人生最初の冒険は、2歳の頃だ。
突発的なモノではなかった。
私は何日も前から幼いなりに
綿密な計画をたて、決行した。
俗に言う、初めてのお買物というやつだ。
いつもは、両親か祖父母か兄達と
家の前の坂を下り、大きい道路を一つ渡った所にある
駄菓子屋でお菓子を買ってもらっていたのだが、
それをどうしてもひとりで挑戦したくなっていたのだ。
何度も何度もシュミレーションし、計画を立てた。
まず、お金の調達だった。
当時まだ、数字やお金の概念が
理解できていなかったので
お菓子を買うのにお金が必要な事は知っていたが、
お菓子にどの貨幣をどのくらいの数量必要なのか
分かっていなかった。
お金自体の調達は、父の小物を入れるための引き出しに
いつも小銭がいっぱい入っていたので、そこからもらう事にした。
どの貨幣にどういった意味があるか分からない私は
とりあえず2歳の子供の手で握れるだけ多くの小銭を
拝借しポケットにしまった。
そして、家族の誰にも気づかれずに出発できる様
玄関で遊んでいるふりをしながら、チャンスをうかがった。
そして、家族の目を盗んで、ぷらっと家を出て、
私は駄菓子屋へと向った。
坂道を下り、大きい道路まで行くと、
車が何台も行き交っており、信号も無いので
渡る事に緊張し尻込みしてしまった。
かなり長い時間、車の行き来を見ていたと思う。
車の交通が途切れても、遠くで車が見えると、
その車が通り過ぎてから渡ろうと思いなおし、
何度も渡れそうなタイミングをスルーしてしまった。
しかし、待てばチャンスは訪れるもので、
一切車がこなくなるという事が奇跡的に起き、
私はこのチャンスを逃してはなるものかと、
全速力で道路を横断し、渡った先にある駄菓子屋へと駆け込んだ。
「来れた!来れた!来れた!」という興奮を落ち着かせ、
普段以上にゆっくり店内を見回してお菓子選びを始めた。
誰にも邪魔されない優雅な時間にうっとりした。
「どれにするの?」「早く決めなさい」「ひとり一個よ」
なんて興ざめする事を誰も言わない、有意義な時間を過ごした。
気に入ったお菓子を全て持ち、
レジへと向う時、二度目の緊張が訪れた。
買い物の醍醐味、お金を支払い商品を受け取るという
イベントが始まるからだ。
出来るだけ堂々とした顔で、商品をレジテーブルに載せ
ポケットから全ての小銭を握り出して
店のおばさんに無言で見せた。
おばさんも、無言で手のひらの小銭と商品を交互にみて、
手のひらから数枚小銭をつまんで受け取り
商品のサイコロキャラメルだけ私の方へ押し出し
その他の商品を手前に引き寄せてた。
そして、ニッコリ一言
「はい、ありがとう。また後でお母さんと買いにおいで」
と言った。
どうして、全ての商品を受け取れないのか、
手のひらにお金が余っているのに相手が受け取らないのか
さっぱりシステムが分からなかったが、
ここで質問しては、買い物初心者だとバレてしまって
かっこ悪いと思った私は、「あぁ、なるほどね」といった顔をし
相手に促されるまま、サイコロキャラメル1個を持って店を出た。
そして店を出た瞬間
「出来る!出来た!やっぱり出来た!最高!」
という達成感に満たされ、そして次なる野望がメラメラと湧いてきていた。
このまま、もう少し離れた時々しか行かない駄菓子屋へ
ハシゴしてみてはどうかという野望だ。
もう一つの駄菓子屋の方がお菓子が充実しているのだ。
手にはまだたっぷり小銭がある。
おなかがすいてもサイコロキャラメルもある。
冒険はまだまだこれからだ。
ちょっとした成功体験で勢いづいた私は
初めての1人での買い物でもう一軒ハシゴする事を決心した。
そして、もう一つの駄菓子やへ行き買い物をし、
そこで緊張の糸が切れ、駄菓子屋の前のベンチで
その店の店主の老婆と共に居眠りをしてしまい、
次、気がついたのは家のリビングで
タオルケットをかけられた状態で
目を覚ましたときだった。
すごくリアルな夢から目を覚ましたのかと疑ったが、
ポケットにはサイコロキャラメルと
2軒目の駄菓子屋で買ったチロルチョコが
グニャグニャになって入っていたので
現実で成し遂げたのだとさとった。
後に、両親から聞いた話では、
玄関で遊んでいた2歳の子供がこつ然と姿を消し
誘拐などの事件に巻き込まれたのではと不安を感じつつ
ご近所のみなさんで私の大捜索が行われていて、
なかなか見つからないので警察に連絡を入れようという寸前で、
駄菓子屋の前のベンチで老婆と昼寝をしてる所を
発見され、そのまま抱きかかえて連れ帰られたそうだ。
両親は老婆に「こんな小さな子を1人で買い物に行かせて!」と
こっぴどく怒られたそうだ。
この事件を知っている人は、みんな私のやらかした失敗談の様に話すが、
私のなかでは強烈な成功体験として残っている。
今でも、海外などのの見知らぬ土地で、
いまいち価値が分からない現地の通貨を握りしめ、
なにかささやかな目的に向う時、
私の中のアドベンチャースピリットが目を覚ます。
その冒険の目的自体に意味は特にない。
ただ、突き動かされるように冒険に向う。
全身がわくわくしだし、無根拠の自信でみなぎる。
運命さえ味方についてて当たり前という
気持ちよい傲慢が生まれる。
この先すぐ訪れるであろう困った状況に
それをサポートしてくれる親切な人が必ずセットで
現れると当然のように確信してしまう。
「また、いっちょやらかしてみるか!」
自分で自分に話しかけ、誰にも告げずに
冒険へと出発する。