毎年、花火大会は父と一緒に見に行った。
最初は家族行事だったそれも、段々と生活リズムが合わなくなり、ついには父とわたしの二人だけになった。
決して折り合いがいいとはいえなかったのに、それでも父はわたしを誘った。
ビニールシートと缶ビールとジュース、いくつかのおにぎりとお惣菜をぶら下げて歩き、適当なスペースに腰を下ろす。
缶ビールを何本か空けたあと、打ち上がる光を追いながら父は決まって問いかけた。
「音の速さは何メートルか知ってる?」
わたしはいつも「知らない」と答えた。
だから毎年、父は酒に飲まれた目で得意げに言う。
「そんなことも知らないのか? 音の速さは秒速約340メートル。一秒に約340メートル進むんだ。ほら、今花火が上がった。見ててごらん。……1、2、3、…音が聞こえるまで4秒近く掛かった。ということは、340掛ける4だから…?」
父が言葉を止め、わたしを見る。
わたしに答えを言わせたいのか、単に酔っていて計算が出来ないのかはわからない。
けれど、答えずに「そんなこともわからないのか」と言われるのは悔しくて、わたしもむきになって暗算する。
「1360メートル」
「そう。だから、ここから花火の打ち上げ場所までは約1.3キロ離れてることになる。あんまり近いと人が多いからね、このくらいがちょうどいいよ」
父は深く頷いて、また次の缶ビールを開ける。そうして花火が終わるまで何も喋らなかった。
「音の速さは何メートルか知ってる?」
「え?」
唐突なわたしの言葉に、彼女は虚をつかれたようだった。
わたしを見つめ、数度瞬きをする。
花火大会は数分前に終わった。
振り返って網戸を開ければ部屋に戻れるのに、わたしたちはなんとなくベランダに留まっていた。
「花火大会のときね、毎年父に聞かれたの。わたし、その度に知らないって言ってた。面倒くさかったからじゃなくて、本当にわからなかったから。不思議だよね、毎年聞いてたはずなのに、なんで覚えなかったんだろ」
答えを探すように、ぼんやりと空を見上げる。
フィナーレの後、しばらくは漂っていた煙もいつの間にか消えていて、代わりにいくつかの星がたたずんでいた。
「毎年聞き流してたのかな。ひどいよねー」
わたしの軽口を聞きながら、彼女はまだ半分以上残っているだろう缶の中を覗く。
わたしはすっかりぬるくなった缶チューハイを傾けて飲み干し、息を吐いた。
「そうかなぁ」
ぽつりと落ちた言葉に、今度はわたしが彼女を見つめ、数度瞬く。
視線が缶からわたしへと移る。
まっすぐに澄んだ目だった。
「覚えなかったから、毎年教えてもらえたんじゃないかな」
手の中で缶がペコッと鳴る。
缶と彼女を交互に見るわたしに、彼女がふっと笑った。
途端に頭がふやけた気がした。
缶のへこんだ縁を指でなぞって元に戻しながら、星が散らばる空を見上げる。
「340メートル」
自然と呟いた声はどこかやわらかかった。
