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16/12/10

素顔10代な平凡OLが銀座ホステスとして売れっ子になるまで(13)

Image by Olia Gozha

訪れた転機

2010年の冬、大島と出会ってしばらくたってからのことだった。


そのころには私はある程度、プラネットに来るお客の顔も覚えていて

誰が誰のお客なのか、誰には営業をしてはいけないのか、そういうのもわかるようになっていた。


陽気なママのいる店は心地よく、ただ夜は銀座に通い、中野にある小さなアパートに終電で帰っては次の日の昼過ぎに起きるという生活をだらだらと続けていた。


私には、付き合って3年になる彼氏がいた。

彼は大阪の大学時代からの付き合いだったのだけれど、卒業と同時に付き合い始め東京に来てからも月に一度、東京か大阪で会っていた。ただ彼も自営の仕事が忙しく、私も離れていることもあって
全く気が付かなかったのだけれど、2月に大阪に会いに行くと真剣な顔をして事実を打ち明けられたのだった。

「ずっと黙っててごめん。実は・・・」

聞けば、もう何年も一緒に暮らしている女性がいるのだという。

「君との仲が長くなるにつれて、どんどん言えなくなっていった。」

彼は私の誕生日に指輪を送ってくれたり、いつか一緒に住むための部屋を探しているなどという話も最近はしていたので私にとってはそれは晴天の霹靂のようなものだった。

「でも、いつか君と一緒になりたいと思っているから。だからもう少し待ってほしい。」

それが逃げ口上なのか、わからなかったけれども彼は良心の呵責から抜け出せたようでスッキリとした横顔をしていた。

彼の車の助手席で二の句が継げなくなってしまった私は、そのまま車を降りていつの間にか新幹線の上り線ホームに立っていた。

「・・・このまま、線路に飛び込めばこの状況から逃げられるのかな」

ひとりでぼうっと線路脇に突っ立ったまま、足元の白線を眺めていた。あと数十センチ。そのセンチの差で、私のこの悩みから解き放たれるのならば、なんだかとても簡単なことのように思えた。ムートンブーツを履いた自分の足がグニャリと曲がって見えた。


そのとき、ごうっという音とともにホームに東京行き上り新幹線が入ってきた。

私はハッと我に返ると、自分の考えていたことにぞっとした。それまでは、東京でよく出会う「人身事故」に対して、どこか遠くの世界の話のように思っていた。けれどもそれはどこか遠い世界のことでも自分とは違う世界のことでもなく、自分にだって今この瞬間に起こりうることなのだと自覚したのだった。


そう、ひとにはいつだって魔が差す瞬間があるのだ。


東京に帰り、中野にある小さな自宅にたどり着くと、ドサリとベッドに疲れた身体を横たえた。

そのまま薄暗がりの中を灰色の天井を見上げていると、やっと涙が頬を伝ってあふれだしてきた。【ひとは、本当に悲しいことに出会うと泣くことさえ忘れてしまうって本当だな。】そんな冷静な声がどこかで聞こえたようなきがした。

私の頭の中には、3年の間に彼と積み重ねてきた思い出がぐるぐるとめぐりだした。

彼のことを信じたい、という気持ちと信じられないという気持ちで、私の身体は引き裂かれそうだった。


「どうしたらいいの・・・」

とめどなく溢れてくる涙をぬぐうことも忘れて両手で目を覆いながら、私はひどい胸の痛みを覚えていた。【明日は月曜日で、仕事がある。そんなに腫らした目では出勤できないよ】どこか遠くから、また誰かの声が聞こえたような気がした。



それでも私は、泣き続けた。


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