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17/1/4

ホームレスと交際0日婚をした私がやっと見つけた幸せの形 ⑤寒空の下で書いた婚姻届

Image by Olia Gozha

私とたまのぶは、結婚の証人になってくれる共通の知人の中田さんに会うため、アーバンキャンプの会場へと向かっていた。季節は初冬で、日没後の路地を歩くと、吐く息が白かった。私のバッグの中には、まっさらな婚姻届けが2枚入っていた。

中田さんは少し遅れて来る事になっていたので、私たちは、たまのぶの友達のメイちゃんたちと先に合流する事にした。メイちゃんは、私より少し年下の、かなりフリーダムな感じの女の子で、キャンプ場にコタツを持ち込んで宴会を始めていたのだけど、吹きっさらしの夜空の下で電気も入っていないので、とても寒かった。私たちは6人くらいでキュッと寄り添い、暖をとっていた。

どれくらい話しただろうか。

ふと、たまのぶが、「じゃ、書こっか」と言い出した。

私には、それだけで、たまのぶが何を書こうと誘っているのか分かった。

「うん」

私はバッグから婚姻届を出した。

最初にペンをとったのは、たまのぶだった。彼はスラスラと自分の名前や生年月日、住所、親の名前など書いていった。

そして次は私の番。

ペンを握り名前を書こうとした瞬間、少し手が震えているのが自分でも分かった。

その時、私は、少し怖いと思った。

これにサインしたら私たち二人は、結婚する。それは先が全く予想もつかないことで、私はそれを「怖い」と感じた。

いや、私の人生で先の予想がつかない事など、いくらでもあった。ただ、これまでは私1人の人生だった。それがこれからは、2人での人生になる。私という不安定な人間に、ホームレスの彼。この組み合わせに、不安をいだかない者が、私達以外にいるだろうか?

「オレは養う事はできないけど、一緒に頑張る事はできるよ」

以前たまのぶが言ってくれた言葉が、私の頭の中をリフレインする。

同時に、スラスラと婚姻届にサインをしたたまのぶを凄いと思ったし、そんな風に堂々と記入してくれることを嬉しく思った。

そして私は名前を書いた。白濱優子。この名前も、結婚してしまえば、名字が変わり書かなくなるのだ。女性にとって結婚とは、自分で自分の名前を変える行為でもあったのだ。

その時、一緒にコタツの中に入っていた人が話しかけてきた。

「何書いてるの?」

「婚姻届だよ」

「エッ! 嘘でしょ?』

「いや、本当です。本物ですよ」

そう答えると更に、

「嘘でしょ!! ねぇ、この人たち、コタツで婚姻届書いてる!」

と言って周りの人に伝え、ちょっとした騒ぎになった。その後、私たちが2人きりで会うのが初めてな事を知ると、より一層驚いていた。

そんな中、私は少しだけ落ち着いて2枚の婚姻届に名前を書き終えると、たまのぶと2人で残りの空欄に目をやった。証人の欄だ。


婚姻届には2人の証人がいる。

今晩アーバンキャンプに来るはずの中田さんに連絡してみると、ここに到着するのはまだだいぶ時間がかかるという事だった。

「じゃあ山村さんに先に会いに行こうか」

たまのぶがそう言い、私たちは山村さんがいるハッカーハウス新宿に、手を繋ぎながら向かった。

電車に揺られ、新宿駅から少し歩いたところにハッカーハウス新宿はあった。玄関を開けると、ありえないほどの靴が置いてあった。どうやら今日はパーティーをしているらしい。

2階に上がって部屋に入ると、まさに人がひしめき合っていた。たまのぶは、その人混みを、のしのし分け歩いて山村さんを呼んで来た。

部屋に入りきらない私とたまのぶと山村さんは、キッチンで会う事になった。たまのぶが、

「婚姻届に証人になって欲しいんですけど」

と、言うと、山村さんは、

「おいおい、マジかよ」

シェアハウスをいくつも運営しているせいか、それとも真性ハッカーのせいか、どんな状況にあっても冷静で動じない山村さんが、冷静なんだけど、ちょっとだけ慌てていた。たまのぶは山村さんに「ちょっと会いに行きます」としか、話していなかったらしい。

それでも山村さんは、冷蔵庫を下敷きにして、立ったまま証人欄にサインをしてくれた。とても書きづらそうな体制で、急に無茶なお願いをしてしまって、なんだか申し訳なかった。

無事、山村さんから結婚の証人のサインとハンコをもらった私たち。もう時間も遅いし、今日、中田さんにサインをもらうのは諦め「この後、どうする?」となった。

私は、2人で一緒に居たかった。かといって、たまのぶがホームレスをしている公園で朝まで過ごすのも寒すぎた。そこで私たちは、2人で漫画喫茶に向かった。

そこで、ソファに2人で座った。私たちはそこでチュッとキスをした。

その時の事はあまり覚えていない。ただただ、すごくすごく幸せな気持ちになった事だけが、今も頭の中に残っている。

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