ダイブ、しました。刑事ドラマみたいです。死ぬかと思った、ヤバかった。

ボクは20歳ぐらいのころ、何ヶ月かアメリカで暮らした経験があります。その時、ディックというドイツ系アメリカ人と友達になりました。お互いにバカだったので常識はずれなところが気に入り、かなり仲良くなっていたのです。でも、コイツはかなり危ない男でした。
金ぴかの護身用の銃を見せてくれたことがあって、
「これでズドン!撃ったら気持ちいいだろうな」
なんてぬかしやがる。笑えない冗談言うな、と返すと、
「たとえば夜、うちの庭に人が入り込んだら、俺は何も言わず発砲するぜ。バーーン! 一発で仕留めてやる」
「クレージーだな。道に迷って、ここがどこらへんか尋ねにきた人かもしれないのに」
「夜、人んちに道を尋ねにくる自体怪しいやつだ。まぁ、表の玄関から来るならそれも許そう。でも裏庭はダメだ。裏から来れば即、射殺」
そんなディックと飲みに行きました。
ディックは酒グセが悪い、っていうよりも「酒が尾をひく」タイプでした。
そんなこと知らないボクは、あいつとサシで昼間っからピザ屋で飲んだ。巨大なピザとフレンチフライをつまみに競うように飲んだんです。
クアーズの空のボトルが机の上にたまってくると、ウイスキー。その後はウォッカになった。ボクも同じペースで飲んでたんだけど、だんだん飲み疲れてきて。
ディックの方は相変わらず水みたいにクイッ、とウォッカをあおってる。でも話がくどくなってきた。いい加減、その話聞き飽きた。。って話題をぐるぐる。突然大声を出して店のひんしゅくをかったり。
「おまえは俺の親友だぜ」
と言ってテーブル越しにボクを抱きしめるから、テーブルの上のビンが落ち、派手な音を立てた。

「おい。そろそろ帰ろうぜ」
いいかげんイヤになってたボクが切り出すと「じゃ、あと2杯飲んだら」と意外に素直に返事。
ところが2杯飲み終わって「じゃ、行こうか」と言うと「もう1杯」となり、それを飲み終えると「今日の日に乾杯」「俺とおまえの友情に乾杯」それが空になると「じゃ、ラストにもう1ッ杯!」
目がすわってるし、酔っ払いの言うことだから「しょうがないな」と付き合っていました。やっと腰を上げて店を出たのは、もうテーブルの上に酒瓶が乗らなくなってから。
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このあとディックは酔っ払い運転するんですが、当時のアメリカはそこらへんの意識も低い人が多く、警察に捕まってもさほどおおごとにならなかったのです。そこらへんの是非は今回のテーマと違うので先に話を進めます。
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今でいうRV車のようなディックのトラックに乗り込むと、車は別のバーの前に着いたんです。
「この店のシェリー酒はうまい。日本に帰ってからの思い出になる。飲んでこうぜ」
不覚にも、ボクの堪忍袋はここで切れました。
「ヘイ!ユーアー ライアー。帰るって言ったじゃないか」
気色ばんだボクの頬を、ポンポンとなだめるように叩き、「大丈夫、1杯だけだよ。1杯飲んだら帰る」と、ディックはさっさと車を降り、店に入って行きました。
「ちくしょう!」吐き捨てるように怒りを口にし、ボクも店の中へ入りました。案の定、1杯で終わるという約束が簡単に破られ、またしても2杯目を注文しやがったのです。
「コイツ。なめてやがる」と血気盛んだったボクは、「タン」と音を立てて飲み干したグラスをテーブルに置き、無言で席を立ち外に出ました。
あわてて追ってくるディック。「ヘイ」「ヘイ、ウェイト」ボクの肩に手をかけてきたディックの腕を強めに振りほどきボクは足早に歩きました。すると走りこみ、ボクの前へ回り込んだディック。目が怒っています。
「送っていくよ。車に乗れ」
「ノーサンキュー」
「いいから乗れよ」
ボクたちは車に乗り込みました。
「・・・・・」無言の車内。「・・・・・・・!?」道が違う。
「ヘイ、ディック。道が違うぜ。オレはもう酒なんか飲みたくない。」
ディックはボクの話を無視するように無言で運転を続けています。
「さっき送る、って言ったろう?オレはもう酔いすぎて眠いんだよ。送ってくれ」
フン、と笑うディック。
「アスク? or オーダー?」
お願いか、命令か? と聞いているのです。
その時、ボクは「アスク」と「オーダー」の違いをあまり理解していませんでした。「オーダー」という言葉の強さ。争いの最後の引き金をひく「命令」という言葉のこわさ。全然理解していませんでした。だからボクは怒りにまかせて
「アスク。アンド オーダー!」
と叫びました。
ディックは青い目でじっとボクを見て「ユー シー?」「ユ・シー?」ほらね、と何度も確認しました。そしていきなりボクの背もたれの後ろに手を入れると「バッ!」と素早く引き抜きました。手には長いナイフが握られていました。
不気味に笑いながらディックは、
「これからどこへ行くかわかるか? 深い森の中に埋めれば、日本人旅行者の1人や2人。。死体なんて永遠に出てこない」
ゾッとする言葉に、ボクの心臓はドキリ、と飛び上がり早くなりましたがそれを悟られないように。ボクはディックをにらみました。
車はスピードを上げ、チルドレンズ・パークに向かう坂道を、スピードを上げながら昇っていきました。

「・・・・・」
車の中には、ボクを刺そうと思って長いナイフを手にしながら猛スピードで車を運転する男。
絶体絶命の車内で、ラジオからは綺麗なメロディーが流れていました。この状況で、なぜこのメロディー?というほど綺麗で物悲しい、場違いなBGMです。
それはかえって不気味で、「ボヘミアン・ラプソディー」のようでした。綺麗なサウンドに乗せて「ママ。ぼく人を殺してきたよ。埋めてきたんだ」と陽気に?歌うフレディ。。
♬♬♬♬♬♬♬
いいこともあれば 悪いこともある
どっちにしたって 風は吹くのさ僕にはたいしたことじゃない
ママ たった今、ボクは人を殺してきたよ
♬♬♬♬♬♬♬
夕闇が迫っている風景の中、車はどんどんスピードを上げ坂を登っていきます。
「これから、どこへ行くか わかるか?」
そう言うとディックは、不気味に笑い、おどすようにナイフでハンドルを叩きはじめました。
「・・・・」
「チルドレンズ・パークだよ。あそこなら誰にも邪魔されず切りきざめる」
チルドレンズ・パークというのは、カリフォルニア州 バークレーの高台にある森のように広い公園で。夜になるとサンフランシスコ中のネオンや車のヘッドライトが星のように見渡せるというので、カップルが夜景を見に来る名所になっています。
しかし一歩うっそうとした森の中へ入っていくと、昼でも暗く、人影はありません。
「しまった」ボクは後悔をかみしめていました。
「まぁ、オレにも言いすぎた所があったのはあやまる。機嫌直して家に帰ろうぜ」
自分でもしらじらしいと思う、ボクの言葉を遮(さえぎ)るように、
「ノーウ」
引きずるように粘っこく、ディックは言いました。
「トゥー・レイト。お前は俺を侮辱した。殺して埋めてやる。日本人の旅行者が一人ぐらい行方不明になったって、事件にもなるものか」
なぜ外国人が必要以上に口喧嘩しないか。
映画なんかで見ても、ある程度でやめるじゃないですか? その理由がわかりました。
ののしり合いは殴り合い、殺し合いに発展する。いろんな人種の、色んな考えが渦巻く国では。芸術、スポーツ、科学。色んな才能が混じり合ってびっくりするほど斬新なものが生まれる反面、宗教も思想も違えば争いごとの種はつきないわけですから。
ある程度でストップしなければ、日本のようにせいぜいこずきあっておしまい、とはいかない。TVでアメリカのB級映画を見ると変質的な犯罪が出てきます。さらって地下室で切り刻むような。。ボクはそういうシーンを思い出してました。
口の中が渇く。引きつりそうになる顔を必死でつくろっていました。車はカーブの多い坂をタイヤを鳴らしながら登っていきます。
「どうしよう」
頭は激しく解決策を求めてフル稼動。ボクの墓場になるだろう場所は、刻一刻と近づいています。
「飛び降りるしかないか」
心の中でつぶやきました。
ガケ側のガードレールを飛び越えて谷底に落ちれば命はありませんが、幸いここはアメリカ。左ハンドルです。右側の助手席は山側でまだ安全です。
とはいってもこのスピードで走る車から飛び降りて命はあるのかな?メーターが三十や四十を指していても、それは30キロという意味じゃない。30マイルなんですから。
しかし今はその恐怖よりも、このままこの車に乗っていることの方がはるかに危険でした。多少の怪我は覚悟。致命傷にだけはならないように。。

「飛び降りるしかないか」
もう1度、今度は自分の意思を確認するようにつぶやきました。そして注意深く、その機会を待ちました。
何度目かのカーブを曲がった時、カーブがきつくてディックはブレーキを踏み、かなりスピードが落ちました。
「今だ」
ボクはダイブしました。
扉を開けると風が通り過ぎました。「ガン」次に待っていたのは頭への強い衝撃。
「アレ? 身体が動かない」
夢を見ているように目の前の映像が真っ暗になりました。「早く逃げなきゃ、逃げなきゃ」夢の中でバタバタともがき、頭で命令するんですが身体はぴくりとも動きません。
ちょうど車のクラッチがはずれたように、頭と「身体の動力」がつながらず空回りしてます。
「早く逃げなきゃ、逃げなきゃ。追いかけてくるぞ」
身悶えしてるうちに、何かの拍子に回路がつながり、現実の世界に戻りました。
走る。走って、ドンドンドン! 丘の上の家のドアを叩く。ヘルプとか、わけわかんない英語で訴えても、ドアを開けてくれません。女の人がドアの向こうで震えて叫んで泣いてます。気持ちわかりますよ。そういう手口の強盗だと思ったことでしょう。今思えば申し訳ないほどの恐怖に陥れたと反省してます。すみません。
やがてその家の女性が呼んだパトカー3台がやってきて、ディックものろのろと坂を登ってきます。坂の下で、警官とディックが何やら話しています。
あることないこと。向こうに都合がいいこと。ナイフで刺そうとしたなんて不都合な真実は隠したまま。「空手の練習をしていて喧嘩になった」なんて言い訳を。。
「コイツの言ってることは本当なのか?」
警官が聞いた時、ボクはただ「イエス」とうなずいた。ボクの証言でそのままディックが刑務所に入るのは少しためらわれたからです。ここら辺が甘ちゃんな日本人気質だとは思いますが。
で、再びディックの車に乗せられ、後ろに3台のパトカーがついてくる状態でボクらは帰っていった。ディックは悪びれもせず「あれは冗談だった」とか「おい見てみろよ、まだ警官がついてくるぜ。ドラマみたいだな」とはしゃいでいたけれど。
ボクはけっして忘れない。あの時、ディックがボクに向けた目は絶対に殺意がこもっていた。あの時車から飛び降りる勇気がなかったら。ボクはここにいない。
耳の後ろから流れた血が泥と混じって固まっているのを触りながら、ボクはディックとの決別を誓っていました。


