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17/2/5

フィリピンで警察に捕まって帰れなくなった日本人の話パートⅣ

Image by Olia Gozha

「さてと・・・警察に行こうか?」







真正面の席についた部長は詐欺師達に威圧するような低い声で声をかけました。


「どっちが悪者かしっかり警察に行って調べてもらおう。」


それが部長の決まり手でした。


部長は国内にある小さな製作会社の2代目、食品加工に使うバキュームの機械や自動でラップやパッケージをする機械の製作を主としており、小さいとはいえ、海外とも取引をしていたそうです。

アメリカに留学経験のある語学力は本人自らアメリカやヨーロッパなど交渉のテーブルに付く事も多くそれなりに英語の交渉には長けていたようでした。

いくら本物の警察官を連れてきたとはいえ、彼らのやっている行為は完全な詐欺行為。警察署に行くぞと脅せば、簡単に身を引くと思ってたそうです。



こんな簡単な事早めに終わらせよう。今日は唯一の自由行動だ、家族にお土産でも買いに出かけよう。そんな思いで奴らを一蹴したかったそうです。


「OK,わかった。それじゃ警察に行こう。そっちの若い男は悪い日本人だ。一生刑務所に入ってもらおう」


男は「かかった」とばかりに余裕の笑みを浮かべながら一緒に来た警察官にパトカーを呼ぶように指示を出しました。

カビテという町にある小さな警察署に連行されたアロハ君と部長はすこし緊張はしていました。しかし、本人は無実。その無実さえ確認できればすぐにでも釈放してもらえるものだと思っていました。



「じゃ、これ被害届け、確認して欲しい」詐欺師と一緒にホテルに来た警察官はそういいながら一枚の紙を手渡したそうです。


ペラペラの一枚の紙にたった数行の文字とポリスのサイン。どんなにタイプライターの下手な人間でも3分もあれば作れてしまうようなとても簡易的な被害届だったそうです。しかし、その内容は「未成年者にたいするレイプ」と書かれていたそうです。





「レイプ?ひろしはレイプなどしていない、だからこれは認められない」






アロハ君は保身のため、部長には何もしていないといったそうです。それを信用して部長も強気の態度をとったようでした。


「そうですか、それではそれを取り調べなければいけないので、彼を拘束します。いいですね」


「ちょっと待て、警察署長と話がしたい。署長を呼んでくれ」


「残念だが、署長は今日はお休みです。明日にしてください」


本物の警察官であるならこの不正を署長に話せばすぐに解決出来る。部長は取調べを他の警察官に変わるように訴えたかったようです。

しかし、なにせ、ここはフィリピン、何をするにも時間がかかる。書類を受理されるのがとてつもなく遅い。部長は次第に苛立ちを抑えきれずにいたそうです。


簡易の留置場に入れられたアロハ君はその場所で一晩明かしたそうです。部長はホテルに戻り仲間に事情を説明しました。



「明日はみんなと一緒に帰れないかもしれない。昼までに帰ってこなければ一足先にみんなで日本に帰ってくれ。ひろしと私はマニラに残るので後のこと宜しくお願いします。」



翌朝、日本に帰る仲間をホテルで見送り部長一人で警察署に向かったそうです。


「署長は来てるかな?署長と直接話をしたい」


「署長はまだ来ていません」


「いつになったらくるんだ?」


「もうすぐきますよ」



「俺たちは悪徳警察官に詐欺にあってるんだ、だから担当者を変えてくれ。他の警察官と話がしたい。」


「署長の指示を待たないと担当者の変更は出来ません。」



フィリピン人の「もうすぐ」がとにかく当てにならない事は薄々わかっていました。ただ、この視察旅行の為に何とかやりくりして5日も仕事を休み、帰国してからはその分山のような仕事が溜まっている。


そのうちそのうち悠長な事はいってられない焦りを感じていたそうです。



そんなやり取りをしている時に一人の日本人が警察署に入ってきました。


年は部長と同じくらい、白のポロシャツにジャケット、胸には写真入のIDみたいなものが見えたといいます。






「こんにちは、商工会の部長さんってあなたですか?」




「マニラの警察署から来ました。困っている日本人がいるから手助けをするようにといわれました」

今後の対応策に苦慮した矢先の出来事でした。


「いや~、助かりました!なんせこの人たち書類ひとつ通すのにも時間がかかって困ってたんです」


「それは大変でしたね。でも大丈夫、私は国際弁護士の資格も持っています。マニラの市長とも友達です。」


やっと、救世主が現れた。すぐに帰れるかもしれない。


「それはありがとうございます。今からでも釈放して帰して頂けますか?」

事の成り行きを一通り話を聞いて何度も大きくうなずき男は部長に落ち着くように促しました。



「それは大変でしたね。でも大丈夫、私が無実だと証明します。すぐに手続きを始めますので安心して待っていてください。」

そう、男が言い残し男はマニラへと戻っていきました。



昼過ぎに男がマニラから戻ってきました。すでに仲間は出国した時間でした。仲間と一緒には帰れませんでしたが、何とか午後の便で日本へ帰れるかも知れない。



マニラ警察から来たという男はそんな答えを持ち合わせたような晴れ晴れした表情は部長の安堵を誘ったといいます。



「根回しをしてきました。すぐに釈放されて日本に帰れますよ」



「ありがとうございます!助かりました!」

喜ぶ部長とアロハ君をよそに少し意味ありげに目線を落としながら


「ただ・・・」



男は急に部長の目を外し少し太陽がまぶしいしぐさを取りながら問題を切り出したといいます。

「今回は事件が大きいため、たくさんの根回しが必要になってきます。」


「根回し?・・・・金・・・ですか?」



「はい、やはり事件が事件ですので、早期解決はその方法が良いかと・・」




「わ、わかりました。すぐに釈放していただけるなら用意します」


むしろ日本式の筋論で切り抜けようと思った部長でしたが、もうそんな悠長な事をいってられない状況でした。

「わかりました。すぐに手続きをとりたいので、とりあえず日本円で100万円用意して頂けますか?」





「100万円ですか!」




いつ日本に帰れるかわからない不安のほうが大きく、仕事を休むことを考えたら100万円はしょうがなきい気がしてきました。

「こうなったらしょうがない、それですぐに釈放してもらえるなら」とアロハ君と部長はその男の言うことを聞き、とりあえず100万円の払う約束をしました。


「手持ちは無いでしょうから、とりあえず私が100万円を立て替えます。日本にある私の口座に100万円を振り込んでください。確認出来次第すぐにでも動きます」


すぐに釈放されたい一身で部長は日本に居る家族に連絡をして彼の口座に100万円を振り込んだそうです。


「振り込んだと家族から連絡がありました。もう釈放してください」



「いえ、もう銀行が閉まっている時間です。明日、朝一番に確認してから動きましょう」


そういい残し、男は帰っていったそうです。



翌日、男のから入金は確認できた。動いているので安心して欲しいと連絡がありました。しかし午後になっても男は警察署にはあわらわれずその翌日になってようやく男が現れました。やっと釈放してもらえるとアロハ君も部長の安堵したといいます。


ところがその男は


「部長、申し訳ない、事件が大きすぎで市長レベルでは止められない、もっと大きな人を動かさないといけなくなった。」

部長から振り込まれたお金はすでに根回しに使ってしまい、より大きなコネを利用するには大きな金額が必要だと説明を受けました。



「今度こそ、間違いなく日本に帰れます。私が保証します。」



「いったい、おいくらで・・・」





「300万円」






「さ・・300万円?」






「もちろん払わなくても私が責任をもってお二人を守ります。安心してください、ただ、やはりフィリピンスタイルですから時間はかかります。一年後か、二年後かそれはわかりません」

頭の中が白くなったというより、深い暗い海の一番深いとこへ沈んでいく心境でしたと部長は言います。


「ひろし・・・どうする?」


「そんな金払えるわけ無いじゃないですか?そもそも部長が安心しろって言ったからじゃないですか?如何してくれるんですか?」


結局その日も釈放はおろか、より、状況が悪くなった心境でした。部長の家族や社員からも早く帰ってこないと部長までが危険な目に合いかねないとパニックのような電話が矢継ぎ早にかかってきたそうです。






「俺はいったい何をやってるんだろう・・・」




そういえば、昨年、町の青年部の旅行でもひろしは酔って宴会場のガラスを割った。廊下とカラオケの会場を結ぶ大きな一枚ガラスだった。部長の懸命の謝罪と旅館の好意で弁償は免れたが、その旅館は恥ずかしくて二度と使えなくなった。



「あいつは旅行になると問題ばかり起こして人に後始末をさせる」

次第に情けない気持ちと腹立たしい気持ちが錯綜して、どうでも良い気持ちになってきた。





毎日通っているホテル、延泊してるけどいったいいくらになるんだろう?食事は切り詰めてハンバーガーを買った。






ほとほと疲れ果てて、部屋に帰る元気も無く、ホテルのロビーに無気力に座ってホテルを出入りする人を見ていた。


大きなスーツケースを持って楽しそうに会話をしている欧米人。ビジネスマンらしく足早にロビーを通過する人。これから遊びに行こうと話し合っている中国人。


それにくらべ自分はどうだろう。300万円をはらったところで帰れる保証は無い。しかし300万円を払わなければすぐには日本へは帰れない。


ひろし一人残して帰るわけには行かない・・・自分の無力さにほとほと疲れた。


ロビーのソファーにもたれ無気力に通り過ぎる人を見ていると見た事のある日本人が入ってきました。



なにやら楽しそうに電話の向こうと話しています。そもそもあいつを詐欺のグルだと思ったばかりに始まった事。あいつの話を信用すればよかった。



そう思うと自分が情けなくなってきた。今の自分を見られるのも恥ずかしい。「結局出来なかったじゃないですか?」といわれるのもしゃくだ。


ただ、自分が誤解して相手に悪い言葉を投げかけた事だけは謝罪しよう。



電話が終わるのを待ってチェックインカウンターに向かう前に男に声をかけた。








「あっ、あの・・・」












「あれ?部長さん・・・ですよね?」












あれから5日後、私は大切な契約を終えて、かねてからの約束で3日間の休みをもらうことになっていました。

本社の内勤者は日曜日もあれば祭日や正月休みもあります。ところが商社の外回りはあちこち飛び回っていると移動時間が休みみたいなもので、まともな休みを取ったことがありません。


「約束通り、契約も無事終了しましたのでバカンスに行って来ます。」



「バカンスって何処行くんだ?日本に帰るのか?」



「いや、日本には帰らない。娘たちもお父さんが家にいると喜んでくれてたのは小学校低学年までだ。今じゃ久々に帰っても喜んで迎えてくれるのは犬だけになった」




「まっ、誰でも通る道だ。じゃそのままフィリピンに居るのか?」




「フィリピンのどっか小さな島に行ってやしの木陰で昼真っからビール飲んで本読んでるよ。」




「昼真っから飲むのか?そりゃ気合入ってるな~。まっ、楽しんでこいよ」




「携帯の電波が届かないような田舎に居るから電話すんなよ!」






日本にいる同僚からの事後報告と軽い冗談を交えながら私は久々の休日に饒舌になったのかも知れません。




横からまるでホームレスのような老人が近寄ってきたように見えました。





髪は真っ白でボサボサ、頬はコケ生気が無く背中を丸めて近づく様はあの胸を張り堂々と立ち振る舞う部長とはかけ離れていました。



人ってたった5日間でこうも変わるのかと驚くほどの変貌でした。




部長は私を見て「先日は大変失礼な事を申し上げました。謝罪します。」そう謝罪してから自分の部屋に戻るつもりだったそうです。





ところが私の顔を見てこの5日間にあったさまざまな事が思い出されてきて「あの」といったきり言葉が出なくなり代わりに涙が出てきたといいます。




















「た・・・助けてください・・・」







そういったきりボロボロ涙を流しながら泣き崩れていきました。

あの自信たっぷりの部長がこれほどまでに追い込まれていたのは余程の事があったと推測しました。




「白い砂浜、やしの木陰、冷えたビールが・・・」


せっかくの休みが消えてしまう覚悟はありました。今度はバカンスモードから一気に戦闘モードに頭を切り替えました。







「こうなったら全員まとめて相手してやる!」






マニラから日本へ帰れなくなった日本人の救出作戦の始まりでした。








続く・・・





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