幼稚園が大好きだった娘。ある時娘は言った。「幼稚園に行ってなかったら、きっともっと早くお空に行ってたと思う。」と。
娘が白血病と闘っていた時、
それは幼稚園の年長さんの時だった。
幼稚園へ行きたくて行きたくて、
本当に楽しみにしていた娘。
縁あって年中さんとして、
近所の幼稚園へ通うことができるようになった。
いつも幼稚園で全力で遊んだり学んだりしてくるので、
家に帰ってくると疲れて足が痛いと泣いたり、
もう本当に幼稚園に全力投球していた。
それぐらい娘にとって、
楽しい場所だったのだ。
残念ながら白血病を発症して、
幼稚園はお休みしなくてはならなくなった。
年長さんの時の担任の先生が面会に来てくれた。
「今度担任になる○○です。よろしくね」と
入院中の娘にも挨拶をしてくれた。
それから数週間からひと月に一度のペースで、
皆が作った作品や教材、
お友達からの絵やメッセージを病室まで届けてくれた。
娘はというと、
先生が来ると緊張して話せなくなってしまっていた。
後で聞くと、
「好きすぎて話せなかったんだよー」と言っていた。
そういうところはパパ似かな?
毎月、先生は面会に来てくれた。
そして娘も再び幼稚園に通うことを目標に、
辛くて苦しい治療を頑張っていた。
でもその夢は叶わなかった。
一度も年長さんとして登園することなく、
幼稚園は卒園式を迎えた。
当初、
先生方と娘も卒園式に出られるよう計画をしていた。
でも体調が思わしくなく、
参加は厳しいという結論に至った。
悔しかった。
あれだけ楽しみに頑張っていたのに、
たった一日だけでも再び幼稚園に
通わせてあげたかった。
ここで当時娘を担当してくれていた看護師さんが、
病棟で娘のために卒園式ができないか、
皆で話し合って検討してくれた。
妻を介して幼稚園の先生方とも連絡を取ってくれて、
そして病棟の職員さんたちの協力も得られることになり、
いよいよ娘のためだけに卒園式を開いてくれることになった。
看護師さんや保育士さんらが、
お部屋を飾って華やかにしてくれた。
娘はここのところ、
ずっとパジャマしか着られなかったけど、
この日ばかりは幼稚園の制服を着たいと言って着替えた。
だいぶ痩せてしまったので、
大きく見える制服だけど、
これに袖を通したかったんだもんね。
やったじゃん、ちゃんと幼稚園の制服着れたね。
卒園式当日。
この日も娘の体には今日も点滴が何本も入っていた。
娘は立つこともままならないので、
ベビーカーに乗って参加。
担当看護師さんの
「園児入場」の声とともに、
妻と私と一緒に皆が待っているお部屋に一人入場した。
皆が笑顔と拍手で迎えてくれる。
娘だけの卒園式だ。
幼稚園の園長先生が、
「卒業おめでとう」と証書を読み上げてくれた。
驚いたことに、
その証書を受け取る時、
娘は立とうとした。
自分の足で立って、
園長先生から証書を受け取ろうとしたのだ。
大丈夫か、私たちの心配をよそに、
娘はしっかりと自分の足で立ち上がり、
両手で証書を受け取ることができた。
本当は立ち上がるどころか、
この場にいることだって
あの時の娘にはかなりしんどいことだったと思う。
頑張り屋さんの娘だった。
他県に異動してしまった、
ずっと担当してくれていた先生も来てくれた。
大好きな看護師さんや看護師長さんもいる。
面会に来てくれた幼稚園の担任の先生もいる。
皆が娘を包んでくれていた。
皆涙を浮かべていたが笑顔で、
微笑ましい時間だった。
式が終わりに近づくと、
娘は幼稚園の先生方にお願いをした。
「弟をよろしくお願いします。」
弟もお姉ちゃんと同じ幼稚園へ通い、
春に入園する予定だった。
お姉ちゃんは弟がちゃんと幼稚園へ通えるか心配で、
ハラハラしていたのだ。
弟思いの優しいお姉ちゃんだった。
皆で写真を撮った。
もう病院のあちこちから先生や看護師さんが来てくれて、
とても賑やかな式となった。
娘はじっとしていたが、
どんなことを思っていたのだろう。
担当看護師さんにお礼を言った。
企画してから、今日の式を行うまで、
本当に大変だったことでしょう。
でも娘の心には深く刻まれたと思うし、
何よりあれだけ行きたがっていた幼稚園には行けなかったけど、
こうしてちゃんと自分も卒園できたのだという
思い出を作ってくれました。
娘の中でひとつのけじめができたのだと思います。
娘を優しく包んでくださった皆に、
ありがとうございます。