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16/12/27

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第30話

Image by Olia Gozha

《これまでのあらすじ》初めて読む方へ


あることがきっかけでショーパブ「パテオ」でアルバイトをしている大学生の桃子は、少しずつ頭角を表し店の売れっ子へと上りつめていく。そんな矢先、恋心を抱きつつあった店のチーフマネージャー佐々木が店を辞めショックを受けパテオを辞める決心をする桃子だったが、佐々木からの店を取り仕切る玲子に裏切られていたことを聞いた桃子は、玲子をいつか見返すことを誓い再びナンバーワンの座を狙う。そして、人気順位1位と2位のルイとアヤを半ば陥れるなどして、ついに一位の座に上り詰めたのだった。



私は、毛皮のコートの裾を気にしながら

澄まし顔でソファーに腰を下ろそうとした。


両隣の女の子たちが、十分の間隔があるにも関わらず

私に少しでも広いスペースをあけようと腰を上げる。


2人して緊張した面持ちだ。



私は当然のようにそこに腰を下ろし

足を組みタバコに火をつけた。



開店30分前のラウンジ

月に一回の月例会には

総勢50人以上のスタッフが集まる。


その月の売上がトップのものを表彰するのだ。


週一のミーティングにはここ数ヶ月顔を出していないので

見渡すと知らないホステスばかりだ。

最近は自分の上客以外の顔をまともに見ていない。



おそらく、それは私のせいじゃない。

私と目を気軽に合わせられる者がいないからだ。


玲子の背後のソファにはオーナーの川崎が座っている。

相変わらずちょび髭を生やしソファにもたれて

誰かと携帯電話話している。


玲子が私を待っていたと言わんばかりに

連絡事項などを話し始める。


胸の空いた白いロングドレスに

相変わらず艶のある巻き髪が揺れている。


ただ、大の酒好きというだけあって

連日浴びるように飲むものだから

最近は酒焼けした声になったと、もっぱらの噂だ。

この人の場合、私のように1年そこらじゃなくて

20年以上そんな生活を続けているのだから

無理もないだろう。


全てはお金と今の地位を欲しいままにするため

以前は神々しいほどに思われた玲子の顔を

私は侮蔑のこもった目で見つめていた。



その玲子が突然、こちらを振り返りニッコリしたので

さすがにドキッとした。



「杏さん」



私は軽く頷き立ち上がった。


ラウンジ中の視線を今、私が独占しているのを感じながら。



玲子は満足げに私を見つめ


「今月もトップね!おめでとう!」


と歯を見せて笑った。


私は札束がギッシリ詰まった重みを感じながら

分厚い封筒を受け取った。


広いラウンジから大きな拍手がこぼれた。


私は機嫌のいい声で

頭を下げずに、ありがとうございますと言った。




玲子の胸元はライトに照らされて

鎖骨の下が真っ平らで

真ん中にはろっ骨の形が浮き上がっていた。

その下にある胸の膨らみは不自然な気がした。


色々、取り繕ったって

やっぱり老いは隠しきれないんだ…



私は心の中でクスリと笑い彼女に背を向けた。



席に戻る途中

わずかに残っている私と同期入店の子達の席や

先輩ホステスたちのグループの前を通った。

その中でシラけたように、ふて腐れた顔があるのを

視界の隅で捉えた。


「調子乗んなよ。汚い手使いやがって」


ギャルメイクの金髪が小声で吐き捨てた。

私より半年くらい先輩で

入ったばかりでショーメンバーになった私を

何かにつけバカにして笑っていた女だ。


一時期はステージの中央近くで踊っていたが

今はすっかり端に追いやられている。


ただの負け犬だ。

相手にする価値もない。


気にも止めず颯爽と通り過ぎた。


それ以上に今は

羨望の眼差しを浴びることに集中したかった。



再びソファーに座った時

右側のホステスのスカートの裾をわずかに踏んでしまったので

腰を上げると、そのホステスが恐縮したように

あ、あの!す…すみませんでした!

と頭を下げた。


その怯えたような表情を見て私は

ここでの自らの地位を改めて確信するとともに

感じたことにない恍惚に浸った。




その夜は、指名が5本だった。

まずまずと言ったところだ。

着替えていると取り巻きたちがやってきた。

3人はいずれもパテオの人気ベスト10に入るホステスで

うち1人のナナというホステスは私はより先輩だったが

昔から気取らず新人にも威張らない人だった。


ナナたち3人は、ちょっと媚びるような口調で言った。



「ねえ!杏さ〜ん、今夜も行くでしょ〜?」



「どっち?クラブ?それともホスト?」



私が鏡に向かって髪をときながら聞くと

ナナが申し訳なさそうに言った。


「それがさあ、カレシに今日は杏ちゃんと行くかもって言ったのにさ

  連絡取れなくて、店電話したら来てねえって言うんだよね」


他の2人が

「ええ!ちょーマジ、ヒドくないですか、それ」

「今夜もVIP入れてもらえると思ってた〜〜」


と口々に言う。


ナナのカレシは某クラブの支配人で

空いて入れば芸能人御用達のVIPに入れてくれた。

ちなみに私と一緒の時だけらしいが。


「おい、おめえらアタシに期待しすぎだっちゅーの」


ナナがおどけ顔で前かがみになって胸の谷間を強調する。


「ナナさん、それ古くないですかあ。」


2人がケラケラ笑う。

私もコートを羽織りながら苦笑した。

ナナは、さすがちょっと年上だけあって一昔前の

流行りとか会話にチョイチョイ入れてくるのだ。



「いいよ、ホスト行こっか」


私がそう言うと3人がはしゃいで喜んで見せた。


タクシーを降りるとまず、ファミレスで腹ごしらえし

化粧を直しホストクラブへ入店したのは深夜2時だった。



この歓楽街でもトップクラスの人気店だった。


ウィークデーなのに席がほぼ埋まっている。


ここに通ったきっかけは

元を辿ればアヤを陥れるためだったので

もう半年前になる。

最初はもちろん、たった1人で

しかもホストクラブ初体験でいくらホステスとして

多くのお客をこなして来た私とはいえ緊張した。


いつも、接客する側の人間だったので

こっちに話の花を持たせてくれ

絶妙なタイミングで気の利いた

合いの手を入れられたりする彼らに慣れるまで時間がかかった。


ホストは気に入られたい一心で

私を退屈させまいともてなしてくる。

調子にいいことを言って笑わせてみたり

タバコに視線を落としただけで

ライターの火をスタンバイしたり



この人たち売れたくて必死なんだ


最初は自分を見ているような錯覚を起こしそうだった

ただ慣れると、金の余ってる女性なら

ハマって当然な娯楽かもしれないと思えた。



禿げ頭に腹の出た亭主の

苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔に話すより

一生懸命、話を聞いてくれ

オーバーなリアクションで会話を盛り上げてくれる

綺麗な若い男の方が何十倍もいいだろう。


そこへいくと私の客たちの気持ちもよくわかる。


ナナたちと遊びに行くようになったのは

トップになってからだ。



ある日突然

「杏ちゃん、ホスト行ってるんだって!?

ねえ!一度連れっててよ、お願〜い!」

とナナに頼まれたせいだ。




今では私がパテオのナンバーワンだということは

店中のホストが知っていた。

それまで以上に太い客として丁重に扱われていた。

もちろん私たちが一晩で落としていくお金に

期待しているからだ。


それぞれがお気に入りのホストを指名して隣に置き

上等な酒をジャンジャン飲み、酔って騒いだ。


私の横には、シンヤというホストが座っていた。

私より1つ年上の23歳、当時まだ入店して間もなかった。

最初こそ指名していなかったが

店のナンバーワンホストに、指名してよと

うるさくせがまれるのが面倒くさいので

あえて他のホストを指名した。それが彼だ。

ナンバーワンの男は売れっ子ならではの

鼻に付く態度が好きになれなかった。


シンヤは今の店の前でもホストをしていたらしいが

ホストには珍しい硬派なところがあった。

見た目は典型的なチャラくてナルシストっぽいホストだが

結構、正義ぶったことを熱く語ったりする。

ホストとしては珍しいタイプだった。

ナナたちの指名している

イケメンだが頭の中が空っぽのホスト達と馬鹿騒ぎするのを

眺めているのも面白いが

ホストのくせに純粋ぶったことを言うシンヤも

ある意味面白いと思った。


もともと私はホストなど露にも特別な感情など

抱いたことなどなかった。

ただの退屈しのぎ以外何もない。

または、男達を酔わせて楽しませた後で

逆に同じ性である男性に接客される側に回るのは

気持ちの良いことではある

ただ、それだけのことだった。


彼らが女を金ヅルとしか見ていないことは

ホステスの自分にはあまりにも見え透いていたからだ。


シンヤは時々、私に向かってシリアスな顔で

俺、本当はホストなんかやめたかったとか

ホストらしくないことを言った。

そうなんだ、あなたって確かに他のホストと違うかも

と、ホステスっぽい口調で返してあげた。



シンヤは、さらにこんなことを言った。

オレ、君と出会って、心入れ替えようと思えたんだ…


ま〜た始まったと私は心の中半分ウンザリ呟く。

そういう新手の売り込みなのか

そういうキャラなのか


いずれにしても、私と同じ

所詮はホストに身を落としたんじゃない

潔く認めればいいのに




そういう時、ナナは深読みもせずシンヤは杏ちゃんにゾッコン

などとからかって笑ったが、ナナの隣に座るホストが

時々忌々しそうにシンヤをチラチラ見ているのに

私はちゃんと気づいていた。



聞けば私に指名されたことで新人のくせに

生意気な奴と目をつけられているそうだった。


ホストにもホストの苦労があるんだろう。



誰かが誰かを騙し

お金が行き交う


どこまでが本当でどこまでが嘘なのか


境界線のない世界



それが私たちの住む世界だ。





シンヤがちょっと改まったような声で言った。



「ねえ、杏ちゃん。来週店休みだからご飯でも行かない?

  杏ちゃんが店跳ねたらさ。すっごく美味い店あるんだ。

  いつものお礼に ご馳走させてよ」


どうせホストに行くなら

外でシンヤと遊ぶのも悪くないと思った。



「いいよ。そのかわり絶対美味しいとこね!」


「マジ!?やった!!」



本当に嬉しそうにガッツポーズを取るシンヤ。

実はこの人ヤリ手かも、意外と…

私は、そう思いながらその姿を見つめていた。



この時はまだ、この後

シンヤとの間に起こる出来事を

予想だにもしなかった。


人生は一寸先に何が待っているか分からない。

喜びも悲しみも

直面した時

または通過してから


全て思い知ることなのだ。




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