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13/5/8

「母の懐中電灯作戦」のお話

Image by Olia Gozha

僕は真っ赤な自転車で塾に通っていました。当時小学生の僕の授業が終わるのが夜の8時ごろだったと思います。
僕が帰るときには辺りはすでに真っ暗闇。
街灯がほとんどない田舎道を一人自転車で帰るのはすごく心細いものでした。

当時の僕はテレビや本で心霊現象やUFOなどの話を聞いたり、読んだりするのが大好きでした。自分の目で見たことがないものにすごく興味があったのです。

でも厄介なことに、その好奇心は夜になると恐怖心に変わってしまいます。真っ暗な夜道を一人走っていると、「ここでオバケがでたらどうしよう」とか「UFOに連れ去られたらどうしよう」だなんて、すっかり臆病者になってしまうのです。

考えないように努力すればするほど、日中目にした心霊写真のオドロオドロシイ映像がよみがえってきたりします。自然とペダルをこぐスピードもどんどん速くなっていきます。でも、早くこげばこぐほど怖さは倍増していきます。

そんなある日、息を切らせて帰宅した僕に母が理由を尋ねました。僕はチョッピリ恥ずかしい気持ちもありながら、正直にその理由を母に打ち明けました。
すると母はそんなおバカな理由を一笑に付すこともなく、真剣な面持ちで僕にこう言ったのです。

「分かった。明日からお母さんが家の前に立って懐中電灯で照らしててあげる。あんたはその懐中電灯の明かりをみたら、お母さんがそこにいると思って安心して自転車を運転しなさい。」

僕は喜んでその提案を飲みました。

翌日から母の懐中電灯作戦は始りました。最後の直線200mになって家の方向を眺めると、確かに小さな明かりがポツンと僕の方を指しています。

あそこに母がいるんだと思うと急に安心して、ハンドルを強く握りしめていた手の力が抜けていくのが分かりました。そしてその小さな明かりだけを見つめて、ただゆっくりとペダルをこいだのです。すると不思議なくらい「オバケ」も「UFO」の存在も気にならないのです。あそこに母がいると思うだけで。

暗闇の中の小さな小さな光。
その一点の光に向かってペダルをこぐときの安心感と幸福感は今でも忘れられません。人はどんな暗闇の中でもやはり一点の光をみたいものなのです。そしてそこに希望や安心感を見出すのです。

実はあの時、母が懐中電灯作戦を考えたのには理由がありました。最後の直線200mの間にいくつかの交差点があり、そこを全力疾走で走り抜ける僕を心配したからだったのです。もしその交差点に車が進入してきたら僕の身にどんなことが起こるかは明らかでした。
母はそれを心配していたのです。
何も息子がかわいそうだとか、甘やかすという考えからではありませんでした。
そもそもそういう母でもありませんでしたが。

今思えば、寒空の中、5分後なのか10分後かも分からない息子の帰りを、ただただ懐中電灯の明かりを照らし続けて待っていた母の姿を想像すると胸が熱くなります。

僕も人の親になりました。でも、そんな愛情たっぷりの親になれるのだろうか?そんな不安もよぎります。

反対に間違いなく妻は立派な母親になります。彼女の娘に対する深い愛情と根気強い対応はすでにそれにふさわしいとさえ思える時があります。そんな彼女に尊敬の念すら覚えます。

反対に僕は頼りない父親になりそうです。娘への愛情は妻と変わらないつもりですが、なにせ「3日坊主」で「飽き性」で「根性なし」が僕の本性ですから。ほんと、申し訳ない。

でも、ただ一つだけ言えることもあります。それはきっと妻や母とは違ったかたちで娘に光を当ててあげることはできるはずだということ。
僕はそう信じています。

小さな、小さな「ありんこ」みたいな光でも照らしてあげることはできるはず。
僕が暗闇の中で自転車をこぎながら感じたあの「安心感と幸福感」。
僕なりのそんなささやかな光を照らしてあげられたらいいな。
人の親になった僕はそんなことを考えています。

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