あの頃、人の笑顔が悪魔に見えた。
常に動作がゆっくりで、よく宙を見つめていて、小さな声で自身なさげに話していたぼくは、いじめっ子にとって格好の獲物だったと思う。
物語のはじまりは、ぼくが小学生のとき。
ある日、ぼくは朝から熱が出ていて学校を休んでしまった。
ぼくの小学校では、休んだ人には今日の予定と宿題、それに友達からの一言が書かれたカードが渡されたんだ。
ぼくは、家で寝込みながらそれを見ていた。
ずらずらと並んだ宿題の欄を見て「やる気がしないなあ」とか思っていると、ふと視線が「友達からの一言」の欄に止まった。
一見すると、そこには何も書いていないように見えた。
けれどよく見ると、ありんこのような鉛筆の線のかたまりがあり、それはどうやら小さく書かれた文字のようだった。
そこには確かにこう書かれてあった。
「死ね死ね←うそです。」
そのときは、幼心に「もっと明るい嘘をついてくれればよかったのに」って思った。
ただの悪い冗談だと思ったんだ。
けれど、それから快復し、クラスに向かうと、書かれていたことはただの嘘ではなかったことに気づく。
クラスメイトの何か気味悪いものを見る視線。
クラス内に飛び交う自分の「菌」。
すれ違えば浴びせられる鋭い言葉の数々。
そして、パニック障害の発症。
でもね、ぼくはそれでも学校には行けたんだ。少ないけれど、トモダチって呼べる子たちがいたから!
中学時代はそれなりにいい感じだった。
小学校からの友達もいるし、新しく友達もできた。
いじめもなくなった。
相変わらず声は小さいし、あまり自分から喋らなかったけれど、みんなそんなに気にしなかった。
ただ、後悔もあるんだ。
もっと自分から話せていればもっとよかったかなと思う。
学校外で友達と遊んだこともあまりなかった。
今だったら、もっと伝えられたことがあったと思う。
(ちなみに、中学校の友達とは成人式のときに再開して、今でも時々会うよ!)
たいした勉強もしないで都立の高校に入学。
実は、高校時代が一番つらかった。
小学生のときみたいに、表立ったいじめはなかった。
でも、高校生のぼくにはいなかったんだ!
友達が!!
一人も!!!
中学校の頃の友達は、当時携帯電話を持っていなかったから連絡先をぼくはわからなかった。
だから、休日に他の友達と遊ぶこともなかった。
無口だったぼくはさらに無口になっちゃった。
当時ぼくが自分から話していたこと
自分「(先生に)トイレに行きたいです…。」
自分「(店員さんに)袋はいりません…。」
このくらいしかなかった。
このときにぼくは「誰かに虐げられること以上に”孤独”はつらいんだ」ってことを知った。
教室内でひそひそ話をしている…。
もしかしたら自分のことを話しているんじゃないか…。
誰かが笑っている…。
もしかしたら自分のことを嘲笑っているんじゃないか…。
そのころ、ぼくは人の笑い顔が悪魔に見えたよ。
独りぼっちって苦しいんだ。
まわりのみんながなんとも思っていなくても、自分からすれば全員敵に見える。
集団の中にいるのに自分だけ誰とも会話することがないんだよ。
―まるで幽霊みたいだね。
ぼくだって、みんなと笑い合えるんだ。
卒業後、なんとなく大学に進学。
自分「大学だったら、クラスもないし誰とも話さなくても浮かないかな。なんかサークルもあるみたいだし、将棋サークルでも入って平和に過ごそう。」
当時、そんなプランを考えていた。
でも、それは裏切られた。
まず、入学するとガイダンスがあったんだけど、そこで後ろから話しかけられた。
「おーい!」
自分「は…はい…!」
白石くん「あ、はじめまして!俺の名前は白石啓っていいます!同じ哲学科だね!よろしく!」
自分「し…白石くん…。よろしく…。」
啓くん「啓でいいよ!よろしく!」
こんな感じでなんとなく話していたんだけど、そのとき思ったことがあるんだ。
この人、めっちゃ変な人だ!!
初対面なのにめっちゃ話しかけてくるし
初対面なのにどこでもついてくるし
気づけば、一緒にご飯食べて一緒に帰った。
…あれ、これってもしかしてトモダチ?
友達いない歴3年のぼくに、トモダチがまたできるなんて。
もう一つ、大学では大きな出会いがあった。
サークルを探しているときだった。
どこからか「カンボジア」という言葉が聞こえた。
「カンボジア?」
本で見たことはあっても耳にすることはあまりない単語だった。
話を聞いてみると、そこは「国際協力」をしている団体だった。
昔からそういうことをしてみたいとは思っていた。
でも、それが大学にあるなんて!!
ぼくは吸い込まれるようにその団体に入った。
そこではいろんなことをしたよ。
毎週みんなで集まって会議をしたり
カンボジアについてみんなで発表したり
合宿に行って、花火をしたり肝試しもしたりした。
些細なことでみんなで笑いあった。
ぼくだって、こうしてみんなと笑い合えるんだ。
そう思うと、<ぼく>という存在がなんだか認められた気がした。
ぼくだって、「ここにいていいんだよ」って。
特別なことは何もしていない。
―ただ環境が変わっただけ。
こうして、今ではだいぶ積極的に自分を出せるようになった。
でも、ぼくは特別なことは何もしていないんだ。
―ただ環境が変わったんだよ。
学校でいじめられている
職場で毎日叱られている
「つらい」って思う場面は生きていればきっとある。
どんなに頑張ってもうまくいかないことだってきっとある。
そんなとき、大事なことは今の環境を変えてみること。
置かれた場所で無理に咲こうとしなくたっていい。
もしそこがコンクリートだったら、花が咲くどころか芽を出すこともできないよ。
環境を変えることは「逃げ」じゃないよ。
だいじょうぶ。
だって、この世界にはこんなに広い空がある。


