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16/12/7

国際結婚と子どもの日本語~日本語レベルはどのくらいになってほしいか?

Image by Olia Gozha

副題:日仏家庭の日本語の現実に触れる。



私が初めて地元の日本人会に参加したのは、長女が1歳8ヶ月、次女が6ヶ月の時。


在仏20年、30年という大先輩、中には合気道の大先生もいらっしゃったので、とても緊張したのを覚えています。


その日はバスで移動して、野外でお弁当を食べました。


日仏家庭の子どもたちは、小学生、中学生が5-6人参加していました。


どこに行ったかは全く覚えていませんが、この日、強烈に残った印象が、



「子どもの日本語レベルについて」


でした。





野原を走り回っていた子どもたちは既に顔なじみのようで、とても仲良く遊んでいました。


子ども達は、日本語で話しかけても全てわかっているようでした。


初対面の私とは、日本語で話してくれました。



が、



子どもたち同士の会話はフランス語。



ご両親は日本語で話しかけてもわかるけど、



返事は


フランス語。


( ̄▽ ̄;)!!ガーン




これは私にとっては


すごくショックな事でした。




● ● ●



フランスに住んでいたら


フランスの学校に毎日通うわけで、


学校にいる8時間はフランス語漬け。


なので、子どもたちの口から出るのがフランス語なのは、


当然といえば当然です。


私の子どもたちも小学生に通いだしたら、


2週間も経たないうちに


口から出る言葉が、


全てフランス語になりました。

(^_^;)


が、この時の私にはそんなことは想像もできず、


ただただ、カルチャーショックでした。


● ● ●



子どもたちは、日本語は理解しているし、日本語でもできるはずなのに、仏語で返答するという事実。




数日経っても頭から離れません。


「子どもは無意識に行動することが多い。」


「だから、仏語が先に出るということはそっちのほうが自然なんだ。」


「じゃあ、うちの子どもたちも仏語優先になる?」


「私が日本語で話しても、返事はフランス語?」


「自分の子どもと日本語で通じ合えないの?」


「そ、そんなの嫌だ!!」



と心の中で繰り返しておりました。



● ● ●


同じ時期に日本行きのチケットを購入することになりました。


今のようにインターネットがなかったので、Parisの旅行会社さんと電話でやり取り。


日本の旅行会社ですし、何の疑問も持たず日本語で話しておりました。


しかし、


最終確認をFAXで頂いてびっくり!


ひらがなは多いし、誤字だらけ。



そしてぴーんと来ました。



「あ、この人、日仏ハーフなんだ。」


「旅行会社で働いているのに、このレベル?」



● ● ●



遠足で出会った子どもたちがフランス語で返答すること、


ハーフの方が業務FAXに誤字が多いこと、



その人たちを批判したり責めたりする気持ちはこれっぽっちも生じませんでした。


遠足でお会いした子どもたちは、親切で思いやりのある子たちでした。柔道や音楽などの習い事で抜群の成績を残しているので、いい面は最大限引き出されており、幸せそうだなと思いました。


旅行会社の方も、電話では問題なく日本語で対応してくださいました。日本人だと信じて疑いませんでした。


彼らがどうこうというのではなく、


ただ、私にとっては、



フランス語で返答するというその事実が、


日本語の誤字が多いというその現実が、



そのまま



自分の子どもたちの将来の姿


として見えてしまったのです。




「フランスに住んでいながら日本語を使いこなすようになるなんて、



無理ないんじゃないだろうか、、、」

_| ̄|○ il||li




● ● ●



この2つの出来事以降、私は


子どもの日本語教育について真剣に考えるようになりました。



何にもしなかったら、日本語の会話ができなくなることを前提として。





【自分の子どもの日本語レベルはどうあってほしいか?】



日本人として新聞ぐらい読めないと。


日本語書籍もいっぱい読んで欲しい。


日本の高校レベルの授業を受けられるくらいになって欲しい。


そのためには漢字も書けるようにならないと!


日本の歴史もちゃんと知ってほしい。


おじいちゃんおばあちゃんと日本語で会話ができるようになって欲しい。


お友達と日本語で話して欲しい。


せめて私とは日本語で話して欲しい。


せめて絵本だけでも日本語で読めるようになって欲しい。




理想は超~~高かったですね~。(^_^;)




その後、具体的に検討してみました。




日本人として新聞ぐらい読めないと。

日本語書籍も読んで欲しい。

日本の高校レベルの授業を受けられるくらいになって欲しい。

そのためには漢字も書けるようにならないと!



(→どれだけの漢字力が必要?)

(→3500字を15年で覚えさせるとして、一年で何字だ?)

(→1年で、に、にひゃくさんじゅうさんじ???)

(→日本語学校も補習校も行かないのに、誰が教えんの?)



おじいちゃんおばあちゃんと日本語で会話ができるようになって欲しい。

(→滅多に会わないないから、だんだん言葉がズレてきそう(^_^;))


お友達と日本語で話して欲しい。

(→フランスにも〈会えば日本語で話すお友達〉を作れればいいのにな~。)


せめて私とは日本語で話して欲しい。

(→遠足の時の印象では結構ハードルが高そう。私も口数は少ないし、、、(^_^;))


せめて絵本だけでも日本語で読めるようになって欲しい。

(→私は読み聞かせが嫌いなのに、どうしよう、、、。)



● ● ●



高く掲げた理想は、具体的に検討すればするほど机上の空論になっていきました。


私ひとりが教えることを前提に考えていたので、



Q:これは? A:いや、できない。


Q:これは? A:いや、無理。


でもせめてこれだけは。。。


でもどうやって、、、?


とレベルがどんどん低くなっていきました。(^_^;)


● ● ●



私はヨーロッパで弓道をしているので、欧州各国に友人がいます。欧州セミナーに参加すると、3ヶ国語も4ヶ国語も話せる方が結構いらっしゃいます。(めっちゃ羨ましい!!)


もちろん全ての言語を完璧に話せて完璧に書けるということではないようですが、弓道の説明をする時は複数言語話せると重宝されています。


こういう方々に頻繁に会っていると、人間の可能性というのも計り知れないな~と感じます。



それは子供に対しても同じこと。




こんなにたくさんの漢字は覚えられないだろう。


無理だ。


古典?冗談じゃない。


ダメダメ。


フランスに住んでいるんだから、とりあえずフランス語だけでもちゃんとやらなきゃ。



などと私が勝手に上限を作ってしまうと、とてももったいないのかもしれない。




子どもたちには、私たち親が想像もできないような可能性が絶対にある!!


(、、、と信じたい、、、。)



私は


「私と日本語で会話してくれたらそれで充分」


という謙虚な気持ちを持ちつつも、


「でも子どもたちに可能性があるなら、

どんどん引っ張り上げてあげたい。」


という思いも持ち続けることにしました。





正直なところ「ダメだろうなー」という思いのほうが強かったです。



昼間は私と一緒なので日本語が上達しますが、フランスの家族と会ったときにフランス語が通じない。(^_^;)


フランスの他の子どもは会話が達者なのに、うちの子どもたちはフランス語ではそんな会話には程遠いレベル、、、(^_^;)


ここに住んでいる限り、フランス語は外せない。


フランス語が一定レベルになってから日本語を教えたほうがいいのではないか、、、。


でも私のフランス語レベルが低いのに、発音も下手なのに、どうやって取り組めばいい?


私は日本語、パパとは仏語というのが本筋なのに、それを混ぜまくったら子どもも混乱するのでは?




毎日毎日悩みました。



諦めようかなーと思うことも何度もありました。




ですが、



その後、現地に同じハーフで誕生日が2ヶ月も違わないお友達ができたことで、


うちの2人の日本語環境が劇的に変化いたしました。




【奇跡は2人以上で起こる。】



これは子どもが成人してから教わった言葉ですが、


今振り返ってみると、うちの2人に日本人のお友達ができたときから奇跡が始まっていたのでした。

うちの2人が日本語能力試験1級に一発合格できたのも、周りの方々、そして見ず知らずの方々がネットでいろいろな発信をしてくださっていたからこそだと思っています。


知らないうちに、本当に沢山の方々に支えられているのですから。(^_^)

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