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16/12/30

4月の2話 友達に見せた涙

Image by Olia Gozha

 大きな事件が起こった。とは言っても、私の気持ちの上での話。 

 ある日、先生の1人から、フランス語でメールが届いた。「これから仏語も頑張るって決めた」と、何かのメールのついでに伝えたからかも知れなかった。

 研究所のメールは、殆どがフランス語ベースだ。たまに英語の時もあるが、それは本当に限られている。だから、私は、受け取るメールの殆どが意味が分からないまま済ましていた。フランス語のメールは、自分と関係ありそうだったらweb翻訳を使って意味を取っていた位、まだ仏語力が無かった。

 先生からのメールを仏語で受け取ったとき、勘弁して、と思った。まだ、仏語では分からないよ、と。仏語っていうのは難しくって、文法がある程度分かってないと、単語の意味だけでは意味が取れないことがある。web翻訳も間違った訳が混ざっているのが普通。だから、研究内容に関わるような内容を仏語で言われると、正確な意味が取れなくて困るのだ。それなのに仏語でメールを送ってくるなんて、「嫌がらせ!?」と反射的に思う位、私の反応は、過剰だった。

 この、仏語のメールに、「分からないから英語で送ってください」、たったそれだけを、先生に返信するのに、なぜだか私は、すごくすごく、抵抗感があった。「出来ない」というメールの文面を書いているときも身体が熱くなる程だったし、いざ送信しようとすれば、どうしても送ることが出来ない。今思い出しても泣けてくる程の抵抗感だった。

 どうして、たったそれだけのことがあんなに抵抗があったのか、最初は全然分からなかった。だけど、「だって出来ないもん」と考えているだけで、自分で言い訳をしているようで、涙が出てきた。白昼だったけど、周りには普通に同僚がいたけど、、1人、パソコンのディスプレイに向かって、静かに泣いてしまっていた。

 どうやら、「出来ない」ということを、自分で口にするのが、自分で認めるのが、すごく受け入れられなかったようだった。今冷静に考えてみると、恐らく、当時の私の生活は、出来ないことばっかりで、だけど出来ないと言ってしまったら終わりだから、出来ないもん、と思う自分の気持ちを必死に無視して暮らしていたと思う。それなのに、こういう形で、誰かに白状しなければならないという状況が、自分の能力の無さを認めさせられているように感じ、それが私にはすごく苦しくて、こんな苦行を強いる先生を憎くさえ思った。

 その日も、仏語の勉強の時間確保のために、17時の研究所チャーターのバスで帰った。そのバスには同僚が2人一緒に乗っていたので、このときの私の気持ちを聞いてもらった。こういう、気持ちが塞がって行き場がないようなときは、誰かに聞いてもらった方がいいのだ。こんな気持ちを吐露することは、私にとって簡単ではなかった。勇気も必要だったし、抵抗感もかなりあった。でも、絶対に外に出した方がいい、と思ったから、一生懸命頑張って、辛かった気持ちを友達に聞いてもらってみた。

 友達は、中国人とチュニジアの人で、二人ともフランス語はペラペラだった。だけど、やっぱり、二人とも留学生なので、私の辛さを分かってくれた。2ヶ国語を一度に勉強するのは本当に大変だということ、一つの言語だけを勉強できるなら、それはその方が貴方にとっていいだろうけど、フランスで暮らしている以上、それは出来ないでしょ、とアドバイスをくれた。先生に、今は仏語を止めて欲しいというべきだ、と最もなアドバイスを受けたりもした。

 彼女たちに話を聞いてもらって、ちょっとは気分が変わったが、でもまだ何か気持ちが沈んでいて、なかなか浮上しなかった。帰宅し、沈んだ気持ちで部屋に引き篭もり、それでもまだ仏語を勉強をしたが、この沈み方は半端じゃない。絶対に誰かに話を聞いてもらった方がいいと思った。ドア越しに、いつも話している同じフロアの友達同士の楽しそうな声が聞こえてくる。彼らに聞いてもらってみようか……。おもむろにドアを開けて、私は彼らの前に出ていった。

 皆は廊下で談笑していて、私を見ると、「さば?」と聞いた。フランスでは、いつも顔を合わせば挨拶をする習慣がある。「さば?」は一番よく使われる表現で、意味は日本語でいうと、「元気?」となる。元気でないときに、元気か、と聞かれれば、私はつい正直に「元気じゃない」と答えてしまう。そしてフランスでは、もしそんな答えが返ってくれば、必ず「何があったんだ」と心配そうに聞いてくれる。皆、温かいのだ。私は、自分から自分の話は積極的に言い出さないくせをして、実は聞いて欲しいと潜在的に思っているようなタイプだから、このフランスの挨拶は、自分の状態が良くないときに、それを伝えることができてすごく有難いものだった。

 元気じゃない、とその日答えた私に、その辺にいた友達が、やっぱり心配して群がってくれた。私は自分の部屋のドアを背にして立っており、私の前を、4,5人の友達が半円になって取り囲んで、どうしたんだ、何があった、と聞いてくれた。

 最初、私は話すのをためらった。話を聞いてもらおうか、と思ったのはいいけれど、皆、現役の大学生だから、私より10歳ほども若い。そのときの私は、話せば泣いてしまうに違いない、と自分で分かるほど、感情が不安定になっていた。10歳も年下の子に、涙を見せる30歳っていかがなものか。いい年をして恥ずかしい、という気持ちがあった。加えて、説明するなら英語になる。ただでさえ複雑なこの感情を、吐露しようにも英作文の困難が伴う。なかなか簡単じゃないのだ。

 ここで話すか話さないかは物凄く紙一重で、だんまりを決め込んでいたとしても全く不思議ではなかったが、だけど、何かのバランスがほんの少しだけ話す方に傾いて、えいやと話し始めてみてしまった。

 「今日、先生がね、メールをフランス語で送ってきたんだ」「だけど私にはよく意味が分からなくって」「まだ無理なのに」……。そんなことを話していたら、やっぱり思ったとおりに、目が潤んで、声が震えて、大粒の涙も後から後から流れてきた。「英語で説明するの、難しい」と言ったら、その場にいたモロッコ人の男の子が、「自分の国の言葉でいい」「自分の国の言葉でも、私達はきっと分かるから」って言ってくれた。この、「自分の国の言葉でいい」という言葉はかなりグッと来る言葉だった。私がいつも感じている、異国で生きる上での生き辛さ、ハンディキャップを理解して、取り除いてくれる言葉だったからだ。さすがに留学生だけあって、きっと同様の苦しみを経験したことがあるのかも知れないな、と感じた。言葉の違い、文化の違い、それらから受ける疎外感。周囲の人(フランス人)と比べて、受け取ることの出来る情報量は限られていて、常にハンデがある生活。フランス語が分からない私のような人に対するケアはなく、不便な思いをいつもする。だけどそれは、自分がフランス語が分からないから悪いんだ、という、いつもどこか劣等感のような気分を味わいながら暮らさなければならない。これが異国で暮らす辛さだと思う。ワクワクだけでは済まない。リアルは結構過酷なのだ。

 10以上も年下の子の前で、泣いちゃう30歳ってどうよ、と思ったが、でもこの涙を見せたおかげで、私とフロアの友達との距離は急速に縮まったように思えた。ティフェンから「私達、ここにいるよ」という言葉を掛けてもらったのを印象深く覚えている。日本ではそういう勇気付け方ってあんまりメジャーじゃないから新鮮だったし、だけどなんて今の私の心境に有難く響く言葉なんだろうと思った。異国の言葉には、それぞれの、マインドを的確に表す表現があるようだ。

 同時に、この出来事で、私は留学生の真髄を知った気がした。日本で見かけたことのある留学生たち、彼らは、きっと皆、この精神的苦境を感じながらも日本で勉強に励み、その苦しみを受け入れ、乗り越えていたのだろう。私は、全留学生を尊敬した。だてに留学してるんじゃない、留学しただけのことはやっぱりあるのだ。


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