これは私が小学生の頃、私の父が同僚の人から聞いた話です。
父はテレビカメラマン(現フリーランス)です。
私が小学生の頃の時代は、学校の怪談、口裂け女、ノストラダムスなど、何故か恐怖系の都市伝説が異常に流行っていた記憶があります。
その流れの中で、「富士の樹海を調査する」という旨の特番取材の仕事が同僚の方に入ったそうです。
狙いとしては失踪者の遺留品や自殺者の痕跡、そしてその時まさに富士の樹海に入ろうとしている人間がいればそれを捉える、というものだったらしいです。
撮影クルーはディレクターさん、カメラマンさん、VE(ビデオエンジニア)さんの3人でした。
車で飛ばすこと数時間、富士の樹海に到着。
道端に「早まるな」なんてメッセージが書き込まれた看板や、不自然に捨てられた靴などが道端に現れてきた辺りで停車しました。
停車一から森にまっすぐ入って行くクルー達。
昼間の樹海は私は行ったことないので分からないのですが、林の中は樹海といっても明るく、結構遠くまで見渡せたそうです。
ただし、油断すると方向感覚が狂いそうになるとのことでした。
そして、1時間ほど林の中を歩いたところ、構図的にちょうど良い場所に出たそうで、そこにベース(撮影機材をまとめる場所)を広げてまず景観を取ることになりました。
その作業の途中にVEさんがマイクテストをしている時でした。
VEさん「あれ?何か聞こえませんか?」
何か変な音をマイクが拾っていたんだそうです。
周囲を見渡すディレクター。
何も見つかりません。
ディレクターさん「いや?何もないようだけど、何の音?まだ聞こえる?」
VEさん「(端子の)接触かなぁ?まだ聞こえますねぇ。」
ヘッドフォンをつけているVEさんが機材を調整してもまだ何かの音を拾っているようでした。
次第にVEさんの表情が険しくなり、言いました。
VEさん「これ、男性のうめき声みたいですね。やっぱり、周りに誰かいませんか?」
もう一度、今度はカメラマンさんが広角とズームを使い分けて周囲を探ります。
何も見つかりません。
カメラマンさん「ちょっと脅かさないでくださいよぉ、ホントにそんな声聞こえてるんですか?」
ヘッドフォンをしているのはVEさんのみ。
この時点ではまだVEさんが悪ふざけをしている可能性があった。
なので今度はディレクターがヘッドフォンを借りて聞いてみる。
ディレクターさん「あ……これ確かに男のうめき声かも」
次いでカメラマンさんも確認してみるが、やはり男性のうめき声のようなものが聞こえたらしい。
しかし、実は3人は元々幽霊や超常現象は全然信じていない方で、この時点では未だに超指向性のガンマイクが周囲にいるはず男性の声を拾っているのではないかと疑っていた。
でも、周囲をもう一度見渡しても本当に誰もいない。
樹海といえど、その時は昼間の明るさで、それぐらいはあっさり確認できてしまうし、迷彩模様で忍び込んでるような異変も景観にはなかった。
じゃあこの男の声の正体は何なのか?
次の瞬間VEさんがあることに気づく。
VEさん「これ……お経……?」
よく聞いてみると、どうやらその男の声は「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…」とお経をひたすらゆっくりと繰り返しているようである。
VEさん「これ……最初の時より、さっきより音大きくなってる」
お経の声はだんだん大きくなってきていたのです。
VEさん「違う、これ、近づいてきてる」
三人はついに逢ってはならない事態に遭遇していることを自覚してしまいました。
ディレクターは声を震わせながら、もう一度確認させてくれと言い、再びヘッドフォンを手に取り、そして直ぐに言いました。
ディレクターさん「すぐ後ろにいるよ!!!!」
ディレクターさん叫びの瞬間から、もはやうめき声どころでなくヘッドフォンからお経を怒り狂いながら怒鳴り叫んでいる男の声が
???「南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!南無妙法蓮華経!」
VEさんが電源を消したら音が鳴り止みました。
が、その瞬間から三人はとてつもない悪寒と鳥肌に襲われ、もうその場にいられなくなりました。
「この場にいてはいけないと先に理解が来た」らしいです。
死に物狂いのスピードでその場から撤収し、急いで車の下まで走って戻りました。
そして何も取材しないまま直ぐに東京へ帰還。
虫の報せか、危険を感じたので、会社には本当のことは話さず「機材トラブルがあったため、ロケを中断した」と報告しました。
取材すべきはずだった素材が無いため、その番組はお倉入りしたそうです。
結局あの時聞いた謎の男のお経の声はなんだったのか、3人には分からないままでした。
その事件の半年後、その当時ディレクターだった方が肺癌で亡くなったそうです。