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17/2/18

くーちゃんとの約束

Image by Olia Gozha

家を出ると決めたとき、くーちゃんのことが頭に浮かんだ。
くーちゃんは近所のノラ猫だ。
首輪をしているから、くーちゃん。
我ながら名前のセンスはない。 

マンションの周りにはノラ猫がたくさんいたけれど、くーちゃんはベランダにまで侵入してくる強者だった。
一番日当たりのいい場所に陣取っては、よくひなたぼっこをしていた。
目が合うとニャーと鳴く。 

自分からは寄って来るけれど、決して触らせてはくれない。
ちょっとでも手を出すと素早く猫パンチを繰り出す。
そのくせ簡単に背中を見せるから、時折しっぽをつついては怒らせた。
それでもまた、気づけばベランダで寝ていた。 

ある日突然、くーちゃんが姿を見せなくなった。
二週間ほど経った頃、ベランダの下から猫の鳴き声が聞こえた。
見下ろした先には子猫が二匹じゃれあっていた。
くーちゃんと同じ縞模様だ。 

もしやと思い当たったとき、くーちゃんは当たり前のようにベランダを上ってきた。
目が合うとニャーと鳴く。
そしてまだ上ってこられない子猫を下に置いたまま、くーちゃんは一番日当たりのいい場所に寝転んだ。 

部屋の片付けをしている時も、くーちゃんはひなたぼっこをしていた。
「新しい人が住んだら、もうここに来ちゃだめだよ」
くーちゃんはゆっくりと目を開けて、また閉じた。
片付けが進むにつれ、くーちゃんはだんだん遊びに来なくなった。
引っ越しの日も会えなかった。 

それから一年、気がつけば、また春になっていた。
桜が咲いたからと理由をつけて、かつての家に足を向けた。
窓には見たことのない若草色のカーテンがかかっていて、ドアの色も塗り直したらしい。
すっかりと他人の家になっている様が少しだけ寂しかった。 

駐輪場を通り過ぎようとした時、猫を見つけて足を止めた。
自転車にすり寄っていた猫は、目が合うとニャーと鳴いた。
くーちゃんは柱におでこを擦り付けてから、両手を揃えて座りこんだ。 

「元気でね」
と言うと、くーちゃんはニャーと鳴いた。
「またね」
と言ったら鳴かなかった。
まるでもう帰ってこないことを知っているみたいだ。 

「元気でね」
もう一度繰り返しても、くーちゃんは鳴かなかった。
ただゆっくりと目を閉じて、また開けた。 

駅への道を歩きながら、来年もここに来ようとこっそり決めた 。
きっとくーちゃんは驚くだろう。
そしてまた目を合わせてニャーと鳴くのだ。
当たり前のように、ニャーと鳴くのだ。

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