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16/12/16

フツーの女子大生だった私の転落の始まりと波乱に満ちた半生の記録 第29話

Image by Olia Gozha

《ここまでのあらすじ》初めて読む方へ

あることがきっかけでショーパブ「パテオ」でアルバイトをしている大学生の桃子は、少しずつ頭角を表し店の売れっ子へと上りつめていく。そんな矢先、恋心を抱きつつあった店のチーフマネージャー佐々木が店を辞めショックを受ける。やけ酒を飲んだ帰り、思わぬ母の訪問などあり、ついにパテオを辞める決心をする桃子だったが、佐々木からの電話で、店を取り仕切る玲子に裏切られていたことを聞いた桃子は、玲子をいつか見返すことを誓い再びナンバーワンの座を狙い奮い立つのだった。



思えばあの夜までは

いくらがむしゃらに売れっ子を目指してきたとはいえ


私はまだまだ醜悪的なものから目を逸らし、避けていたと思う。


どこかで本能的に防御し、いつでも真っ当な人生に戻れる道を

確保してきたのだと思う。


でもあの夜を境に私は

明日のことを考えなくなった。


明日も笑って過ごせるか

明日も心身ともに健康だろうか

明日も母の望む娘に戻れるか


明日も生きていられるか


ましてや皆にどう思われていたいかなんて

私にはどうでもよかった。



私は人生のステージ全てをパテオに賭けるつもりでいた。



今思えば、ただの浅はかな小娘だった。


その怒りや不信の矛先がそこへ向かったのは

私が成熟した大人ではなかったからかもしれない。


でも21歳の私には


それが精一杯の反抗であり


人生を賭けた野望のつもりだった。




私が、当時あの歓楽街で最も人気店と言われていた

パテオのナンバーワンホステスになるには

それまでの何倍もの努力が必要だった。




ただ闇雲に

売れようと、躍起になっていた私が

自分の容貌、笑顔、お愛想、色気、会話、気遣い

絶妙なタイミングを計ったコミュニケーション

など駆使して手に入れられるのは


せいぜい3番手までだった。




ナンバーワンになるために自分にまだ何が足りないのか?


暇さえあれば接客マナーのや営業力アップの本を読んだり

人を惹きつけるための心理学も独学した。


ナンバーワンになるための策略を練った。


そして、私の仕事へのプロ意識は変わっていった。


さらに、上を目指せば目指すほど

私は狡さを身につけていった。


1つは、客によって接客に差をつけるようになった。

それまではなるべく平等に接してきた方だったが


多くお金を落としてくれる

いつでも羽振りの良い客と、いつも時計を見て帰る時間を気にしているような客に同じ内容の接客サービスをするのは馬鹿馬鹿しく思えてきたのだ。




私は密かに黒服の一人と親しくなった。


佐々木がいなくなった穴を埋めるため

新たに玲子が雇ったのだ。

まだパテオに来て間もない安田という私と同い年の男だった。


店の売れっ子である私に声をかけられたり、気にかけられ

安田は始めは警戒して来たが、すぐ有頂天になった。


当時、店で一番下っ端だった安田と

私は店で待ち時間や、すれ違いざまに言葉を交わした。

彼は私と対等ではなく、私の忠実なしもべのような存在だった。


一度だけ一緒に飲みに行ったことがある。

その時私は、あることを彼に頼んだ。


彼は二つ返事で引き受けてくれた。



佐々木が去った後

黒服のボーイたちの中でまだ佐々木に代わる

チーフマネージャーが決まっていなかった。


あの佐々木のヤクザ顔負けの迫力ある威圧感、存在感が

店から失くなってから黒服の中に

いつも漂っていたピリピリした緊張感も失われ

調和が乱れ、動きにもキレがなくなっていた。


玲子が店を何日も不在のする時などは

客だけでなく女の子たちからも苦情が殺到していた。


内心、私も動きが悪く気の利かない黒服に

イライラするときもあった。


しかし私はそこへ目をつけたのだ。


黒服たちの出勤はホステスよりもずっと早い。

店の掃除や回転準備、そしてミーティングがある。

最初に店に入るのは、当番制で2人でと決まっていたが

一番嫌な役目は下っ端に押し付けられた。


安田は毎日1人で店に入り、他の物が遅れてやって来るまでの

1時間ほど店の掃除をしていた。


私は前から、それを知っていた。


私と飲みに行った翌日

安田は私の指示通りのことを忠実にやっておいてくれた。





それから私は店のナンバー2のアヤが夢中になっているという

ホストがいる店へ顔を出すようになった。


そして、アヤの熱を上げているというホストを

彼女の目の前で指名した。

人一倍気性が激しく嫉妬深いアヤは、

私に対抗するかのように

信じられないくらいの高いボトルを開けまくった。


私もそれなりに応戦したが、金銭をかけて勝負するより

ホストのまんざらでもなさそうな私への態度が一番

アヤへのダメージだということを知っていた。


私がホストにタバコの火をつけさせ

落としたライターを拾わせ

上目遣いでお礼を言い、腕に絡みつくと

ホストは一瞬デレっとした顔をした。


私はその格好のまま、アヤに視線を送った。

アヤは嫉妬に狂った目で、私を睨み続けていた。


その夜、彼女がホストの気を引くために

店で一番高いボトルを注文したのは言うまでもない。




成果は1ヶ月あまりで出た。


アヤはホストに入れこむあまり

毎晩ホスト通いで、まともに睡眠もとっていないらしく

いつも顔色が悪く、機嫌が悪かった。

ボーイを足で蹴っている姿や、女の子に露骨に嫌味を言ったり

その行動はエスカレートして言った。

一晩に100万円使ったと息巻く姿を

目にしたこともあるくらい

アヤはホストに入れあげ、ついには借金沙汰になっている

と言う噂があちこちで絶えなかった。

食事も不規則で偏っていて、酒ばかり飲んで

睡眠をとらないアヤは

不健康そのものだった。

ショーの最中倒れたこともあるし

早退もするようになった。


客の間でも評判が落ちるのに、そう時間はかからなかった。


その結果アヤと私は逆転し


私は店のナンバー2に昇格した。


アヤは、その後どんどん人気が下がり

半年も経たずにショーメンバーを降ろされることになった。


私は、勿論これでは満足しなかった。

アヤはもともと、運と色仕掛けでここまで這い上がったホステスだ。




これに甘んじてはいけない。

まだ、手強い相手がいるんだから。




そう、ミサキが去って以来

ずっとナンバーワンの座に君臨しているルイだ。


私は前から、ミサキのカリスマ性とルイとじゃ

レベルが違うと思っていた。


ミサキはホステスにならなかったら女優にでもなっていたと

思えるくらい華のある人で私は新人の頃からずっと憧れてきた。


それに引き換えルイは、美女でもなくオーラもなかった。


ただ、男性客の心を読み

聞き上手な彼女は上手く盛り上げ、気持ち良い

時間を作る天才だった。

そして菩薩のような、聖母のような表情と振る舞いが男性客を

包み込み癒すのだろう。


それはホステスとして最強の武器だと、当時は分からないでいた。



ナンバーワンたるもの美しさとオーラが不可欠なのに

なぜ、どちらもないパッとしないルイがこの店のトップなのか

それが私のルイに対する気持ちだった。


ショーの時もそうだった。

スレンダーだったミサキの可憐で華麗な舞が好きだったのに

ルイはその豊満な肉体を客に見せつけるかのような

挑発的なダンスをする。

しかも、体に無駄な肉も結構付いているので

どうしても動きが重たそうに見えてしまう。

雌牛を思わせるような体に、ショーの品性が失われる気さえしていた。


出るとこ出てればいいってわけじゃないのに

なぜ体重制限しないんだろう…


密かにそう思っていた。


例のホストの件で病み、痩せる一方のアヤと並んで舞台に立つと

ポッチャリが際立ち、凸凹コンビで滑稽にすら見えた。




そんなルイの人気がわずかに落ち始めたのも

アヤが降格してから間もない頃だった。


当時ルイは実年齢は28歳だった。

照明の下で肌の衰えが露わになることがあった。

近くで見ると薄っすらシワもあるし肌荒れもある。


アヤも夜遊びに不摂生で顔中ニキビが目立ち荒れ放題。


ショーの練習中、真昼間のように照らされる下で

すっぴんの2人と向き合う時

同じ女としても目を背けたいくらいだ。


それが客にも伝わってきたのか

ルイの指名は少しずつ減り

代わりに私の指名が増えていった。




ある夜、早めに店に着いた私は

店の薄暗い通路を進みながら、視界に入ってきた

テーブルを拭いているボーイの安田に目配せした。


更衣室に入って鏡を見ていると

戸口に玲子が立っていた。


私は気配を感じて振り返った。



「おはようございます。どうかしたんですか?」


全く、この人は…

いるならいるって言ってよ、もう


玲子と2人きりのなるのは

佐々木が去った日以来だ。


玲子はおはようと言って薄笑いをこちらに向けた。

私はうまく微笑むことができなかった。


佐々木から聞いた話を、あれから幾度となく反芻してきたからだ。


「早いのねえ、本当にあなた最近、見違えたわ。

  すごくよく頑張ってるものねえ」


「褒めて頂いて光栄です」



着替えたいのでサッサと話を終わらせたかった。

それに、何かの弾みで玲子に恨み言でも

言ってしまいそうだったから。



「あの、着替えたいんですけど。まだ何かあるんですか?」



玲子は、フッと笑い、ごめんなさいねと言った。


「そうそう、あなたが来たら

   一番に言いたくて来たんだったわ」


それから玲子は少し間を置いて、言った。




「おめでとう。ついにナンバーワンね」



「え?」



「昨日までの指名の数、計算したらね

  あなたの方がルイより上回ってた。

  それをね、ルイに伝えたら彼女ったら

  引退するって。実は前から相談されていて

   再来月までの予定だったんだけど、早めるんだって」


私は、大して驚きもなく

まるで人ごとのようにその言葉を聞いていた。



「やっぱりナンバーワンってプレッシャーあるのよ。

  彼女もやっと自由になれるって顔してた。

  さあ、次はあなたの番ね。いつぞやはごめんなさいね。

  あなたのこと3位止まりだなんて言って」


「別に…全然そんなの気にしてません」



そりゃ、あなたは私の価値が上がったら

そう言うに決まってる

なにしろ大事な収入源だから。



「玲子さんに見る目があるからじゃないですか?

  もともと普通だった私をここまでにしてくれたんだから」



「ええ。そりゃ、私があなたをここに連れて来たけど」



「感謝してるって言ってるんですよ」



「ありがとう、あなたのそういうとこ好きよ」


玲子の微笑につられるように

私は少し微笑み、着替え始めた。

コートをハンガーにかけ、シャツも脱いだ。



玲子の視線がまとわりついているのを感じたが

無視してジーパンまで脱いだ。



「綺麗な肌ねえ」



玲子がつぶやくように言ったので

思わず私は彼女を見た。



「ふふ、ごめんなさい、見惚れちゃったわ」



玲子は自嘲気味に微笑んで言った。



「じゃ、お邪魔したました」



背を向きかけた玲子がもう一度振り向き言った。


「そう言えば、新しく入ったボーイくんと仲良しなのね」



そう言うと、玲子は微笑を残して行ってしまった。


私は玲子が出て行ったドアをしばらく見ていた。


フンだ、目ざとい女



私は着替え終わると鏡の前に立った。

とびきりの笑顔の自分が視界に入って来た



ついにやった。

ついに、ナンバーワンだ。



ついでに言うと、もう知っていたけど。


ルイがやめたことも安田から聞いていた。



ルイが辞めたのは

年齢のせいと、プライドが許せなかったからだろう。


あのキャラクターだけじゃ

人気低下をカバーしきれないと分かったんだろう。


確かにホッとできる何かを持っている人だったけど


男たちは美しい女に視覚で恋し、癒されたいのだ。




2ヶ月前、私は安田に朝一番に誰にもバレずに

パテオの照明を違うタイプのものに取り替えて欲しいと頼んだ。


全取っ替えだとバレてしまうから

少しずつお願いね


あ、あとアヤさんとルイさんのよく座る席には

1つ多くつけて


それからステージのライトも変えてくれる?

これも他のと同じ

顔がハッキリ鮮明に見えるタイプのね



安田は言われた通り1週間以上かけて実行してくれた。


ライトは、若い綺麗な肌を鮮明に映し出し

引き立たせる一方で

荒れて衰えた肌には

容赦なく欠点として映し出すタイプのものだった。



彼女たちより若く、肌には気をつけている私の方が

有利に決まっている。



鏡の中で私はこぼれそうな笑いを噛み殺した。





そしてまだ終わりじゃない。


本番はこれからだ。


私はこの店の完全なナンバーワンになるんだ。


頂点に立つまで


私は終わらない。



他のホステスが私に挨拶をして次々と更衣室に入ってくる中


いつの間にか笑顔が消え失せ、私は誰かを睨みつけるように

自分を見つめていた。



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