメントのドアノブにロープを通し、何重にもきつく縛っていることがわかると、ようやく彼女たちの行動を理解した。
列車が消灯の時間になる前に、防犯の意味で外からドアが開かないようにしたのだ。
陽気で、楽天家に見えるカリーナだが、女一人旅の怖さを、一番わかっているのかもしれない。
だんだん夜も更けて、部屋が真っ暗になると自然と話は、「レンアイ」に。こういうのは、万国共通なんでしょうね。
恋愛話で盛り上がるガールズですが、無事夜行列車での 夜は越せるのでしょうか?
恋愛話に火をつけたのはカリーナだった。
彼女はおもむろに「前彼」の写真を一枚取り出したのだ。 ニリーと私が写真を覗き込む。
切れ長目の和風顔いわゆるしょうゆ好きな私には、とんかつソースにお好み焼きソース、プラスマヨねーずのこの顔はかなり濃すぎたが、確かに美形といえば美形。
『かっこいいね!』と褒めるとカリーナは以外にもクールに『キレイだったけど、バカだった』とつれない反応。というのも彼女は、今回の旅で新しい恋に落ちていたのだ。
カリーナの瞳がどこかに飛びながら話してくれた新しい恋のお相手はかなりのロマンティストらしい。
『私にそれはロマンティックな詩をプレゼントしてくれたの。あんな素敵なプレゼント、今までなかったわ!」と興奮状態のカリーナ。 恋の始まりは、いつだって"特別”だ。
「ニリーはどう?」と私が話をふると彼女はちょっと寂しげな顔をして話し出した。
「昔、すごく好きになったフランス人の男の子がいて、とってもキレイだったから女の子には人気があって、ようやく付き合いだして寝たとたん、次の日から彼に何事もないように振舞われたことがあったの。いわゆる、遊ばれたんだと思う。 だけど、ものすごく好きだったから、しばらく恋はできなかったわ・・・・」
憂いある瞳がますます悲しげだった。今は違うヒトと遠距離恋愛中と続けて話したけど、なんとなくそのフランス人を忘れられない感じが話の余韻から伝わってきた。
さてさて、私は・・・・・というと・・・・・時間切れ・・・ということに!???
みんな眠くなって英語での会話は途切れ途切れ、気がつくと一人一人母国語でつぶやきだし、最後は寝息が聞こえてきた。 なかなか寝付けない私も、ようやくウトウトし始めたそのとき
外からガァンガァンガァンガァンとドアをたたく音がした。
思わず身構える。
何か大きな声で言っている。
動かない頭と役立たない耳を働かせると、 どうやら国境を越えたためにパスポートコントロールに来たらしい。カリーナは、あわてず厳重に縛ってある紐をとき、ドアを開けた。
入ってきたおじさんは、私たち3人のパスポートをさっとチェックし、すぐに出て行った。ドアを縛ってあったことについて怒られるんじゃないかと内心私はヒヤヒヤしたが、彼は何も言わず去っていった。
カリーナは当然のように、またもや荷台とドアノブにロープをひっかけぐるんぐるんにした。 なんだか『OO7の映画みたいだね』と誰かがいった。
カリーナ作戦は功を奏し、切符の点検にきた車掌さんもやはり、このドアを開けることはできなかった。
寝付いた頃にもう一度おきなくてはいけないということがイタイが、カリーナ作戦は女だけの夜行列車にとっては万全のセキュリティ対策だったと思う。カリーナに感謝。
まだまだ外は暗かったが、もうすぐボローニャが近づいているというアナウンスが入った。
私たちは寝転んだまま、セルフタイマーで写真を撮った。
同い年の女の子3人で過ごした夜行列車の夜が終わろうとしていた。
「もし私が 将来物書きになったら、今夜の話をぜひ書くよ!」恥ずかしげもなく私は確かそんなことを言った気がする。
カリーナと別れの時。長年の友人と別れるようにそれはそれは 長いハグをした。そして、ニリーも私も「例の彼と幸せになるといいね!」と彼女の頬にキスをした。
それから、しばらくしてニリーと私たち二人で早朝のフィレンツェに降りた。もやがかかるフィレンツェは、ウィーンよりもぐっと寒く感じた。
駅のスタンドで、ニリーと二人でカプチーノを飲んだ。 それはそれは美味しかった。イタリアで初めてのカプチーノをニリーと飲めて本当によかった。
カプチーノを飲んでいるとき、私たちはもう言葉は少なく、でもとってもあったかい気持だった。
それから、どうやって
この話の終わりであるニリーと私の最後の最後、
私たちがどうやって別れたのかは実はぜんぜん思い出せない。
でも、今、しばらくぶりにこの旅のアルバムを、引っ掻き回して探したら、ちゃんと出てきた。
この夜であった、すばらしいガールズたちの写真が
ガールズブラボー!